第88話 『 人の皮を被った化物(2/4)中編 』
(都合により本話は前編・中編・後編の構成に変更します)
ガーベラの配下の騎士達がティアの護衛に就き始めた翌日。
新たにアキヒトの自宅の扉を叩く男女の二人が現れた。
「失礼致します…。
本日はティア・フロールさんにお話が有って参りました。
少し、お時間宜しかったでしょうか?」
ラーセン商会からの使いと称して、ケーダとシーベルの2人が姿を見せた。
「私に…でしょうか?」
「はい、突然お邪魔して申し訳ありませんが、お時間を頂ければ幸いです」
特に忙しい訳でもなく断る理由も無かった。
自宅の中へ引き入れ、居間に通すとケーダはテーブルに着いた。
「…ティア殿」
屋内へ様子を伺いに来た王朝騎士の一人が密かに小声で耳打ちした。
「何か有りましたら直ぐに呼んでください。
我々は表に出ていますが、真っ先に駆け付けますので…」
「有難うございます。
ですが、あの方達は知り合いですので大丈夫ですよ」
一礼して外に出ていくと、中には3人が取り残された。
「シーベル様も御寛ぎになったら如何です?」
「ありがと、でも護衛だから」
腰掛けたケーダの隣にシーベルはにこにこと笑みを絶やさずに立っていた。
「今日、ここに来た用件はですね…ティアさんの警護についてです。
我がラーセン商会から、アキヒトの身辺を守る人材を寄越そうと思いまして…」
「御気持ちは有り難いのですが、その件でしたら既に間に合っております。
今も表には魔導王朝の方々が警護されておりますから」
「いえ…御言葉ですが大丈夫とは言い難いのでないかと思いますが…」
「なぜでしょう?」
「間違いなく彼等は、戦場に出れば屈指の勇者で御座いましょう。
そんな方々が5人も揃っていれば、余程の人数を集めないと太刀打ちできません。
ですが、戦場での勇者が警護任務に適しているかは別問題で御座います。
仮にですが、ティアさんのお命を狙う暗殺者がいたとしましょう。
この状況で真正面から騎士達に戦いを挑んだりはしないかと思いますが…」
「では、どうなさるのでしょうか?」
「勿論、騎士達の目の届かぬスキを見つけて忍び込み…貴女の背後に立つかと…」
「ふふ…あの方達の目を盗むのは、真正面から挑むのと同様に至難だと思いますよ」
「おや、彼等を庇うのですか?」
「事実を申し上げているだけです。
あの方達は今もこの家屋全体を警護しておられています。
まるで最前線にでも居られるかのように…全神経を張り巡らしておられますわ。
下手に入り込もうとしただけで即座に斬り捨てられるかもしれません…」
「ほぅ…そこまで彼等は優秀な警護でしたか」
「はい、優秀な方々で御座います。
その証拠にケーダ様達も警戒されておられました」
「我々を…?ハハ、なぜ我々を警戒する必要が?」
「あの方達は視界に入った瞬間、シーベル様の実力を見抜いておられました。
魔族や神族の騎士にも劣らぬ…手練れだということに」
「成るほど…!
確かに貴女の仰る通り、シーベルと互角に戦えるのは騎士くらいでしょう。
ですが心外ですね…ボクはアキヒトの味方のつもりなのですが」
「さて…少なくとも私には、ガーベラ様が如何にお考えかは分かりませぬ。
あの方がケーダ様を味方と見ているのか敵と見ているのか…そこまでは…」
ティアは台所でお湯を沸かしながら、来客への紅茶を出す準備に勤しむ。
「それもボクの不徳ゆえに…なかなか良い印象を得られないですね。
ボクはただ、ガーベラ様やアキヒトの足らない所を補おうとしているだけなのですが」
「あの方達の何が足らないと…?」
「この警護も含めて全てですよ。
ティアさんは絶対の信頼を寄せておいでのようだが、ボクの目からすれば穴だらけです。
よくよく目を凝らせば貴女だって…それが見えておられるのでは?」
「さて…私にはそのように思えませんが」
「いえいえ、ご謙遜を…貴女なら分かっておいでの筈だ。
アキヒトもガーベラ様も…将来が楽しみな、非凡な素養の持ち主ではあります。
ですが今はまだ両者とも穴だらけ、ならばボクの補佐が必要不可欠かと…」
「ふふ、ケーダ様も御人が悪いですね。こんな時に面白い御冗談を…」
「な、何が冗談でしょうか?」
「御自分が、あの御二人に必要な人材などと…ふふ…笑えますわ…。
もう少し身の程を弁えるべきかと存じますが…」
ケーダの表情から笑みが消えた。
「それで本日は、わざわざそのような御冗談を仰る為に此処へ?
ラーセン商会から隠密性の高い護衛を差し向けたと広く宣言なされて…。
後でアキヒトさんとガーベラ様に恩をお売りつけなさろうと?」
「…人聞きが悪いですね。
事実、警護に穴が見えるのは間違い有りませんから、それを補おうと…」
「ならば誰にお断りすることなく、警護を就ければ宜しかったのでは?
