第68話 『 ガーベラ台頭 』
次回 第69話 『 静かな暴君 』
この一ヶ月はガーベラ・イーバーの生涯中、最も激動の期間だったと言える。
宗主ヴリタラから極刑を命じられるが執行直前に撤回。
朝議にて正式に撤回を宣告されるが、その場で宗主直属を拝命。
監禁され処刑を待つ身から、大公に次ぐ魔導王朝の重責を担う立場となった。
王朝史にあっては異例中の異例である。
亡き父のヤールは功臣中の功臣と謳われたが、娘はそれを越えたのではと噂される。
だが、まだ若いゆえにスジャーン・アノイが補佐に付けられた。
「隠居はもう少し後にせよ。
あの子にはまだ貴様の助けが必要だ」
「ハッ、これが最後の御奉公となりましょう。
謹んで拝命致します」
直接の主であったラーキ大公からの配慮であった。
王朝の内部を知り尽くした老練のスジャーンならば学ぶことも多い。
才と功以外のガーベラの足りない部位を補ってくれるであろう。
最初にスジャーンの指示により、王朝の各省庁高官へ挨拶に回った。
宗主ヴリタラの直属を命じられた今、ガーベラは9人目の大公に等しい地位を得た。
だがスジャーンに厳命され、常に誰よりも腰を低くしていた。
「若輩の為、これからもご指導を宜しくお願い致します…」
以前にも指摘されたが、ガーベラの産まれる前から王朝に仕えていた者達である。
彼等の心情を誰よりも察せねばならぬ、と。
直属となったが、当然嘗ての主であったラーキ大公への礼も怠ってはならない。
むしろ前以上に畏まって接する必要が有るとスジャーンは強く言う。
これまで序列の低かった時代なら少々の落ち度は許された。
だが、今は多くの者達から注目されている。
薄氷を踏む如く何事も慎重に行動せねばならない。
スジャーンの直接の補佐を得て、王朝内では徐々に自身の基盤を固めていった。
早速赴任したのがボーエン王国城塞都市である。
宗主全権代理と教導騎士団長を兼任し、騎士団詰め所建物に専用の執務室が設けられた。
「何もかも大公並にせねばならんからな」
スジャーンの指示により、相応の調度品が用意なされた。
全体的に落ち着いた色彩で統一されたが、その一つ一つが王朝の権威を放っていた。
椅子一つとっても尋常ではない存在感が有った。
熟練の職人達によって所狭しと手彫りで施された彫刻の数々。
希少な本革を贅沢に使われての張地。
「こ、これは行き過ぎでは…」
「何を言う、これでも足りないくらいだぞ」
ガーベラが始めて入室した時には驚いて声も出なかった。
それまで質素な造りの騎士団詰め所に別世界の空間が産まれていたのだから。
以前、大公の執務室に入った時と同じ光景が広がっていた。
「今はこの程度だが、宗主直属の名に恥じぬように整えんとな…」
スジャーンの指示により部屋の内装からガーベラ自身の服飾まで変えられていく。
王朝全権大使を退任し、本当はガーベラ極刑と共に殉死するつもりであった。
だが、最後に亡き友人の想いに応えるべく火が点いてしまった。
十も二十も若返ったように、精力的に動き始めていた。
「やってられるか!」
僕の自宅で夕飯前にガーベラさんが1人激昂していた。
「なんなのだ!なんなのだ、これは!
なぜ私がこんな目に遭わねばならぬのだ!?」
執務中は指先一つ下手に動かせやしないらしい。
その精神的な反動というか、抑圧された何かを全て僕の自宅で発散していた。
「そ、そんなに大変なのかよ」
「大変なんて次元、とうの昔に通り越しておるわ!
此処以外に安息の場所が何処にも無いぞ!」
同じテーブルで若干引きながらイスターさんが相手をしていた。
「なんだよ、前だって大公の全権委任…だっけか?
あの時と身分はあんまり変わらねぇだろ」
「全然違うわ!
この城塞都市へ入る時から、城門で王朝高官全員に出迎えられたんだぞ!?
その直後にボーエン王へ就任の挨拶、会談、食事会だ!」
「そ、そうか…」
「騎士団詰め所と大使館へ入ろうとしたら、総員整列の出迎えは当たり前!
城塞都市在住の王朝出身の有力者達から面会挨拶の列が途切れん!
しかも四六時中、スジャーンおじさんが横で見張っている!
