第92話 『 兵団対使徒 』
ラーケン大平野に光が満ちた。
8人の少女の身体が輝き、纏っていたローブの上に銀色の甲冑が実体化していった。
更に頭には銀の兜、それぞれの手には光り輝く武具。
その背中には真白な外套…金色でパラス神聖法国紋章が施されていた。
「全基、攻撃開始!」
アキヒトが号令すると、リパルトとアパルト級7基が前進し、展開した鉤爪で斬りかかった。
ガンッ…!
「なっ…!?」
指揮を執っていたアキヒトは目の前の光景を疑った。
眩しい光と共に衝撃音が響き渡り…巨大な8基の体躯が後ろへ仰け反っていた。
「やるじゃねぇか!法国の切り札だけはあるぜ…!」
右肩のシロが思わず感嘆の声を洩らしていた。
8人の少女が手にしていた武器は、それぞれが全て違っていた。
弓、グレイブ、ハルバード、ウォーハンマー、モーニングスター、鞭、幅広の大剣。
「アキヒト、あのノーカって奴…一番手強いのが分かるか?」
「うん、あの人…全然手の内を見せていない…!
それなのに…!」
大使徒ノーカのみ、その手に武具は何一つ見えない。
だが、リパルトを吹き飛ばしたのは明らかに彼女であり、しかも一番衝撃が大きかった。
通常のアパルト級よりも遥かに出力が上の兵種にもかかわらず。
「前進!」
それでもアキヒトは怯まず8基に前進を命令し、使徒達へ攻撃を開始した。
使徒8人と大型機動兵器8基。
8つの戦いがラーケン大平野で開始された。
「少年よ、最初の一撃で我々の力量が分かったであろう!
力押しでは決して勝てぬぞ!?」
大使徒ノーカは決して大言を吐いていなかった。
各アパルト級は不調でもなく、十分に性能は引き出されていた。
だが鉤爪の攻撃は使徒達に完全に見切られており、逆にその巨躯に次々と攻撃が加えられた。
特にノーカと交戦中のリパルトは苦戦を強いられていた。
6本の鉤爪の腕を全く苦にする様子を見せない。
何かしらの武器を使用しているようだが、その片鱗さえ見せていない。
リパルトの突進と猛攻を涼風のように受け止め、その巨躯に損傷を重ねていた。
「流石は使徒の方々だ…!」
聖都パラパレスの城壁近くまで退いていた、ワルデン司令率いる守備軍も見ていた。
8人の光り輝く神々しき少女達が、巨大な魔獣達を圧倒している。
神聖法国軍では全く太刀打ちできなかった兵団だが、使徒の力の前には無力に等しい。
神聖法国建国以来、幾度となく聖都パラパレスは強大な外敵の侵攻に晒された。
だが、その度に使徒達が陣頭に立ち、神々の力で打ち倒してきた。
「あの方々ならば…!
魔王さえも使徒の方々には勝てぬ!」
敗退した守備軍から勝利を確信しての歓声が上がった。
彼等は使徒の…パラス神聖法国の勝利を信じて疑わなかった。
「アキヒト、どうする?
このままじゃ、使徒達に勝てる見込みは絶望的だ」
「…知覚融合する!」
「どいつとだ?やはりリパルトにするのか?」
「8基全部だよ!」
ダニーの搭乗席で立ち上がって戦況を見つめる兵団長が力強く答えた。
「お、おい!同時知覚融合なんて今のお前には…!」
「でないと、あの人達には勝てない!
全員が大公の方達以上の強さなら、此方も知覚融合しないと!」
「…キツいが良いんだな?」
「構わない!早く!」
「あぁ…分かった」
「っ…!」
これまでと比較にならない程の負担がアキヒトの身体に圧し掛かった。
魔導王朝戦後の特訓から、この戦いまでの成長があればこそ8基との融合も成し得ていた。
だが、その成長を見込んでも負担は極めて大きい。
アキヒト1人に8基分の大型機動兵器の知覚処理が強いられていた。
「い…けぇぇぇぇ!」
アパルト級の動作速度が格段に上昇し、使徒達も僅かだが眉間にしわを寄せた。
「や…やるではないか!少年!」
使徒達の表情から余裕の色が消えていた。
しかし、それでもアパルト級の鉤爪は彼女達に届かない。
先程と比べ大型機動兵器達が善戦しているのは明らかだが、それでも撃退には程遠い。
宙を舞う使徒達の体捌きは、アパルト級の鉤爪の動きでは捉えきれない。
「まだまだ!甘いぞ!」
アパルト級に比べて遥かに高い戦闘力のリパルトも苦戦を強いられていた。
知覚融合の末に全6腕の鉤爪を駆使しても、大使徒ノーカは全てを受け切っていた。
「なんてヤツだ…!
