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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦 パラス神聖法国攻略
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第83話 『 "法国の盾"攻略会議 』


ブルーグの街に到着すると、アキヒト達はカルーフ商会の支店へと案内された。

アコン山脈の回廊出口から最も近く、パラス神聖法国との交易拠点として期待された街である。

その将来性を見込まれて、カルーフ商会も中規模の支店を設けていた。


支店内に入って通されたのは、豪奢な内装や調度品が揃った貴賓室だった。


「会長達がお越しになるまで1時間程有ります。

 その間にお食事を用意しますので、少しお休みになっていて下さい」


「有難うございます。

 ですが、食事は有り合わせのパンやスープで結構ですので…」


「いえ、会長から丁重に御持て成しするよう仰せつかっておりますから」


15分後、眼の前に運ばれた御馳走にアキヒトは驚かされる。


前菜に冬野菜をふんだんに利用した牛肉のサラダ。

大公国産白ワインを添えた川魚のフライ。

香辛料に一晩浸してから煮た燻製豚肉のソラマメ添え。

鶏肉と白ワイン、野菜、香辛料で味付けした煮込み料理。

インゲン、ジャガイモの入ったオニオンスープ。

デザートにイチゴのフルーツパイ。


おそらくこの街としては最高の食事が用意されたのであろう。

盛り付けの皿も細やかな模様が描かれており、決して安くない物であるのが分かる。


「あの…ここまで気を遣って頂かなくても…」


「おぉ!こういうのも悪くねぇな…!」


御馳走に遠慮がちなアキヒトの横で、既にシロはグラスに酒を注がせていた。


「大公国の白葡萄酒で御座います。

 辛口ですので、お口に合わないようでしたら他のを届けさせますが…?」


「いや、これはこれで良いぜ!

 たまには変わった酒も悪くねぇ!」


遠慮の欠片も無く、給仕人に酒を注がせては飲み乾すを繰り返していた。


「ちょっと、シロ!」


「お前も食っておけよ、その中に毒は入ってないから安心しろ」


「え…分かるの?」


「最初に透過分析しておいたからな。

 でなけりゃ、お前に食わせる訳ないだろうが」


何も考えてないようだが、シロも常に24時間態勢でアキヒト周辺を警戒していた。


「ありがとう…でもね、今は食欲が無いんだ」


「なんだ?

 体調が悪そうにも見えないが…」


「あの回廊の門を、どうやったら落とせるか…そればかり考えてね…」


サラダの盛り付けを見ても、それが"法国の盾"と重なってしまった。

二つの野菜の山の間に牛肉を並べて積み上げ…要害の城門に見立てていた。


歴史上の有名な戦術家なら、法国軍が要害へ逃げ込んだ際に追撃すべきと判断するだろう。

開いた門から敗走する法国軍兵士と共に雪崩れ込み、一気に落とせば良い。

少なくとも回廊に5つ存在する1つの関を落とすことができた。


「しかし…それじゃね……」


残り4つの関を如何に落とすかもあるが、両軍の犠牲が多くなるであろう。

そもそも、あの狭い回廊に機動兵器を通すこと自体が難しい。

無理に押し通ろうとすれば当然落石も発生する。

しかし後が無い神聖法国は、そんなことはお構いなしに抵抗を続けるであろう。

法国軍兵士から多大な犠牲が産み出されるのは目に見えていた。


「…今のうちに食っておけ」


「けど…」


「良いから、食っておけよ。

 今の俺達には余裕ができたのを理解しろよ。

 兵力も十分に補充できて初戦で勝利し、優位な状況にある。

 "旗"は俺達に在るんだ。

 それを奪い返されないように注意さえすれば、当面の問題は無い。

 今、何より重要なのは身体の栄養補給だ。

 食えるうちに食っておけよ」


「…うん、そうだね」


気を取り直すとアキヒトはフォークを持って食事を始めた。

確かにどれも美味しかった。

カルーフ商会が最大限に厚遇してくれているのがアキヒトにも分かる。


「うめぇ…!

