第71話 『 イスター遁走す 』
大陸歴996年も最後の月を迎えた。
街を行く人々の吐く息は白い。
魔導王朝より帰還後、僕はシロから厳しい戦術特訓を連日受けていた。
「まだ兵種統率が甘いぞ!もっと精度を上げて早く動かせ!」
「うん、分かってる!」
自宅の敷地内、寒空の下だけど全く気にならない。
なぜなら半年後の宗主陛下との特訓を思えば、一日たりとも無駄に出来なかった。
シロ自身、本人と約束したこともあり張り切っていた。
連日僕は限界まで仮想空間での戦術特訓を続け、頭を酷使され続けた。
「良いぜ、これならヴリタラの奴に一泡吹かせられる!」
「よ、呼び捨ては駄目だって!」
人間の頭脳というのは凄いかもしれない。
最初は無理だろうと半ばヤケになって始めた特訓も少しづつ慣れていた。
兵種同時操作は5000にまで増え、更にシロは増やしつつある。
そして同時に知覚融合の特訓がおこなわれた。
「それは良いけど、どうやって…」
ここはボーエン王国城塞都市の僕の自宅の敷地。
アパルトをここまで移動させるのも一苦労だろう。
それに持ち込み禁止だし、そもそもアパルトみたいな大型機動兵器なんて絶対に無理。
「アヤには内緒なんだが…実は近くに来ている」
「え!?」
「光学迷彩で姿は隠しているから見えないんだけどな。
俺を経由して知覚融合するんだ。
別に誰かと戦う訳じゃないからな、知覚融合だけすれば良い」
「あれ…アパルトじゃないの?」
「そういえば、お前にはまだ話して無かったな。
ガースト級大型機動兵器だ」
「ガースト級…アパルトと同じ大型なんだ」
「サイズ的には同じだが、強さは全然違う。
アパルト級、十数基分の戦力と思ってくれていい。
今のお前にコイツの統率は無理だが、知覚融合の練習台になって貰うのさ」
「かなり凄そうな兵種だね…」
「そうさ、初めてみれば凄さが分かるぜ」
両目を閉じると、僕の頭の中がシロと繋がるのが分かる。
そしてシロの向こう…何かと僕が繋がった。
「ぐぁ…っ!」
「これもまだ序の口だぞ。
最終的にはこの程度の奴等、何基でも知覚融合できないと話にならないからな」
僕の目には見えない兵種だった。
知覚融合して分かるが、その機体は確かに僕の近くで常に控えていた。
アパルト級よりも遥かに知覚情報が多く、融合時の負担は比べ物にならない。
「わ…分かってるよ…!」
油断して数秒で意識を失いかけたが、日数を重ねれば融合可能時間も伸びてくるだろう
「シロ、この兵種…ガーストって変だよ…!」
「何がだ?」
「足が…足が無い…!」
「ははは!」
アパルト級は下部に無数の節足が伸びていて、それで地表を移動していた。
だが、知覚融合するガースト級にはその感覚が無い。
鉤爪の4本腕、粒子砲、SAM…アパルト級との同一兵装は僕にも分かる。
けれども、この兵種は基本的な構造から違っていた。
張り巡らされた神経系統、感覚器の精度、全てが大きく向上している。
同時に知覚融合時に僕の中へ流れてくる情報量も大幅に増えていた。
「ぐ…っ」
もう頭の中にはこれ以上入らないのに…それ以上の情報を詰め込まれていた。
そして強引に処理させられる…。
「…よし、今日はこれくらいで良いか」
「う…うん…」
特訓が終われば、僕は自分で立っていられない程疲れていた。
「何かに書いてあったぜ。
兵隊なんてのはな、千日訓練しても戦うのは一日だけってな」
「はは…そうかも…ね」
「もっともアキヒトの場合は、訓練時間が更に少ないけどな」
最短で残り2年。
"黒い月"との戦いは刻一刻と迫っていた。
しかも5ヶ月後には宗主陛下との特訓が待ち受けている。
地面に尻餅をついて見上げると、空はどんよりと曇った冬空だった。
何もかも違う世界だけど、冬空だけは東京と同じだった。
今頃は学校も期末テスト前だろうか…。
…と、地面に腰を下ろしていると、誰かが慌ただしく駈け込んで来た。
「じゃ、邪魔するぜ!」
珍しくイスターさんが何かに慌てていた…というより焦っていた。
「こんにちは…どうかされました?」
「俺は居ないと言ってくれ!」
何の説明も無く、家の中へと入っていった。
それから1分も経たないうちに、神聖法国の騎士の人達がやってきた。
「邪魔して済まねぇ、アキヒト。今日はイスターの奴を見なかったか?」
「い、いえ…今日は来てませんが」
「そうか…あのバカ…!」
イスターさんの部下…というよりは、故郷から呼び出した仲間らしかった。
神聖法国の騎士らしからぬ言動は他に見たことがない
「どうかされたんですか?」
