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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
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第78話 『 残された道 』


大陸歴997年1月5日。

この日、僕はレスリーさんからボーエン王国王城へ同伴するよう言われた。

呼ばれた用件については当然予想が付いていた。


王城の中、以前と同じ応接室で大陸平原同盟首脳陣5人との話し合いが始まった。


「既に知ってと思うが、神聖法国が本格的に開戦準備へ突入している。

 情報では今月末にもアコン山脈を越えて侵攻するらしい…」


ジーマ王が重々しい口調で説明を始めた。


「現在の法国首脳部は我々の言葉に一切耳を貸す気配が無い。

 彼等の要求は唯一つ、大陸平原同盟全5国の併合と属国化だ。

 全ての主権を委譲しての…事実上の降伏勧告に等しい…」


第一報は噂でしか無かったが、真実だと判明すれば平原同盟側の動きも早かった。

直ちに正規の外交ルートを通じて、軍事行動の即時停止を求めた。

しかし神聖法国上層の法議院は一蹴し、それどころか属国化を要求してきた。

直ちに武装解除し、全ての主権を神聖法国へ譲渡せよと。

さもなくば神の鉄槌が…武力行使に至るであろう。


現在も引き続き交渉が続けられているが、法国側の主張が変更される可能性は低い。

既に動員令が下され、続々と兵員の集結が進んでいると伝えられる。

アコン山脈から中央平原に撃って出るのは時間の問題であった。


「…よって、我々大陸平原同盟の取り得る選択肢は3つに絞られる」


ジーマ王は3本の指を立てて、一つづつ説明を始めた。


「第一にパラス神聖法国側の属国化要求を受け入れ、主権の全てを委譲すること。

 これにより大陸平原同盟は神聖法国の実質的な占領下となる。

 戦火に晒されることは無いが、その後は西進して魔導王朝へ攻め入るであろう。

 魔導王朝もそれを予期せぬ筈も無く、その前に東進して攻め込んでくると思われる。

 そうなれば中央平原は神聖法国軍と魔導王朝軍の戦場と化そう…。


 第二にヴリタラ魔導王朝に事情を説明し、迎撃に必要な援軍を要請すること。

 その場合、アコン山脈出口一帯のパスタル平原で迎え撃つのが最上であろう。

 あの平原ならば都市圏からも離れており、被害も最小限に抑えられる。

 しかし今から要請したとしても、王朝上層部が援軍を決するまでに時間を要する。

 それから軍勢を揃えて出兵しても、法国軍は既に平原同盟内へ雪崩込んでいるであろう。

 残念ながらパスタル平原を主戦場にすることは不可能だ。

 やはり中央平原が戦場になるのは免れまい…。


 それで第三の選択だが…」


首脳陣全ての人達の視線が僕達に向けられた。


「君達に…敗残兵団にパラス神聖法国の撃退を要請することだ。

 何としてもパスタル平原より先へ通さないで欲しい…」


「質問して宜しいでしょうか?」


「…何だね」


「法国軍側の動員兵力はどの程度の規模でしょうか?」


「今もって正確な兵数は不明だが、数十万単位らしい…。

 昨年8月に下された大動員令と規模は同じ為、最低でも70万以上という声もある」


「そんな…!今の兵団の稼働数は十数基に過ぎません!

 それだけの軍勢を相手に迎撃なんて…!」


「しかし君達は、まだ戦力を温存しておるのだろう?

 それを投入すれば神聖法国軍の撃退は可能では無いかね」


「…可能か不可能かと聞かれれば、可能だぜ」


返答に窮する僕の横で、シロが答え始めていた。


「この際、はっきり言うぜ。

 ガースト級を1基戦場へ投入すれば直ぐに終わる。

 神聖法国軍が100万居ようが負けるなんて有り得ねぇよ」


「そ…そこまでの強さなのか!?」


「但し、あの兵種は気性が荒いからな。

 一度戦場に出したら相手が誰だろうと眼の前の敵は全て皆殺しだ。

 …それで良いのか?」


首脳陣にでは無い。

シロは僕にガースト級大型機動兵器の投入許可を求めていた。


「もしくはアキヒトが完全にガースト級を制御できれば話は変わってくるぜ?

