第63話 『 このクソ野郎が…俺にも分かったぜ。テメェがアキヒトに協力した本当の狙いは…!(後編) 』
「――そうですね」
ケーダが視線を下げた先はテーブルの上…片付け忘れた天秤ばかり。
それを手に取ると、イスターの前に置いた。
「なんだ?」
「丁度いいから少し遊んでみましょうか」
懐から財布代わりの袋を取り出し、口を少し開けてテーブルにソラ硬貨を何枚か出した。
そこから10ソラ銅貨を指で摘んで天秤ばかりの片側へ置いた。
硬貨の置かれれば必然的に片方の天秤が下がり、もう片方が上がる。
「さて、イスター様…。
10ソラ銅貨1枚は1ソラ小銅貨何枚の重さかご存知です?」
「今はそれどころじゃ…」
「お答えになってください」
ケーダの言葉に力が込められていた。
話を逸らして誤魔化している訳では無いと悟る。
笑みを湛えつつ口調は軽いものの、ケーダの眼光自体は鋭かった。
「…3枚だ、そんなの誰でも知ってるだろ」
大陸平原同盟が発行した貨幣は非常に精度が高いことで知られている。
卓越した鋳造技術により重量誤差は殆ど無かった。
ケーダが1ソラ硬貨をもう片方に3枚乗せると釣り合い、天秤は水平になった。
「では100ソラ銀貨1枚は?」
「1ソラ2枚だ」
「それでは1000ソラ金貨1枚は?」
「1ソラ4枚、もしくは10ソラ1枚と1ソラ1枚だ」
「その通りで御座いますが、10000ソラ大金貨1枚は?」
「1ソラ8枚……おい、いい加減に…!」
ガチャッ!
抗議を無視してケーダは硬貨の入った袋を丸ごと天秤に乗せた。
袋の膨らみと勢いよく天秤が下がった様子から、かなりの枚数が入っているのが分かる。
「さて、改めて問題で御座います。
この中身が幾ら入っているか分からない硬貨袋…如何にして測ります?」
「どうって…」
「さぁ、お考えになってください。
中身は見えませんが、大量の硬貨の入った袋をどうやって測りましょうか…?」
テーブルの上には先程袋から出されたソラ硬貨が十数枚。
それに比べて天秤に乗せられた袋の中身の方が明らかに多かった。
「…測れねぇよ」
「おや、なぜでございます?」
「ここの硬貨全部を乗せても釣り合い取れねぇからだよ」
「では、釣り合うには何が必要で?」
「もっと重い基準のモノに決まってるだろ。
テメェはさっきから何を…」
イスターが言葉を途中で止めた。
息を呑んで凝視するのは天秤ばかり…その片方に乗せられた硬貨の詰まった袋。
中身は見えない。
だが多くの硬貨が入っているのは分かる。
軽い物では決して天秤は釣り合わない。
その重さを測るには同等の重さの物が必要。
そう…見えない袋の中身と同等の重たい何かが――
「…回りくどい説明しやがって」
全てを察したイスターは天秤ばかりから視線を外した。
「このクソ野郎が…俺にも分かったぜ。テメェがアキヒトに協力した本当の狙いは…!
兵団の力の底を探ってたんだな!?」
ラーセン商会の若き番頭…ケーダ・ラーセンの口元が大きく歪んだ。
「以前もお話しましたが、私はシロのことを徹底的に調べました。
結局何も分からなかったのはお話した通りです。
しかし、様々な人達の証言を集めているうちに興味深い報告がありました…」
「…何だよ」
「エルミート家当主のトリス公爵へアキヒト達が直談判した時のことです。
令嬢を案内人にする資格が有るか否か?