「大事な人が来てんのに、アイツ逃げ回ってんだよ。
見つけたら直ぐに知らせてくれ、後で一杯驕るからよ」
「いえ、僕はまだお酒飲めませんので…」
するとイスターさんの仲間達は次に繁華街の方へと走っていった。
いかにもな場所に思える。
しばらく休んで疲れも取れると立ち上がった。
そろそろアヤ姉もドナ先生も来そうだし、学業の方も疎かにできない。
家の中へ入って暖を取ろうと思った時だった。
「…突然の来訪、失礼するね」
敷地の外に一人の男性が立っていた。
壮年期らしく白髪が混じっており、柔和な顔には年齢相応の皺が見える。
しかし普通の男性とは異なり、非常にがっしりとした体格という印象を受けた。
そして何だろう…何かしらの堂々とした気迫というか…気配が感じられた。
「はい、どちら様でしょう…」
「はじめまして、私はトーク・アンデルと申します。
甥っ子を探しに来たんだが見なかったかな?」
「あれ…もしかしてイスターさんの!?」
「今日、このボーエン王国に到着したばかりなんだけどね。
はるばる遠方から親戚がやってきたというのにアイツときたら…」
全て納得できた。
「それで見なかったかい?」
「い…いえ…今日はまだ…来てませんね」
「では中で待たせて貰って良いかな?
この寒空の下では身体が冷えてしまってね」
「はい、それは構いませんけど…」
率直な所、イスターさんの叔父さんになら打ち明けるべきかとも思った。
しかし決心がつかず僕は言いそびれてしまった。
「あら…いらっしゃいませ。
今、お茶を淹れますのでお待ちください」
ティアさんがお客さんだと素早く察すると、台所で用意を始めてくれた。
当然と言うかイスターさんの姿は居間に無かった。
「上着なら掛けておきますので」
「あぁ、済まないね…」
分厚い外套を受け取ってハンガーに掛けつつ、僕は家の中を見回した。
おそらく2階の寝室にでも逃げ込んだのだろうか…。
「…おや、どなたか先客があったかい?」
居間のテーブルには紅茶の入ったティーカップが。
「あ、いえ…さっきまで僕が飲んでいたんですよ」
「君は外に出ていたのでは?」
「は、はい、その前に…」
「はは…そうかね」
それ以上は何も追及してこなかった。
柔らかく微笑み、何かを察したようで椅子に腰を下ろした。
「それで君は…」
「はい、アキヒトです。以前からイスターさんにはお世話になっています」
「矢張りそうかね…君のことはイスターから話は聞いているよ。
大人しそうな外見だが少しでも目を離すと、とんでもないことをするとね」
「あ…ははは…」
否定できないのが悲しいところだった。
「少しでも目を離したら悪さするのはアイツも一緒だがね…。
昔から問題ばかり起こして…そのたびに泣かされたよ」
「な…なんとなく想像できます。
多分、僕くらいの年の時には色々とやっていたんじゃ…」
「あのバカが女好きなのは知っておるかね?」
「はい、とても」
「君くらいの年の頃から誰彼構わず声をかけまくっておったよ。
女と見れば見境が無いというか…節操が無いというか…」
今の僕には一瞬で想像できた。
「そういえば…最初に会った時、大神官様の娘に声をかけたとか…」
「あぁ…あの時のことか」
トークさんに苦悩の色が見える。
「あのバカ…大切な式典の最中に目を付けたらしくてな…。
まだ騎士見習いの分際なのに、父親の大神官の目の前で口説きはじめおって…」
僕の気のせいじゃない…間違いなく苦労されている。
「実際、その娘は美人だったのでね…。
他にも多くの騎士達が目を付けて狙っていたから決闘騒ぎになったよ」
「え!それじゃ、戦ったんですか!?」
「あぁ…幸い、死者は出なかったが。
法国騎士達3名と戦って全員、治療魔導士送りにしていたよ」
「昔から強かったんですね…」
「その後で私がボコボコにしてやったがな」
「トークさんがですか?」
「あの子に剣を教えたのは私だよ、それくらいは当然だ」
僕も実際に見たことはないが、イスターさんはかなり強いらしい。
まだ何年も前の話だけど、それでもイスターさんを圧倒できるなんて…。
「しかしバカは一度死ななければ治らんかもしれん…。
身体中包帯を巻きながら口説きに行きおった。
あのバカ、叔父の私を"恋の障害"だと何だと回りに吹きおってからに…!」
思わず同情してしまった。
「だが、娘に見る目が有って良かったよ。
一応は騎士見習いで有望な男だが、本心では嫌がっておったらしい…」
「待てよ!」
その時、突然浴室の扉が開いた。
「いい加減なことを言うんじゃねぇ!