ガーベラ様が私に警護を就ける時に断りに来られたのは、目障りかもと懸念されたからです。
日常の生活に支障を来たすかもしれぬからと…一言説明されに来たのですね。
しかしケーダ様の警護は隠密性が高く、そのような心配は無いのでしょう?
実際に警護が始まっても、私などにはその方達の存在など全く気付けないでしょうから。
ならば、わざわざこうしてお知らせに来る必要も無いかと存じますが…」
「…つまり、わざわざソレを言いに来たのが恩を売りつける為だと?」
「はい、御自分の僅かな働きを精一杯皆様に大きく印象付けようと…そうお見受けしますが」
微笑みを絶やさないティアと対称的に、ケーダの表情は険しくなっていた。
本心を見透かされ、不快を露わにしていた。
「…警護は表向きの用件でしてね。
本題は別にあって、今日は此処に来たのですよ」
「おや…何でしょう?」
「現在、私を含めた多くの有志達が、とある構想を目指して動いております。
この平原同盟、魔導王朝、神聖法国…多くの知識層や高官の方々も賛同されていましてね。
その目的は既存の国家概念を覆す…世界規模の政治共同体の設立です」
以前、アキヒトにも明かした"大陸連合"構想である。
その発足の目的は国家間の政治及び経済問題の予防と解消。
特定の国家の利害に囚われない、新しい時代の世界体制である。
「例えば、今回のパラス神聖法国の侵攻等の対処も設立目的の一つです。
特定の国家の暴走を未然に防ぐための機関とお考え頂きたいと…」
「…なぜ、私のような一介の女中にそのようなお話を?」
「そろそろお恍けになるのはお止め頂きたいですね。
見当なんてついておられるでしょうに…!」
身を乗り出し、ケーダは声を張り上げた。
「貴女に大陸連合初代主席を務めて頂きたいからですよ!
"賢王イアス・ボーエン"様の唯一の血を引く、"ティアート・ボーエン"様に!」
その名前を耳にした瞬間、今度はティアの笑みが止まった。
「貴女の父君である前イアス王は5年前に急死されました!
そして弟であるジーマ・ボーエンが、半ば奪うように王位に就きましたね!
当時、貴女は既に才媛として知られていましたが、母君は侍女の身…!
ジーマ王は外戚を全て味方にしましたが、貴女に与する者は一人もいなかった!
けれども多くの人々は今も貴女のことを気にかけています!
父譲りの才媛を期待されておられるのですよ!
平原同盟のみならず、神聖法国や魔導王朝の高官の方々までもが…!」
仮に今、アキヒトが見たら驚くであろう。
普段から想像もつかぬ程、ティアからは笑みも何もかも…感情の類が消え去っていた。
「しかし多くの方々はジーマ王の目を恐れて、何も口出しできずにおられます!
余計な厄介事に為りかねませんから、誰も貴女に声さえ掛けられません!
ですから、これは貴女にとっても絶好の機会では御座いませんか!?」
「…何が機会だと?」
「貴女様の復権ですよ!
本来ならティアート様がボーエン王国の王位に就くはずでした!
しかし今はそれどころか、この大陸全てを統べる…初の巨大な政治共同体の主席です!
これはある意味、王位以上の地位と言えましょう!」
「残念ですがケーダ様…今の私は"ティア・フロール"です。
昔はそんな名前で呼ばれていましたが、今はアキヒトさんの案内人に過ぎません。
大陸連合の主席などと言う地位にも全く興味は有りません…」
「自分を偽るのはお止めなさってください、ティアート様…!
いずれ貴女は表舞台に立って返り咲く気でおられるのでしょう!?」
「いえ、私にそのような野心も全く御座いません。
あくまで一介の女中なのですから…」
「ならばお聞きしましょう!
なぜアキヒトの案内人になったのですか!?」
今度はケーダが笑みを湛えて、ティアに詰め寄っていた。
「貴女はいずれアキヒトが強大な力を手に入れると分かっていて近づいたのでは?
そして彼を手懐け、その力を背景に復権する野心を抱いていたのでは…?」
「それは全くの見当違いで御座いますわ。
私がアキヒトさんを選んだのは…その人間性に惹かれたからです。
弱々しい精霊を見捨てられないような…そんな優しい御方の傍で仕えたいと…」
「…それは嘘ですね」
「なぜ嘘だと仰るのです?」
「ボクはですね…人一倍勘が良いんですよ。
その勘が教えてくれるんです、今のティアート様は嘘をついておられると…」
「それこそケーダ様の思い違いですわ…」
「いいえ、今のボクの勘は間違っていません。
そしてその勘がボクにあることを教えてくれるんです。
この仮説が正しければ全てが繋がるんですよ…!」
シーベルは傍で2人のやり取りを見ていた。
大きく口元に笑みを浮かべた実の兄と、一切の表情を無くして向かい合う若い女中。
ラーセン商会番頭ケーダ・ラーセンは勝ち誇った表情で問い掛けた。
「ティアート様は…シロの正体を御存じなのでは?」
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