ヴリタラ戦を想定して強化したってのに!」
大使徒の強さはシロの想定を越えていた。
しかし、それでもリパルトが攻撃を続ければ、僅かにだがアキヒトにも見えてきた。
「あの人、武器が一つじゃない…!
剣と槍と弓を…!
全て交互に使いながら戦っている…!」
間合いや状況に応じて、武器が瞬時に変わっていた。
おそらくは武術の達人なのであろう…他の使徒達も強いが、大使徒は格が違っていた。
認識さえ出来ない速度で瞬時に武器を持ち替えてはリパルトに損傷を与えていた。
通常のアパルト級では既に勝敗は決していたかもしれない。
アキヒト自身、これまでの特訓や戦いでの成長を自覚していた。
魔導王朝戦時の実力を考慮すれば、同時知覚融合など想像さえできないであろう。
しかし、それでも及ばない強敵が存在していた。
"兵団長"と呼ばれるには、まだまだ力不足であった。
「――もう良いであろう」
大使徒ノーカが一旦退いて間合いを離すと、他の使徒達も倣って後ろに下がった。
「な…なにがですか…!」
「力の差だよ、少年にも分かっているであろう?
このまま続けても勝ち目が無いことくらい…」
8人の少女達は全くの無傷であり、甲冑に僅かな損傷すら見られない。
対する8基の大型機動兵器は、未だ稼働こそするものの各所に損傷が見られた。
「大地の力がある限り、使徒の我々は何日でも戦える。
しかし君は既にお疲れのようだ…あと何分戦っていられる?」
「ぜぇ……っ…ぜぇ……!」
ノーカの指摘通り、アキヒトの疲労は小さくなかった。
息を切らしながら使徒達と対峙しており、一瞬でも気を抜けば倒れそうであった。
「さぁ、引き返すが良い…。
我々は聖都パラパレスから離れられぬ身でな、追撃も出来ぬから安心せよ」
「い、いいえ!僕は…僕は、進まなくては…!」
「そういえば、前にイスター坊やが話してたよ。
この世界に我々を倒せる程の強い存在が、大陸平原同盟に召喚されたとか…。
しかしな、少年よ。
あのイスター坊やは勘違いしておるのが分からぬか?」
「か…勘違い?」
「そう、勘違いだ。
あの坊やは、我々が使徒の任に就いているのを不憫に思っている。
700年もの間、パラパレスから一歩も離れぬこともできぬ…哀れな女達だとな。
しかし、それは違う。
我々は神聖法国に仕え、守護の任を帯びたのを至上の喜びとしている。
あの坊やが考えるような不幸な身では無いのだ。
だから次に会ったら伝えておいてくれ。
我等のことで気に病む必要は無い…余計な心配だと…」
「…分かりました」
「そうか、分かってくれたか」
「はい…イスターさんの言葉の正しさがハッキリと分かりました!」
ダニーの機上で、アキヒトが歯を食いしばりながら使徒達を睨みつけていた。
「この世界に召喚されてから僕は多くの人達に会ってきました!
その中には女の子達もいます!
3人が僕の案内人を引き受けて、この世界のことをたくさん教えてくれました!
怒ると怖いですが、普段はとても面倒見が良くて優しい人達です!
そしてイスターさんと同じように剣を教えてくれた女性もいます!
魔導王朝の騎士で厳しい人ですが、やっぱり優しくて良い人です!
今の僕にはよく分かります…!
あの人達と使徒の貴女達との違いがハッキリと!」
「ほぉ…何だと言うのだ?」
「あの人達はいつも笑っていた!
性格も外見も何もかも違うけど、みんな心の底から笑っていました!
とても幸せな顔をしていました!」
8人の少女達がアキヒトの言葉に聞き入っていた。
「使徒の皆様はとても美しいです…!