アレは両家の事情を考慮した彼女が泣く泣く身を引いた悲恋だろうが!」
「お前、副司祭の娘にも声をかけていただろ」
「う…」
「もしかしてバレていないと思っていたのか?
娘達は全員呆れておったぞ…」
トークさんの苦労が偲ばれる。
誰かさんが何かやらかすたびに全ての苦情が集まってきたんだろうな…。
「ティア、お茶が冷めた。新しいの淹れてくれ」
「はい、お待ちください」
何事も無かったかのようにイスターさんも席に着いた。
「すみません、さっきは嘘をついてしまって…」
「構わないよ、イスターから口裏を合わせるよう頼まれたのでは?」
「…その通りです」
「うむ…昔から仲間の所へ逃げ込むのが癖になっているからな」
「癖で悪かったな…」
「だが、昔から誰一人としてお前を裏切らないな。
誰もが匿ってくれる点だけは褒めてやっても良いぞ?」
楽しそうに笑うトークさんに対し、イスターさんは苛立っているような。
多分、苦手な人なんだろう…だから逃げ回っていたのか。
「ごめん、遅くなった…」
それから暫くするとアヤ姉が姿を見せた。
「年末で学校の方も課題が多くて………ぇ…?」
羽織っていたコートをハンガーに掛けながらテーブルの方を見て…動きが止まった。
「御客様だよ、この人はトークさん…イスターさんの叔父さんで…」
「す…枢機卿では有りませんか!?」
アヤ姉はとても驚いていた。
「あれ…もしかして知り合いだった?」
「馬鹿!神聖法国で枢機卿を務められておられる御方よ!」
パラス神聖法国においては最高意思決定機関である大パラス法議院。
聖都パラパレスのサバラス神殿にて法皇を始めとする20名の枢機卿が名を連ねていた。
「これはこれは…エルミート家のお嬢様に名を覚えて頂いて光栄だ」
「すみません、気付くのが遅れてしまい…。
直ぐにこの馬鹿の…じゃなくて、彼の後見人を呼んで参りますので…」
「いや、良いのだよ。
今日ここへ来たのは私用なので余計な気を遣わなくて結構だから。
それより約束も何も無しでお邪魔して申し訳なかったね」
「勿体無いお言葉です…」
そういえばイスターさんは叔父が偉い人だと前から話してくれたのを思い出す。
「僕からもすみません…そういえば、イスターさんからそれっぽい事を聞いていました」
「何と聞いていたね?」
「叔父貴が…いえ、叔父が法国では偉い人だと話してくれました」
「ははは、私を叔父貴呼ばわりかね!」
神聖法国ではとても偉いらしいが、とても気さくな人のようだ。
「叔父貴は叔父貴だろ。
それより今日は用が有って此処に来たんじゃないのかよ」
「そうだったな、すっかり忘れておった。
アキヒト君…先日、朝都インダラで魔導王朝と盟約を結んだらしいね?」
「はい、そうですが」
「同じ盟約を我々神聖法国とも結んでは貰えないだろうか?」
「それは内容次第ですが…」
「内容次第とは?」
「僕は魔導王朝と盟約を結びましたが、条件の一つは相互不可侵です。
そして二つ目の条件として王朝が他国から攻め込まれたら援軍することになっています。
また、王朝が他国へ攻め込む場合は意見させて貰えることにもなっています」
「意見させて貰うとは口出しするだけかい?」
「いえ、場合によっては力づくでも止めるつもりです。
僕はそのつもりで盟約を結びました」
「ふむ…」
「仮の話ですが、兵団の力を使って王朝へ攻め込む積もりでしたらお断りさせて頂きます。
その場合は王朝側に援軍させて頂きますが…」
「では王朝と全く同じ条件での盟約は可能かね?