執務中のペンの持ち方から書類の持ち方まで細かく口を出してくる!
しかし、あんな充実したおじさんの顔を見たら文句一つも言えん!
つい先日まで死を覚悟して悲痛な顔をされていたのだ!
それが今は若返ったように…!
私はどうすれば良いのだ!」
かなり溜まっていたらしい。
丁度良いのだろうか…イスターさんに遠慮なく当たり散らしていた。
「一騎士団員だった頃、毎朝女性の事務員が気さくに話しかけてくれた!
それまで"ガーベラさん、今日も良いお天気ですね"だった!
勤務前の貴重な朝のひとときだった!
穏やかで和やかな時間だった!
それが今は畏まって"ガーベラ殿下、本日はご機嫌麗しく"だぞ!?
殿下って何だ!
殿下とは!?
私は大公殿下じゃないんだぞ!」
「あ…そうか…そうなのか…。
それは大変だったな…」
イスターさんから慰めの言葉が出るなんて思わなかった。
「それでよ…そんなお偉い様が、此処に居て良いのかよ?」
「あ…あぁ、そうだったな。
宗主様の命でアキヒトと盟約を結ぶよう仰せつかっておるのだ」
「盟約って、同盟ですか?」
「うむ、そう思ってくれて構わない。
第一に不可侵だな、お互いに攻め込まない約を結ぶのだ。
それでもし結んでくれる意志が有るのなら、話し合いの場を設けたい」
「待てよ…その話、幾つか確認しておきたい」
右肩のシロも気になっていたらしい。
「同盟ってのは五分と五分の関係ということか?」
「うむ、そう考えて貰って構わない。
決して従属を強いるのでは無く対等の関係だ」
「…それなら俺から文句は無いな。
どうするかはアキヒトの判断に任せる」
当然、簡単に答えの出せることでも無くて。
悩んでいる僕にイスターさんが助言してくれた。
「一度、レスリー先生とエルミートのお嬢ちゃんに相談してみてはどうだ?
あの2人にも話し合いの場に立ち会って貰ったら良いだろ」
「そうですけど…王朝が同盟を結んだら法国の方は大丈夫でしょうか?
釣り合いと言うか、王朝の方へ傾いてしまって…」
「それなら大丈夫だ、後で釣り合いを取り直せば良いだけだからな。
お前だって魔導王朝とは戦いたくないんだろ?」
「はい、それは当然です。
あんな怖い人達とは2度と戦いたくないですからね…」
「はは、確かにそうだ!」
するとガーベラさんが悦に入った顔でイスターさんに言葉をかけた。
「この盟約の話を持って上に報告して自分の手柄にするが良い。
情報収集の任務、ご苦労であるな」
「何言ってやがる、こんな程度で手柄になるかよ。
今後の参考にはさせて貰うがよ」
レスリーさんも食卓に加わると、不可侵の同盟に賛成してくれた。
もう2度とあんなことは起こしてはならない、と。
これを良い機会として魔導王朝と友好関係は是非結ぶように言われた。
アヤ姉からも賛成され、早々に話し合いが決まった。
3日後、魔導王朝大使館へ僕とレスリーさん、アヤ姉の3人で訪れた。
いや、正確にはシロも加えて4人か…。
門前でガーベラさんとスジャーンさんを始めとする王朝の人達に出迎えられた。
「此方に席を用意してある」
通されたのは応接の間だった。
朝都インダラの迎賓館もそうだったけど、絨毯も壁も調度品も椅子もテーブルも…。
俗な言い方だけど、大国らしい豪華な造りだった。
「す…凄いですね」
「盟約を結ぶ話し合いをする重要な場だ。
この程度は当然であろう」
しかし同行者のアヤ姉は普通に驚いていた。
「噂には聞いていたけど…流石は魔導王朝ね…。
外交の仕事に就いたら、いつかは入る機会も有るかと思っていたけど…」
「入れて良かったね」
「できればアンタ達絡み以外で入りたかったわ」
さりげなく酷いことを言う。
対するガーベラさんはスジャーンさんを補佐に、書記官や外務官を10名以上。
外交に関するあらゆる資料を取り揃えて、話し合いに臨んでいた。
だが、実際の話し合いの内容は単純だった。
「今の所、僕からは不可侵以外に何も条件は無いです。
ただ、何か有事の際は盟友として意見させて頂いて宜しいでしょうか?」
「ふむ…有事とは、例えば何だ?」
「率直に申し上げますと、魔導王朝が神聖法国へ侵攻するような事態です。
その場合は、僕が全力で宗主陛下へ直々に意見させて頂きます。
盟友ならば宜しいですよね…?」
「宗主陛下が恐ろしい御方だとは分かっておろう…。
それでも意見できるのか?」
「はい!」
「だが、逆に神聖法国が我が魔導王朝へ侵攻した事態は如何とする?」
「盟友として僕も守りに加わります。
神聖法国に限らず、如何なる外敵勢力の侵攻があろうとも同じです!」
「ならば、今のお前の考えを宗主陛下に奏上しよう。
それをお認めになれば、改めて盟約の儀を執り行う…それで良いな?」
立ち会ったレスリーさんやアヤ姉にも異論は無かった。
…なのだが、シロが居たのを忘れていた。
「待て、その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「五分と五分の条件なら、宗主とアキヒトが対面するのか?」
「そうだ、儀礼に則った式典に参加して貰う。
朝都インダラのタンクーラ宮殿までご足労願うことになるが…」
「す、すみません!