ですが、どんなに笑顔を浮かべても僕が見てきた女の子達には及びません!
イスターさんはソレを知っていたんだ!
あの人は女好きだからこそ、女の不幸を見過ごせなかったんだ!」
「それこそ勘違いであろう…。
我々は700年、パラスの神々に仕えてきた。
この身を神聖法国に捧げる行為こそが幸福なのだ…」
「…そんなに神様って偉いんですか?」
アキヒトの言葉に怒りが込められていた。
「教えて下さい!
パラスの神様って、そんなに偉いんですか!?
女の子達の自由を奪って閉じ込めてまで守護する価値があるんですか!」
「…君は子供だな」
「えぇ、子供です!
イスターさんだって貴女方からすれば子供です!
しかし、だからこそ分かります!
こんなの間違ってるって…!
パラスの神々は人々の幸せを願っているのでは無いのですか!?
なのに、なぜ貴女達の幸せを奪っているのですか!?」
バチッ…
両者の対峙を見ていた法国軍兵士は確かに聞いた。
何かが弾けるような音。
「なにがパラスの神だ…!」
バチ…バチバチッ…
音は使徒達の耳にも届いていた。
電気の概念すら無い世界の住人では放電時の発生音だと知る由も無い。
アキヒトの背後の空間の光が屈折し歪み始めていた。
「女の子を長い間縛り付けて…!笑顔を奪って…!」
バチバチバチッ…!
放電が増大し、発生音が雷の如く一帯に轟いていた。
虚空の空間の歪みも増大し透過率が急激に減少…巨大な何かが実体化を始めていた。
「そんな神…!この僕が…!僕が滅ぼしてやる!」
一際巨大な放電現象で、アキヒトの首に巻かれた白いマフラーがゆっくりと逆立つ。
―――――――――『 特殊鏡面透過装甲完全解除 』――――――――――
ギギィァァャァァァ!!!
平野一帯に咆哮を高らかに響き渡らせながら巨大な勇姿を見せた。
「アキヒト…!お前、自力で!?」
右肩のシロまでもが驚かされていた。
リパルトでもアパルト級でも無い巨大な魔獣…大型機動兵器。
4本の鉤爪の腕と頭部の口内粒子砲等、上半身部分は一般的なアパルト級と酷似している。
全体が黄色の彩色に対し、ソレは深い緑の彩色で覆われていた。
しかし下半身部分の形状が大きく異なっている。
「見ろよ…!」
「う、浮いてる…」
使徒達にも法国軍兵士にも原理は全く分からず、見当もつかない。
その大型機動兵器は浮遊していた。
下半身に設置された円状の巨大な重力遮断装置により、使徒達と同じ高度を保っていた。
ギギィィ…!
顔を上げると眼前の8人の使徒達を睨みつけ…自身の"敵"と認識した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
各拠点中枢部直属
本陣防衛用大型機動兵器 "ガースト"級
全高約90メートル 全長約160メートル
ステルス機能『 ミラージュ・システム 』を搭載した機動兵器の一つ。
形状はアパルト級と酷似しており、機体サイズ的には一回り小さく製造されている。
だが、その評価戦闘力値は一般的な大型機動兵器を遥かに凌駕する。
その要因の一つが下部重力遮断機能と慣性遮断機能、そして姿勢制御用推力機構である。
アパルト級と同じ大型に分類されるが、これらの機能により並外れた機動性を実現している。
武装は通常粒子砲と全開照射、4本の鉤爪の腕、SAM発射機構。
出力自体もアパルト級とさほど変わらず、兵装自体も同様のモノが装備されているに過ぎない。
だが一般的な機動兵器とは異なり、戦術の才能を有した個体が同兵種に選出されている。
ゆえにカタログスペック以上の戦果を常に上げ、シロはアパルト級の15倍と評価する。
強力な兵種であるが個体数は少なく、通常は拠点中枢守備や重要任務等にのみ投入される。
現時点での配備数:2基
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ゆっくりと他兵種の横を通り過ぎ…使徒達と間近で対峙する。
「行け!全て薙ぎ払え!」
ギギィァァャァァァ!!!!
兵団長より命を受け、ガースト級大型機動兵器が歓喜に満ちた咆哮を上げた。
次回 第93話 『 ガースト発進 』