同じく相互不可侵、攻め込まれたら援軍、攻め込んだら意見という条件で」
「はい、その条件でしたら」
「では盟約締結後、神聖法国と魔導王朝の間で開戦したら君はどちらに付く?」
「それは…状況次第ですね」
「状況次第でどちらにも付く可能性があると言うんだね」
「はい…これに関しては直ぐにお答えできませんが…。
少なくとも今、この大陸では多くの人々が幸せに暮らしていると思うんです。
そんな平和を破壊する行為は、法国であろうと王朝であろうと関係有りません。
兵団が全力で止めに入ります。
人々の生活に国の大義や名分なんて関係無いと思っていますから」
「そうだね…最も大切なのは市井の人々の生活だ。
では、王朝と同じ条件で盟約を結ぶよう、回りとも相談しておいて欲しい。
レスリー卿だけではなく、平原同盟の首脳陣とも意見を交わしておいて貰いたい。
また盟約相手である王朝とも話し合ってくれて構わない」
相談相手に魔導王朝を勧めてきたのは意外だった。
「君達は先日、インダラで盟約を結んだ際に晩餐会まで催して貰ったらしいね?」
「はい、仰る通りですが」
「宗主陛下や大公殿下とお話はされたと思うが…どんな御方達だった?」
「それは…その…簡単には説明できない方達でしたね。
けれども、同じ魔導王朝の仲間を…同胞を大切にする人達だと思いました」
「そうか…そんな方達だったね…」
トークさんは…トーク枢機卿はティーカップの紅茶に口を付けた。
「私はね…君との盟約締結を機に、王朝との正式な国交を考えているんだよ」
「神聖法国と魔導王朝がですか?」
「うむ、今までも同じ試みは何度か話し合われたのだが全て頓挫してね…。
"黒い月"の脅威もあるが、それとは別に新しい関係を構築したいと思っているんだ。
その新しい関係の仲立ちを君に期待しているんだ…」
「え…!僕にですか!?」
「君は宗主陛下や大公殿下達とも親密と聞いているよ」
そこまで親密と言うほど…確かにシロは宗主陛下と仲が良かった気もするけど。
「もう、神族と魔族が争う時代は私の代で終わりにしたい。
その助力を君に願いたいのだ…。
本来なら、この世界の住人である我々が何とかせねばならぬ問題なのだが…申し訳ない」
今のトークさんはイスターさんの叔父でなく、枢機卿として僕と話していた。
「現在の神聖法国は多くの面で行き詰まっているんだ。
その諸問題を解決するためにも、王朝とは国交を結ばねばならない…」
「そうでしょうか…この大陸では魔導王朝と2分する程の大国と思うのですが」
「君は魔導王朝の人々と話をしたことは?」
「はい、実際に街を歩いたりもしましたが」
「王朝の人々の暮らしは豊かで活気があると感じなかったかね?
それに対して法国の人々の生活は…」
確かに僕が回った幾つかの街は、どこも活気に満ち溢れていた。
社会的に洗練はされていなかったけれど、人々には笑顔が多かった気がする。
「今の法国は、未だにアコン山脈の要害頼みだ。
前大戦の侵攻を防いだ功績はあるかもしれんが、それが法国の発展を阻害もしている。
あのような要害抜きで魔導王朝とも国交を開かねば…」
そういえばケーダさんから少し話を聞いたのを思い出す。
神聖法国はアコン山脈で魔導王朝の侵攻を防いでいるけど、経済的には停滞していると。
物流がかなり鈍くなってしまっている…とか。
「はい、そういったお力になれるのなら是非。
周囲とも相談して、後日前向きな返答をさせて頂きます」
「有難う…感謝するよ。
これまでイスターにはかなりの迷惑を被ってきたが、これで半分くらいは帳消しだな」
「半分かよ!」
「当然だ、後はお前が法国を支えて全て帳消しにしろ。
私の代で雛形を造っておくから、お前の代で完成させるんだ」
「お、俺は…そんな…」
「お前が今の神聖法国を心底嫌っているのくらい、私だって承知している。
だが、それは愛情の裏返しじゃないのか?」
イスターさんはそっぽを向いて視線を合わせようとしない。
「いつかお前が、神聖法国の抱えている問題へ真正面から向かい合ってくれると信じているよ。
そして良い方向へ皆を導いてやってくれ」
「俺は…そんな柄じゃねぇよ…」
「そのくらいせんと帳消しにできんぞ。
お前の借金はそれだけ貯まっているんだからな」
「そこまで借りてねぇよ!」
ボーエン王国の勇者召喚の儀に派遣されてきた騎士団。
イスターさんは叔父さんの言葉には逆らえず加わったと話してくれた。
初対面の僕にも、この人には多くの借りがあるのだろうと…それくらいは分かった。
「その話はこれで良しとして…。
入ってきた時から気になっていたのだが、君はティアートじゃないか?」
トークさんの注意は、お茶を淹れに来たティアさんの方へ向けられていた。
「お久しぶりです…トーク様には覚えて頂き光栄ですわ…。
ですが今の私はティア・フロールと名乗っております」
「やはり…まさか、こんな所で…」
とても驚かれているのが分かる…が、"ティアート"という名前は初めて聞いた。
「懐かしい…今はどうされているんだね?」
「レスリー・アグワイヤ様の庇護を受けております」
「そうか…レスリー卿は信頼できる人物だ、ならば問題あるまい。
だが、なぜ私を頼ってくれなかったのだ?