 そうすればアパルト級と同じく、敵兵を殺さずに無力化も可能だろうよ」


それは無理だった。

今の僕はガーストを操るには実力不足だった。


「…第四の選択が有るのですが、お話して宜しいでしょうか?」


「あぁ、話してくれ」


だから僕は言うしか無かった。


「僕の兵団がパスタル平原で法国軍を迎え撃ちます。

 それで魔導王朝の援軍が到着するまで時間稼ぎをしてみます」


「…できるのかね?

 君の兵団は十数基しか動かないのだろう?」


「非常に難しいとは思います…ですが、それが最善手ではないでしょうか?」


「法国軍は第一陣だけでも10万以上の軍勢を投入するであろう。

 それを君の兵団のみで支えるのか?」


「はい、他に手立ても無さそうですし…」


「…済まぬな」


以前は僕とも口論し、傲慢な態度が目立ったジーマ王も声を小さくしていた。

そこでトスカー共和国のカース大統領が挙手した。


「現在は厳しい状況ですが、一つだけ良い知らせが有ります。

 パラス神聖法国は財政的に困窮しており、今回の開戦もかなりの負担となっております。

 つまり大軍の長期運用は不可能であり、もって3ヶ月程度と推測されます。

 ですから、その期間さえ防ぎきれば戦いは自然に決します」


「3ヶ月ですか…」


「いや、あくまで君の兵団は魔導王朝の援軍が来るまで持ち堪えてくれれば良い。

 そうすれば両軍の睨み合いが始まり、自ずと法国軍の運用も限界が訪れるでしょう。

 問題は援軍が到着するまで、どの程度の日数かですが…」


「――まだ道はある」


そこでマーク同盟のマーダ盟主が発言を求めた。


「他に何の手立てが…」


「知れたことだ。

 最初から貴様が隠し持っている戦力を出して皆殺しにすれば済むでは無いか?

 そうすれば魔導王朝に援軍を要請する必要さえ無かろう」


「…お断りします!」


「なぜだ?

 神聖法国は大陸全てを戦火に晒そうとしているのだぞ。

 何故にあの者達を救おうとするのだ…」


「兵団長としての僕の意地です!」


我ながら子供じみた発言だと自覚している。

けれども僕は自分を信じてくれている人達を裏切るような真似はできなかった。


「まだお前はアキヒトのことが分かってないようだな…?」


そう、流石にシロだけは分かってくれていた。


「アキヒトはこういう奴なんだよ。

 でなきゃ、俺なんか召喚の儀で見捨てられていたさ」


「大言を吐くのは結構だが、お前達にそれが為せるのか?」


「為せるか為せないかじゃない、為すんだよ…なぁ、アキヒト?」


「うん、その通りだよ!」


僕は力強くシロの言葉に頷いた。


「アキヒトよ…最善を追い過ぎるな。

 時には次善で妥協するのも恥では無いぞ…」


「お断りします!」


「では、お前の兵団が突破された時、大陸平原同盟がどうなるか想像してみるが良い。

 この城塞都市も含めて大半の街が焼け、多くの犠牲者が産み出されるであろう。

 しかしお前が戦力を出し惜しみしなければ、全ては無傷で済むのだ」


「その為には法国軍を皆殺しにしても良いと?」


「その物言いが子供なのだ。

 貴様とて、この世の全てが理想通りに解決するとは思っておらぬだろう?

 現実と理想の狭間でせめぎ合いをし、可能な限り理想へ近づけるのが我々の仕事だ」


「マーダさんの論法が政治家としては正しいのでしょう。

 ですが、僕は自分なりに最善を尽くしたいと思っているのです」


「貴様は戦いに勝つだけで良いのだ…犠牲者の多寡も何も考える必要は無い。

 戦後処理に関しては我等に全て任せよ。

 何なら大陸平原同盟の要請により兵団が法国軍を殲滅したと声明を出してやろう。

 お前が決して望んで人を殺めるのでは無いと世界に知らしめてやる。

 それでも神聖法国の一部から恨みを買うかもしれん。

 だが平原同盟も魔導王朝も、お前の働きに賛同こそすれ決して非難などせぬ」


「そ…それはそうですが…」


「我等は自国の民の生命と生活を守らねばならぬのだ。

 その為には人殺しの汚名を被るなど容易いことよ…」


この人の言い方には自然に反感を持ってしまうが、母国を守ろうとする意志だけは理解できる。

盟主として自身の責務を果たそうとしていた。


「では、機会を頂けますか?