トリス公爵がケート山賊討伐を試験内容に選んだのは周知の通りです。
ですが、その折にシロは発言しています。
パラス神聖法国とヴリタラ魔導王朝…両方とも攻め滅ぼしてやろうかと…」
シロはケート山賊討伐が試験内容としては簡単すぎだと抗議さえしていた。
「そしてケート山賊討伐に現れた兵団は47基。
アキヒトはその力を使って、討伐以来を完遂しました。
ですが、私自身はどうしても納得できませんでした。
確かに兵団は強力かもしれませんが、そこまで強いのかと。
法国や王朝を攻め滅ぼすには少々力不足では無いかと思えたのです…」
アキヒトが魔導王朝へ攻め込んだ時も、誰もが無謀だと感じていた。
事実、大公達と戦うのが限界で、宗主ヴリタラとは勝負にもならなかった。
「ならば簡単な道理です。
あの発言が本当だとしたらシロは、他に戦力を温存しているのでは?
我々が確認した47基以外にもです。
しかしシロも馬鹿では有りませんからね。
簡単に見せてはくれません…」
「だから焚き付けて魔導王朝を攻めさせたのかよ…!」
「いえ、それは違いますよ。
あくまで魔導王朝攻略はアキヒトの意志です。
アキヒトが自分の意志で攻め込み、私はそれを支援したに過ぎません。
まぁ…ついでにシロの手の内を探ろうとしましたけどね」
「同じことだろうが!
たかだか興味本位の為に、どれだけの人や国を巻き込んでやがる!
大公や魔王をモノサシ代わりにしやがって!」
「それも少し違いますね。
私は自分の裁量内で最善を尽くしております。
先程も申しました通り、咆哮は禁止にし、人命第一と制約しております。
その証拠に魔導王朝民は無傷、社会に殆ど損失は発生しておりません」
「何が人命第一だ!
そうか…これで全てが繋がったぜ…!
テメェの出した咆哮禁止と人命第一の制約は、兵団の力を削ぐためだな!?」
ケーダは愉しげに笑う。
如何に大公や宗主ヴリタラが強かろうと粒子砲全開照射が使用されれば話は別である。
格闘戦では終始劣勢だったが、砲撃戦ならば勝敗は分からなかった。
「王朝軍は一兵も損なわなければ、再戦だって可能だ!
後で背後から兵団に攻撃を仕掛けることだってできる!
無理な条件を突き付けてアキヒトに不利な戦いを強いて…!
そうだ、テメェは兵団の敗北を狙ってたんだ!
あの47基全てが戦闘不能になった状況を!
シロが奥の手を出す、その瞬間をな!」
あのシャール平原の戦いでガーベラの助命嘆願は受理された。
敗残兵団の魔導王朝攻略は終わったかに見えたが、ケーダは作戦会議室を続行させた。
あのアキヒトとヴリタラとの戦い。
商会からの密偵のみならず、あらゆる目撃者達から詳細を聴取した。
確かにアキヒトの敗北は時間の問題だった。
宗主ヴリタラの強さは圧倒的であり、成す術も無かった。
この時、アキヒトの危機に際して必ずシロは未知の兵種を繰り出すと確信していた。
今までに確認された47基とは別の何かを。
だが、ケーダの予想に反して宗主ヴリタラは戦いの最中、嘆願を受理した。
戦場に47基以外の兵種は何も姿を現さなかった。
「イスター様も先日の魔導王朝の朝議内容はお聞きになりましたか?
その時、宗主陛下がなぜアキヒトの嘆願を聞き入れたのかご説明されましたが…」
魔導王朝民のみならず、大陸全土に知れ渡りつつある。
兵団長アキヒトの近くには、得体の知れない3匹の獣が控えていると。
魔王ヴリタラでさえ恐怖した未知の獣が。
「私の予想通りでしたよ…!」
満面の笑みのケーダに対し、イスターは怒りに震えていた。
「…一歩間違えば大惨事だったのが分かってんのか?」
腰の剣の柄に手が伸びていた。
「ヴリタラの話では相当危険だったらしいじゃねぇか!