言ってくれれば神聖法国へ喜んで迎えたものを…。
私が君の父上とは懇意だったのを覚えているだろう?」
「いえ…トーク様にご迷惑を掛ける訳には…」
「水臭いことは言わんでくれ。
そうだ…何か困ったことが有れば、そこの馬鹿を頼りなさい。
たんまりと貸しがあるんだ、何だって言うことを聞いてくれるだろう」
「お、叔父貴!」
「イスター、彼女に何か有ったら助けてやれ…良いな?」
「だ、だからよ…」
「分かったな?」
「…チッ」
見るからに渋々、といった感じでイスターさんは首を縦に振っていた。
「但しだ、彼女を口説き落とそうなんて考えるなよ?」
「もう口説きましたよ…」
「本当かね!?」
「はい、しっかり振られたようです…」
「アキヒト!何言ってやがんだ!」
流石にトークさんも呆れた顔をしていた。
「ほら、一緒に飲みに行った翌朝ですよ。
早起きして此処でティアさんと話し込んでたじゃないですか…」
「あ…あぁ、それはな…」
「ティアさんは美人だから分からないことも無いですが…。
そのために僕より早く起きて…節操が無いというか何というか…。
トークさんのご苦労が僕にも分かる気がします…」
「そんな目で俺を見ていたのか!」
冗談抜きでそうとしか見えないのだけど…いや、他にも良い所もあるんだけど。
「す…少し問題は有るが、きっと力になってくれる筈だ。
何か有れば遠慮なく頼ってくれ…。
但し、決して2人きりにならぬよう注意だけ怠らぬように…」
「お気遣い本当に有難う御座います」
ティアさんはにっこり微笑んでくれるけど、トークさんは心配そうだった。
「それからだ…シロ殿、と呼んで良いかな?」
「なんだよ」
「…あれかね?」
するとトークさんはシロに話しかけ…北の…遥か上の方を指差していた。
「お、お前…」
「あれが君達の兵団かと思ったのだが」
「…分かるのか?」
「ぼんやりとだがね」
部屋の北の壁…正確には北の空を指差しているのが分かった。
僕には最初2人のやり取りが分からなかったが…直ぐに思い当たることが有った。
「もしかしてガーストも…3基がそこに?」
「そうだ…驚いたぜ、イスターの叔父貴、なかなかやるじゃねぇか?」
「いや、昔ならもっと見えた筈なんだがね。
今の私は峠を越した老人だ…それくらいしか分からなくて…。
魔導王朝の宗主陛下はもっとしっかり見えたんじゃないかな?」
「あぁ、ヴリタラは凄かったぜ!数と強さまで正確に測っていた!」
「そうか…私も剣のみに生きた時代も有った。
元武人として尊敬するよ」
それをイスターさんがとても驚いた顔で見ていた。
「叔父貴…分かるのか?」
「少しだがな」
「俺には何も…」
「それは修行が足りんからだ。
この私が神聖法国一の騎士と呼ばれていたのは伊達ではないぞ?」
しかし、その騎士としての気迫は今も健在なように見える。
「…少し酒を控えるよ」
イスターさんが珍しく神妙な顔つきになっていた。
この日、パラス神聖法国のトーク枢機卿から盟約の考えを出された。
それから僕はレスリーさんや平原同盟首脳陣とも話し合いをしていく。
魔導王朝とも盟約を結んだ以上、神聖法国とも結ぶべきだと多くの人達は言う。
大陸平原同盟にとって神族と魔族は永遠に戦わないに越したことは無い。
だが、トーク枢機卿の思惑と神聖法国の思惑の重なる部分は決して大きくなかった。
次回 第72話 『 神聖法国暗雲 』




