17. 琥珀色のポーションを探していたようです
それから三日間、結局私は休みを申請することもなく、やりたいことも見つからずに、屋敷に来てから二度目の大地の日を迎えた。
約束通り、琥珀珈琲を多めに精製し、ギルバート様に渡す予定だ。
「すまない、手間をかけさせてしまって」
「とんでもない! 琥珀珈琲の精製も、契約に含まれてる私のお仕事ですから」
私は元気に答えて、もう随分と慣れてきた毎朝の作業を開始する。
いつもは三杯の琥珀珈琲を用意するのだが、今日精製するのは、二日分だ。
一杯は予備だから、五杯で構わないとギルバート様はおっしゃっている。
「でも、いつもよりも時間がかかってしまいます。お邪魔ではないですか?」
「今日は普段よりも多く君と話をする時間がとれるということだな。むしろ嬉しいよ」
そう言って黄金色の目を細めるギルバート様の口元は、緩く弧を描いている。
忙しいはずなのに、彼が私を邪険にしたり苛立ったりする様子を見せたことは、一度もない。
「いつも私がお話しするばかりで、ギルバート様は退屈ではありませんか?」
「君といて退屈だと思ったことは、一度もない。だから、もっと聞かせてくれないか? 神殿のことや、ポーションのことを」
「かしこまりました。今日は、何をお話ししましょうか……神殿でのおつとめのことも、聖女様たちのお話も、もうお話ししてしまいましたし」
ここ四日間で私はギルバート様に、たくさんのことを話していた。私が十三年前に神殿に拾われたことも、他の聖女たちがどんな一日を過ごしているのかも、役立たずの私は雑務をして住まわせてもらっていたことも。
王太子殿下の婚約者である筆頭聖女様のお人柄も、昨日話したところだ。ギルバート様も、甥っ子の婚約者がどんな女性なのか気になっていたらしい。
厳しくも優しい人なのだと、私の体験も交えて話したところ、彼は珍しく、僅かに表情を崩し眉間に皺を寄せていたのだった。
「そうだな、今日はポーションの流通の話を聞きたい。聖女たちが精製したポーションは、神殿で販売しきらない分は、どのように流通させているのだ?」
「うーん……私はあまりよく知らないんですけど、神殿には出入りの商人さんたちがいるんです。毎日必要になる食材とか、日用品とか、そういうものを納入してくれていました。それで、空になった馬車にポーション瓶の入った木箱を積んで帰られていたので、その商人さんたちがどこかへ売りに出ていたんだと思います」
「なるほど。ちなみに、その商人たちか、商会の名は知っているか? 誰か一人だけでも構わないんだが」
「ええと、確か……」
私は一生懸命記憶を掘り起こす。神官様が商人さんに対応しているのを、何度か見たことがあった。
「思い出しました! 神官様が、お馴染みの商人さんたちのことを、ザビニ様って呼んでいました。どなたに対してもそう呼んでいたので、会社の名前かもしれません」
「ああ、ザビニ商会だな。来るのはいつも同じ商会だったのか? 他の商会の出入りは?」
「えっと、なかったと思います。数人の商人さんが、毎日代わるがわる来ていました。馬車の見た目は毎日変わっていましたけど、お馬さんはいつも同じ子でしたし」
「なんと、それは確かか?」
私がそう伝えると、ギルバート様は形良い目を見開いた。私は「はい」と笑顔で頷く。
「いつも私がお馬さんに水や干し草を与えて休ませていたので、間違いありません。栗毛に黒い鬣の、大人しい子でしたよ。すっかり私に懐いてくれて、可愛かったなあ」
「――そうか。それは良い話を聞いた」
ギルバート様は、いつもとは少し違う笑みを浮かべる。何というか、優しい笑みではなくて、どこかひやりとするような微笑だ。
「あの……ギルバート様、何か……?」
「ああ、すまない。実は、神殿は複数の商会とバランス良く取引を持っていることになっているのだ――書面上は」
「え? でも……」
「そう。だがその実態は、異なっていたようだな。良い情報だった。クリスティーナ嬢、感謝する」
私は目をぱちぱちと瞬いた。ギルバート様は最初の日に、聖魔法やポーションに興味があると言ったが……もしかしたら、本当は神殿の内部情報が欲しかったのだろうか?
なら、素直にそう言ってくれたらいいのに。
私は神殿に感謝こそしているけれど、もう離れてしまった身だ。今更神殿に義理立てする必要もないし、ギルバート様のことを信用していないわけでもない。
そもそも私は、何かを隠したり嘘をつくような器用さなんて、持ち合わせていないのだから。
「ところで、君の初級ポーションも、ザビニ商会を経由して街で売られていたのか? 琥珀色のポーションは、これまでいくら探しても、手に入れることができなかったのだが」
「え? 琥珀色のポーションを探してたんですか?」
「……ああ、探していた」
私が聞き返すと、ギルバート様はことのほか真剣な表情で頷いて、精製し終えた琥珀珈琲をじいっと見つめた。
その澄んだ瞳に映る琥珀の揺らめきに、私の胸はとくんと小さな音を立てる。
「冒険者ギルド、市井の診療所、魔法薬店、それに闇市。もちろん、神殿にも遣いを出した。この三年間、王都の各所を探してもらっていたが、結局、琥珀色のポーションは一切見つからなかった」
「えっと……どうしてですか……?」
「――あの時のあたたかな魔力が、忘れられなくてな。どうしてももう一度、手にしたかった。そして可能ならば、それを作った聖女に、ぜひ会いたいと……」
琥珀珈琲を見つめていた黄金色が上を向き、私の空色を射貫く。どこまでもまっすぐなその瞳には、迷いだろうか、恐れだろうか……大きな不安が宿っていた。
「君も訳がわからないだろうが、すまない。今の私には、説明する自信がない。時が来れば、いつか……私の心にその用意ができたら、きちんと話す」
ギルバート様は一度瞼を閉じると、ゆっくりとそれを開く。不安の色は、すっかり器用に隠されていた。
私が頷くと、彼は口元に柔らかな弧を描き、いつものように、優しく、美しく微笑んだ。
「私は君に感謝しているのだ、クリスティーナ嬢。君のポーションが見つからなかったのは、琥珀色が珍しくてすぐに売れてしまっていたからかもしれないな」
「ええっ? でも、需要のない初級ポーションですよ? 売れるどころか、神殿の中で廃棄されてても文句は言えません」
「……もしくは、流通させる前にザビニ商会や筆頭聖女の手が回っていたか、だな」
「んん?」
ギルバート様は、声を低くしてぼそりと呟く。
……ここでどうして筆頭聖女様の名前が出てくるのだろうか。
私は疑問に思ったが、気がつけばギルバート様の目の前に、もう五杯目の琥珀珈琲が完成したところだった。
「ああ、もう五杯分、完成したようだな。感謝する。契約の際に伝えた通り、今晩日が沈んだ後は、絶対に三階に出入りしてはいけない。可能ならば、母屋への出入りも控えてほしい」
「はい……承知しております」
「では、また明後日」
「はい。失礼いたします」
そうして、私はギルバート様の部屋を辞したのだった。
私の頭には疑問がたくさん浮かんでは消えてゆくが、それを解決できる術を、私は持たない。
ギルバート様のお心が決まるのを、側にお仕えしながら待つしかないのだ。