私やレスリーさんもアキヒトの同行者として入殿しても!?」
「フッ…それは当然であろう」
アヤ姉が目を輝かせていた。
僕にはよく分からないが、とても有名な所らしい。
魔導王朝の宮殿だし、確かに凄い所なのは想像できるけど…。
「その時なんだけどな、俺からも宗主に話をしたいが良いかな?」
「宗主様へ直々にか?
用件が有るなら私が責任もって承っておくが…」
「いや、直接だ、俺と宗主にしか分からない話なんだ。
盟友なら良いだろ?」
「だがな…」
「少し捕捉するとだな…。
兵団から魔導王朝に譲渡したいモノがあるんだよ」
「…なんだと?」
「盟約の証として受け取って欲しいんだ。
その話を宗主と直接話をしたい」
「…何を譲渡する気なのだ?」
「それは後でのお楽しみだ。
だがよ、お前達の宗主が大喜びするのは間違い無いぜ?」
常に不機嫌な表情の宗主陛下がお笑いになる顔が僕には想像できない。
ガーベラさんがスジャーンさんがしばらく相談していた。
「…分かった。一応、宗主様には御意志を伺っておこう。
但し、希望が叶うかは約束はできんぞ」
「じゃあ、こう伝えておいてくれ。
あの3基の強さに興味は無いかってな」
「なに…?」
「だからよ、宗主を殺そうとした3基に興味は無いかって聞いてくれ。
もし興味が有るのなら俺から話が有るってな」
「シロ…何を考えているのだ…」
「安心してくれ、お前達の主君に危害を加えるつもりは無い。
純粋に盟友相手に話が有るだけだ」
ガーベラさんが即答できずに迷っていた。
そんな困惑するガーベラさんへ、更にシロが言葉を続けた。
「そうだ、大公達も盟約の儀式には出席するのか?」
「当然だ、大切な国の式典だからな」
「それなら尚更都合が良い。
大公達にも楽しみに待っているよう伝えておいてくれ」
「ほ、本当に何を考えているのだ!?」
「だから安心しろよ、盟友に危害を加えやしないって。
大公達も泣いて喜ぶと思うぜ?」
シロの言葉の真偽はともかくとして、ガーベラさんは宗主陛下に奏上した。
盟約の条件は問題無く了承された。
更にシロの言葉を一言一句間違えず伝えると、宗主陛下からシロに発言の許しも出た。
日程が決まると、僕は再び魔導王朝へ向けて旅立った。
但し荷馬車を使ってレスリーさんとアヤ姉という同行者を伴って。
「今回の盟約は平原同盟首脳達からも是非と言われていてね…。
うん、何としても締結しないと」
レスリーさんはとても機嫌が良かった。
首脳達も2度と魔導王朝と問題を起こさないで欲しいらしい…当然だけど。
盟約の内容はあくまで不可侵であり、それ以外には何もない。
盟約内容ソレなら首脳達からも何も文句は無かった。
しかし僕は不安で仕方なかった。
「楽しみだぜ…」
だってシロが何か企んでいて、しかもノリノリなんだもの。
「ねぇ、魔導王朝に何を譲渡する気なの?」
「悪いが今は言えない…。
だが、最高の贈り物だからお前も期待して良いぜ。
感謝されるのは間違いないからな!」
何かとんでもない事を考えている気がしてならない。
荷馬車の中、朝都インダラまで不安な旅が続いた。