あと少しで獣達が暴れだして、大公も魔王も王朝軍も全て皆殺しだったとな!
更に朝都インダラまで滅んでいたと!
テメェはそんなこと一つで国を滅ぼそうとしていたのか!?」
「そんなこととは、とんでも御座いません。
強者で有れば強者で有るほど、手の内を徹底して隠すモノで御座います。
そして今回の情報が如何に貴重か…イスター様ならばご理解頂けるかと?」
ヴリタラの証言は簡単には受け入れられない。
アキヒトの兵団は魔王さえ恐怖する程の戦力を隠し持っていると。
だが、ヴリタラが朝議で虚言を発するとも思えない。
ケート山賊討伐で兵団の勇名は大陸全土へと知れ渡った。
今回の魔導王朝攻略戦、多くの密偵達は兵団の実質的な敗退と報告していた。
しかし、ここで改めて認識を変える必要に迫られる。
兵団は想像以上の戦力を秘めていると。
敗残兵団の実態は大国である魔導王朝すらも容易く滅ぼせるのだと。
「アキヒトの兵団が如何に恐ろしい存在かを知らしめることができました。
これは、我々の世界のとって重要なことでは?」
「白々しい…!」
「イスター様の母国も改めて対策を練る必要に迫られるかと存じます。
あのような兵団…手元に置くのも恐ろしいことかと」
「何が言いてぇんだ?」
「この事態の変化で神聖法国も対応の方針も変えねばならないでしょう。
ならば、イスター様の講じているアキヒト勧誘の時間稼ぎにも繋がるのでは…?」
「テメェには関係無ぇだろうが!」
「いえ、関係無くも御座いません…。
イスター様と私めは思惑こそ違いますが、アキヒトの身命を気遣う点では同じです。
その点に関しては信じてくださいませ…」
大きく息をつくと、イスターは腰の剣から手を離した。
「…用件は済んだ、帰らせて貰う」
「いえ、まだ済んでませんよ」
「はぁ?何がだ」
「先日当商会が手引きした朝都潜入の費用で御座います。
此方が請求書になりますのでご確認を…」
「…チッ。しっかり用意してあるんじゃねぇか」
抜け目なくケーダが出した一枚の書面。
その金額を目にした瞬間、イスターはテーブルを叩きつけた。
「なんだこれは!?俺を馬鹿にしてんのか!」
「そのような積もりは全く御座いませんが?」
「じゃあ、なんだこの数字は!」
" 請求金額 0ソラ "
「あの時、イスター様は言い値で支払うと仰いましたが?」
「ならば説明しろ!
ふざけているだけなら今すぐ斬り捨てるぞ!」
「いえ、丁度私も探していたのですよ。
ガーベラ様にアキヒトの兵団の動きを知らせる手練れを。
魔導王朝の監視の目は厳しい…どうやって情報を伝えれば良いか…。
…その時、現れたのがイスター様で御座います」
「テメェ…!」
「この場合は、むしろ私が支払わねばならないくらいです。
イスター様には十分に役割を果たして頂けました。
えぇ…ここで請求しては、パラスの神々から天罰が下ります」
「知るか!」
立ち上がるとイスターは乱暴に扉を開けて出て行った。
怒りに満ちた形相に、廊下ですれ違うラーセン商会の者達が後退った。
結局、イスターは掌の上で転がされただけだった。
ケーダの思惑通りに動き、全てはケーダの思惑通りの結果となった。
ラーセン商会を出ると直ぐにイスターは繁華街へと足を向けた。
扉を開けたのは裏通りの寂れた一軒の店。
普段ならば女達に囲まれて騒ぐのが常だが、その日は一人寂しくカウンターに座った。
「畜生…」
グラスに入った度の高いアルコールを飲み乾したが、容易に酔いが回らない。
イスター自身、今回は最善を尽くし全力を尽くしていた積もりである。
アキヒトの魔導王朝攻略を陰ながら支援し、レスリー達の護衛も配下達に指示していた。