 僕は犠牲者を一人も出さずに戦いを終わらせるよう力を尽くしてみます。

 しかし現有戦力で不可能と判断した場合、温存している戦力を投入します…」


「…見誤るなよ?」


「何をですか」


「お前の生命の線引きだ。

 死んでからでは温存戦力とやらも投入できんぞ?」


「ど…努力します」


「努力が認められるのは学び舎までだ、今は結果を優先するのだな」


自分はまだ中学生なのだが…敢えて今、それは言わない。


「どちらにしろ、お前達に要請する以外選択肢は無いのでな。

 大陸平原同盟を戦火に晒さぬ為には、頼るしか無い」


「…一々、テメェ等は偉そうなんだよ、他に選択肢なんて無いのによ」


「その通りだが、見返りは期待して貰おう。

 この大陸平原同盟を救ってくれた者達ならば、相応の謝礼をせぬとな」


「ケッ…俺達が礼金欲しさにやる気になると思ってんのか?

 兵団も安く見られたモンだぜ…」


「魔導王朝産の美酒を一樽用意してやろう」


「アキヒト!気合入れて行くぜ!

 神聖法国なんて速攻でブッ潰して宴会だ!」


兵団長の自分でさえ敗残兵団が安い存在に思えた。


「…そうだ。

 今回の要請を受諾するに当たって、大陸平原同盟にお願いしたいことがあるのですが」


「何だ?」


「後見人のレスリーさんや案内人達の身辺の安全です。

 僕と兵団が前線へ出ている間、護衛をお願いしたいのですが…」


留守の間、神聖法国がレスリーさんや皆に危害を加えるかもしれない。

戦いに赴いている間、それだけが気掛かりだった。


「それなら心配するな。

 24時間、彼等には選りすぐりの警護を付けてやろう。

 不埒な輩には指一本触れさせぬ」


「有難う御座います…助かります」


「礼など要らぬ、この程度は我等の当然の義務だ。

 それより貴様は大陸平原同盟からの報奨で何か望む物は無いのか?」


「シロがお酒を貰えるなら十分です」


「シロと貴様は別に考えている。

 報奨の一つの約束でもすれば戦意も上がるであろう?」


「そうは仰っしゃりましても…」


レスリーさんに何か喜びそうな物を…と思ったけど、それが間違いであるのに気付く。

そう…今の情勢を考えて僕が要求すべき事は…。


「…では、大陸平原同盟に在住する神聖法国出身の方々の保護をお願いできますか?

 それを今回の要請受諾の報奨にしてください」


「法国の者達の保護だと…?」


「はい、今回の法国軍出征とは関係の無い人達ばかりだと思います。

 これが原因で肩身の狭い想いをされ、周囲から迫害等を受ける可能性も有りませんか?

 彼等がその…密偵や工作員の類とは思えないのですが…」


「既に平原同盟の機関で調査させた。

 今の所、連中に不審な動きは見られないが…」


「法国全ての人達が悪いとは思えないのです。

 特に今回の開戦は上層が突然決定を下したことで、末端には関係無いと思います。

 これまで僕は神族の騎士の人からとてもお世話になりました。

 こちらの世界に召喚されて以来、何の才能も無い自分に剣を教えてくれました。

 先の魔導王朝攻略でもレスリーさん達の身辺を警護してくれています。

 だから、その恩に報いたいんです」


「後見のレスリーは屋敷を失っておるのだろう?