 この白の葡萄酒ってのも悪くねぇな!」


隣が少々煩いが、味わって食べることにした。



食後、15分もすると商会の人達が呼びに来た。

貴賓室を出て通されたのは、ブルーグ支店内の大会議室であった。


中には既に3大商会の会長と商会の部下達が待ち構えていた。

最初に中央に座していたカルーフ商会のグラン会長が声を上げた。


「まずは初戦の勝利をお祝いさせて頂こう…」


「有難うございます。

 それに先程は商会の方から御馳走されまして…重ねて感謝致します」


「あの程度のもてなしは当然であろう…」


「おい!お前がカルーフ商会の会長だったよな!?」


右肩のシロは遠慮どころか礼儀も何も無い調子だった。


「うむ…そうであるが…」


「さっきの酒、美味かったぜ!

 アキヒトにも御馳走してくれて有難うよ!」


「そうか…それは良かったな…」


「今度、カルーフ商会に何か有ったら助けてやるよ!

 盗賊や山賊に襲われたらすぐに教えろ!俺達がブッ潰してやるぜ!」


「そ、そうであるか…」


非常に厳格な人柄で知られるグラン会長がシロの勢いに呆気に取られていた。


「シロは少し礼儀というか口の利き方を…!

 す、すみません…それで僕達をお呼びになった理由についてですが何でしょう?」


「う…うむ、本題に入ろう…。

 最初に確認しておきたいが、リトア王国からの巨大な浮遊物体…。

 あれも君達の…兵団の戦力なのか…?」


「そうだぜ」


あっさりとシロは肯定した。


「なぜ黙っていたのだ…?」


「教える義理なんて無ぇだろ」


3大商会の会長相手だが、矢張りシロの言動には礼儀の欠片も無い。


「…多分、アキヒトも知らなかったんじゃないかな?」


指摘したのはラーセン商会の集団の一人…番頭のケーダ・ラーセンであった


「違うかい?」


「はい…僕も今日、始めて知りました」


「おそらくシロにはシロの考えが有るのでしょう。

 だから今までアキヒトにも知らせなかったと…そうじゃないかな?」


「…そういうことにしといてやるよ」


図星だったのか少し不機嫌な口調になり、仕方なく肯定していた。

そして改めてグラン会長からの話が続けられた。


「では…あの戦力で神聖法国と戦うのだな…?

 ならば我々から頼みがある…」


「何でしょうか?」


「可能な限りで良い…。

 今後は法国軍の犠牲者を極力出さずに戦って貰えないだろうか…?」


グラン会長だけでは無い…商会関係者の大半が沈痛な面持ちになっていた。


「…おい、それって随分勝手な言い草じゃないか?」


シロの言葉に怒りが込められていた。


「この戦いが始まる前にお前達は言ったよな!?

 法国軍を一人残らず皆殺しにしても構わないってよ!

 後始末は全部自分達に任せて方法は問わず、とにかく今は勝ってくれとな!

 それを今度は犠牲者を最小限にだと!?

 言い分がコロコロと変わり過ぎじゃねぇか!?」


「分かってる…それを承知で申しておるのだ…。

 我々は戦いの素人だが、既に勝敗が決しているのは分かる…。

 神聖法国軍が束になっても君達の兵団に勝てぬことくらいはな…。

 だからだ…これは戦いであり、犠牲者が出るのは止むを得ない…。

 だが…選択肢が有るなら、少ない方を選んで欲しいのだ…」


更にラーセン商会のスティーン会長、リアンツ商会のフルト会長が続いた。


「あの時は他に選択肢が無いから、殲滅も止む無しと結論を出すしかなかった。

 しかし今の君達の戦力は十分に備わっている。

 ならば、法国軍兵士を傷つけぬよう戦うのも可能では無いか?」


「我々は商人であり、決して人を殺めたい訳ではないんだ。

 必要が無ければ他国の兵士とはいえ、一人たりとも命を奪って欲しくない。

 可能な限り、今回の件も穏便に済ませたいんだよ…」


「おいおい!