しかし終わってみれば、全てが空回りだったのに気付く。
自分が何もしなくてもアキヒトは安全だった。
手を尽くすまでもなく、シロが傍で堅く守っていた。
そしてまんまとケーダ・ラーセンに利用された。
自分はケーダの思惑通りに踊る道化に過ぎなかったと思い知らされた。
「何が900年代最後の神童だ…笑わせる…」
自然に自嘲していた。
幼少から周囲は自分を天童だと持ち上げたが、それが今はこの醜態である。
情けない自分を慰めるべく、今は酒の力を借りているのだから…。
「…探したぞ」
隣に女が腰かけた。
誰もが目を見張る黒髪の美人だったが、イスターの面持が明るくなることは無かった。
「笑いに来たのかよ」
「なぜそう思うのだ?」
「わざわざ朝都まで出向いたってのに…何も意味が無かったからだ」
目の前の女…ガーベラ・イーバーを救い出そうとしたのは全くの無駄骨だった。
全てはイスターの独り相撲に過ぎなかったのだから。
「そんなことは無いと思うぞ。
少なくとも、あの時の私は嬉しかったからな…」
「何がだよ」
「処刑前というのは寂しいものだ。
面会謝絶で誰にも会えん…一日中、一人寂しく監獄の中だ。
そんな時に会えば、この世で最も見たくない顔でさえ嬉しくなるものだと分かったよ」
「最も見たくない顔で悪かったな…」
「フッ…現れたのがアキヒトだったら素直に喜べたのだが」
「どうせ俺は補欠だ」
頬杖をついて、イスターは顔を背けた。
「お前の本当の思惑はアキヒトを救うためだったのだろう?
私はそのついででしか無かったのは承知している。
だが、あの時はほんの少しだが嬉しかった…一応、感謝しといてやろう」
「ほんの少しで一応か…だろうな」
「それだけ言いたかった。
お前は1人で飲む方が好きと見える…悪かった、邪魔したな」
「…待てよ」
席を立とうとしたガーベラを止めた。
「折角来たんだ、一杯くらい付き合えよ」
「ほぅ…お前が誘うとは珍しいな。どんな風の吹き回しだ?」
「誰かと一緒に飲みたい気分だっただけだ。
それがこの世で最も見たくない顔でも、この際は我慢しといてやるか…」
「それが口説き文句か?
絶世の美女を誘うにしては有り難みが感じられんな」
「誰が絶世だ…インダラの店の女達の方が遥かに…」
「どの店だ?言ってみるが良い。
本当にそんな店を利用していたのならな」
「…チッ」
「貴様は自覚していないだろうがな、嘘をつくのが下手すぎる。
ついでに言えば騙されやすいと見える。
そんなお人好しに、パラス神聖法国の新騎士団長が本当に務まるかどうか疑問だな」
「あぁ、その通りだ。
どうせ俺なんて馬鹿で騙されやすくて騎士団長になんか向いてねぇよ…」
機嫌を損ねたか、そっぽを向いた。
しかしイスターは気付かない。
その自分を眺めていたガーベラが柔らかく微笑んでいたのを。
そしてグラスに口を付ける瞬間…小声で零した。
「まぁ…そんな所は嫌いでは無いがな…」
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敗残兵団戦史(捕捉)
備考
大陸歴996年10月に勃発した魔導王朝攻略戦後
魔導王朝宗主ヴリタラの言によって、シロが秘匿していた戦力の存在が明らかになった。
その兵数、僅か3基。
だが、宗主ヴリタラでさえ恐れる程の戦力である。
各国家勢力は敗残兵団への対応方針を改める必要に迫られることとなった。
大陸歴996年10月28日
第2戦 " ヴリタラ魔導王朝攻略 " 状況終了
次回より第3戦に突入
第64話 『 兵団長の資格 』(予定)