 今ならば取り戻すことも大金を要求することも可能なのだぞ…」


「多分…レスリーさんはこの方が喜んでくれると思うんです。

 確かに、お屋敷を取り戻しても喜んでくれるかもしれませんが…。

 法国の人達に危害が及ぶのを見過ごしてまで、それを望む人では無いです」


「…それを今回の要請受諾の報奨にと?」


「はい、ここに集った大陸首脳陣の方々に約束して頂きたいのです。

 平原同盟5国に在住する法国の人々に危害を加えないと。

 それが僕の要求ですが如何でしょうか…?」


マーダを含めた、首脳陣5名は直ぐに言葉を発さず…呆れた顔をしていた。


「…それを望むのであれば、我が王国では彼等の保護を約束しよう。

 だが、各方はどうされるか?」


ボーエン王国のジーマ王が了承し、他の4名も同様にアキヒトの要求を了承した。


「お前は愚かであるな…」


特に呆れた顔をしていた盟主マーダが言葉を零した。


「お前が選んだ道は誰よりも苦難に満ちているにもかかわらず、何の利益も無い。

 負ければ全てを失い、勝利したとしても何も得る物がないのだ…」


「そんなことは有りません。

 レスリーさんもイスターさんも喜んでくれると思いますから」


「望めば、貴様が戦いから帰還した時には巨大な屋敷が用意されていたのだぞ?

 数え切れぬ程の使用人達を仕えさせ、案内人に若く美しい少女達も増えていた。

 それこそ一生遊んでも使い切れぬ程の大金もな。

 更には平原同盟での地位まで手に入れられたであろうに…」


「僕はそんなことの為に兵団長になったつもりは有りません」


「では、何のためだ?」


「決まっています、大切な人達を守るためです」


僕は右肩で光るシロを見た。


「シロから貰った大切な力です。

 大きな屋敷や女の人達やお金を手に入れるための力じゃありません…」


「あぁ、それでこそ俺のダチ公だぜ!」


シロが上機嫌で笑っていた。


それに今の僕は全てが恵まれている。

後見のレスリーさん、案内人のアヤ姉、ドナ先生、ティアさん…。

剣を教えてくれるイスターさんやガーベラさん…。

そしてダチ公のシロ。


他には何も要らなかった。


そんな僕を暫く無言で見ていたマーダさんが、何かを思い立って話を始めた。


「…アキヒトよ。この戦い、3月の中旬までには終わらせるのだ」


「はい、法国軍の運用限界でしたら、そのくらいの時期ですが…」


「いや、違う。4月から学校へ転入するが良い。

 兵団長と学業の両立は難しいかもしれぬが、お前ならやれるだろう」


神聖法国軍への対応を巡る会談で、なぜ僕の転入話が出たのか理解できなかった。


「貴様は今、14歳だから中等部か。

 このボーエン大学の高等部まで通い、卒業後は我がマーク同盟の大学へ入れ。

 本来なら同盟内の最高学府は貴様程度の頭脳など相手にもせん。

 だが、私の推薦ならば入学も容易かろう」


「あ…あの、仰ってる意味がよく…」


「そこで政治を本格的に学ぶのだな。

 最低限の力が付き次第、私の秘書として使ってやろう。

 この私自らが本当の政治というモノを貴様に教えてやるのだ…喜ぶが良い。

 いずれはマーク同盟最高議会の議員に名を連ねるのも夢では有るまい…」


「な、なぜ!

 なぜ僕がマーダさんに政治を教えてもらうことに!?」


「大陸平原同盟では無い、今回の戦いに対する私個人からの報奨だ。

 遠慮せずとも良い…」


「いえ、お気持ちは嬉しいのですが…」


「そう、お前の言う通りだ。

 全ては戦いに勝利してからの話だな…でなければ、このような約束は何の意味も持たぬ。

 どうも、私としたことが気が逸ってしまった…フフ…!」


いや、そういう意味でも無いのですが。


何かとてつもない爆弾を抱えたまま会談は終了した。

神聖法国に対する外交姿勢が決まると、平原同盟より魔導王朝へ援軍が要請された。

平原同盟には魔導王朝出身の在住者も多く、言うまでもなく経済的にも重要な存在である。

神族との戦いも有れば援軍を出さない理由も無く、王朝内で編成が始まった。


僕の仕事は魔導王朝からの援軍が到着するまでの時間稼ぎ。

僅か十数基で如何にして大軍の侵攻を足止めするか?


昨年の魔導王朝攻略にも劣らない難問なのは間違い無かった。


次回 第79話 『 3大商会結集 』

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