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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第一部 無能聖女編

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19. 早速事情を話すようです



 その後、『視線さん(ギルバート様)』の気配が消えたのを確認して、アンディに「もういないよ」と伝えたところで、ようやく彼は震えるのをやめ、移動してくれた。

 今は離れの大広間で、ランチをいただいているところである。なお、『視線さん』の気配はもうないのだが、そのかわり、ジェーンさんが離れにやってきていた。


「お食事中に失礼いたします。アンディ様の契約に関して、お話がございまして」

「あっ、もしかして本契約の話っすか?」

「まあ、早速ですね! それじゃあ、私は自分の部屋に……」

「いえ、クリスティーナ様、そのままで結構です。お邪魔してしまったのはわたくしの方ですから。お二人ともお食事をしながらで結構ですので、お聞き下さい」


 そう言ってジェーンさんは私に目配せをして、微笑んだ。どうやら、私にも話を聞いておいてもらいたいらしい。認識を合わせるためだろう。

 急いで席を立とうとしていた私は、再び座り直す。


「結論から申し上げますと、アンディ様も本契約に移行することは可能でございます。ですが、クリスティーナ様とは異なる契約内容となります」

「まあ、そうだよな。ティーナは住み込みでオレは通いだし、仕事の内容も違うもんな」

「はい。それに伴いまして、勤務日数に関してもご相談させていただきたいのですが……申し訳ございませんが、アンディ様の勤務日数を少し減らす形で契約を結び直させていただいても、構いませんでしょうか?」


 それはアンディにとって意外な提案だったようで、彼は緑色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。


「ああ、オレは別にいいっすよ。けど、どうして?」

「クリスティーナ様の働きが素晴らしいものでございますので、屋敷内の使用人は二人で事足りております。庭や外観に関しても、あれから随分綺麗にしていただきました。お客様をお招きする予定はございませんので、最低限の修繕が完了すれば、現状、これ以上整える必要はあまりないのです」

「んー、なるほどな。確かにティーナは働き者だもんな」


 アンディは私の方を見て、ニカッと笑い、続ける。


「それに、オレよりティーナの方が、この仕事は適任だし。こっちの仕事が減ったら、その分オレは冒険者ギルドで他の依頼を受けることもできるから、構わないっすよ」

「こちらの都合で、申し訳ございません。大変助かります」

「ジェーンさん、そんなに気にしないでくださいよ。オレ的には本当に問題ないんで」


 元々冒険者として活動していたアンディだ。彼はギルド内で暇そうにはしていたが、この依頼を受ける前もきちんと宿を取って生活できている様子だった。実際、家事全般以外何の特技もない私よりも、ずっと色々な種類の依頼をこなせるはずだ。

 アンディの表情には、傷ついたりとか不安だったりとか、そういう感情が全く見えない。勤務日数が減っても問題ないと、本心から思っているのだろう。


「それから、アンディ様が気になっておられるようでしたので、主様のことを少しお伝えさせていただきます。――これからお話しすることは、女神様に誓って、全て真実でございます」


 ジェーンさんは、そう言って、短く祈りのポーズを取った。

 このメリュジオン王国を守ってくれている女神様に対する、真実の誓い――これから言葉にする内容(・・・・・・・)には嘘はありませんよ、という宣誓である。


「主様は、とある地方を治める貴族でいらっしゃいますが、事情がありこちらで療養しておられます。ひと月ほど前に領地から王都に移り、人の出入りがないこのお屋敷にて、静養されているのです。療養地に王都を選ばれた理由の一つは、中央神殿があり、質の良いポーションが手に入りやすいと考えられたためでございます。ですから、もしもアンディ様が資金面や主様の身元をご心配なされているのでしたら、それは無用にございます」

「うーん……じゃあ、オレに姿を見せてくれないのは、病気のせいってこと?」


 ジェーンさんは、無言で(・・・)ひとつ頷いた。

 言葉で肯定しないのは、おそらく……ギルバート様がアンディと会わないのは、病気が理由というわけではないからだろう。

 ジェーンさんは、そのまま続ける。


「そして、アンディ様とお会いにならないのは、安全のためでもございます。そのために、使用人も極限まで減らしているのです」

「もしかして、感染するタイプの病気ってこと? ジェーンさんやティーナは平気なんすか?」

「主様の寝室に出入りするのはわたくしのみですので、クリスティーナ様に関しては心配ございません。そしてわたくしは主様と体質が異なるため、主様と接していても同じ症状に陥ることは絶対にあり得ませんので」


 そこでジェーンさんは、私の方に目配せをした。私は彼女の意図を汲み、アンディに向かって大きく頷く。アンディは、私が首を縦に振ったのを見て、安心したようだった。


 そう。確かに、私はギルバート様の寝室には出入りを許されていないし、彼の病気は発作性のものらしいと聞いている。感染する病気である可能性は低いだろうと、私は思っていた。


 それに――安全のため、というのは、アンディのためでもあるが、おそらく、ギルバート様本人の安全のため、という方が大きいだろう。先ほど露見したばかりだが、アンディは、意図せず重要な情報源となってしまう可能性があるからだ。

 十三年前に王宮を出た、実権を持たない王弟殿下……彼の事情には、私やアンディには想像もできないような、複雑で危険なものが絡んでいるだと思う。

 二人のやり取りを見ていて、私も気を引き締める必要がありそうだな、と改めて心に刻んだ。


「お食事中、失礼いたしました。ではまた改めて」

「こっちこそ、説明してもらって安心したっす。これからもよろしくお願いします」


 そうしてアンディはある程度納得し、ジェーンさんは日を改めて契約書を持ってくることをアンディに約束して、離れを去って行ったのだった。


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