 3人揃って何を寝惚けたこと言ってんだよ!?」


対するシロの怒りが治まることは無い。


「アイツ等はお前達の国に攻めてこようとしてるんだぞ!?

 一旦攻めてこられたら、どれだけの被害が出るかくらい分かってんだろ!

 なのに、そんな連中を助けろって言うのか!?

 お前達の国を滅ぼそうって奴等なんだぞ!」


「当商会も神聖法国とは僅かながら取引している…。

 今後の利益を損なう可能性も考慮して犠牲者を最少にしたい気持ちも否定はせぬ…。

 だが、それ以前に彼等も同じ大陸に住む同胞なのだ…。

 出来得るなら助けてやりたい…。

 これは依頼では無く、お願いだ…。

 今の君達に命令できる者など、この世界の何処にも居ないであろう…」


「戦闘ってのは、お前らの考えみたいに単純じゃ無いんだぞ!

 犠牲者を出さずに戦うのが、どれだけ困難なのか分かってんのか!」


「仰りたいことは分かりました。

 可能な限り犠牲者を出さないように戦います」


怒りを露わにするシロの横で、アキヒトが会長達の希望を受け入れていた。


「おい!アキヒト!」


「良いんだよ、最初からその積もりだったしね。

 犠牲者を出さないように戦うのは難しいけどさ、僕はその方が楽だと思うな」


「…なんで楽なんだよ」


「気が楽なんだよ。

 簡単でも大勢の犠牲者を出して勝つより、困難でも犠牲者を出さずに勝つ方が精神的にね」


「お前らしいと言えばお前らしいが…」


「勿論、とても難しいのは承知しているよ。

 えぇっと…すみません、回廊周辺の地図を用意して貰えませんか?」


グラン会長が指示を下すと、会議室の壁一面に巨大な地図が貼られた。


「これは昨年7月に作成された最新版だ…。

 あれからも改修は続いているが大差は無いであろう…」


「拝見します…」


アキヒトは近寄ると、回廊内の地形を細かく観察した。


「これが4つの関…想像以上に攻め難いですね…」


「法国の国家事業の一つだからな…」


回廊出口両端を結んだ距離は30㎞。

だが、ねじ曲がった形状により道のりは50㎞にも達するという。

しかも回廊の幅は狭く、場所によっては200メートルに満たない。

更に4ヶ所の関が設けられており、おそらくはアキヒトが見た出口の城壁と同じであろう。

真正面から攻め、仮に突破したとしても多くの時間と犠牲が発生するだろう。


「…では、大きな地図を見せて貰えませんか?

 アコン山脈全体が分かるくらいのを」


「分かった…」


横の壁に貼り出された地図は、大陸中央部の縮尺図であった。

北から南へ、大陸平原同盟とパラス神聖法国を分断するようにアコン山脈が伸びている。


「回廊の他に道は無いんですよね」


「有れば、とうに魔導王朝が通って攻め込んでおる…」


やはり神聖法国に続く道は回廊の一つしか無かった。

何処かに抜け道でも有れば…というアキヒトの発想は甘い考えでしか無かった。



…甘い考えでしか



「あ…」


アキヒトの視線が地図の一ヶ所に注がれていた。

腕を組み、考えを張り巡らせ…新たな神聖法国作戦を思いつこうとしていた。


「…グラン会長、一つ確認したいことが。

 犠牲者を一人も出さずに"法国の盾"を突破した後のことです。

 商会は聖都パラパレスまでの侵攻経路を間違いなく提供して頂けますか?」


「それは…無論だ…」


「その時はお願いしますね」


「できるのか…?」


「まだ出来るかどうか分かりませんが、やってみます。

 シロ、地図の内容は記憶した?」


「あぁ、バッチリだ」


言葉とは逆に、アキヒトの表情は自信に満ちていた。

そしてラーセン商会のスティーン会長の背後に控えていた知己の番頭に声をかけた。


「それからケーダさん、上手くいけばお金を返せそうです」


「…え?」


「ラーセン商会からお借りした2000万ソラ、今回の回廊攻略と同時にお返しします!」


次回 第84話 『 2000万ソラの返済 』

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