第57話 『 朝都インダラ攻略戦 』
「グーニめ…やってくれたな」
キシーナ大公が領内地図を眺めながら独り言を漏らした。
ガーベラの極刑を翌日に控え、王朝軍務省内の作戦会議室に大公達が集まっていた。
それまで朝都在住の大公達はガーベラ助命に奔走していた。
連日訪れる地方領主や王朝高官からの嘆願を無視できる筈も無かった。
彼等自身もガーベラを助命すべく会談し、対策を講じていた。
その為に敗残兵団の迎撃は王朝軍務省の高官達に一任していた。
手強いかもしれないが、所詮は50にも満たない戦力である。
各地の王朝守備軍の戦力と比較するまでも無かった。
だが大公達の予想を覆し、兵団は王朝領内の奥深くへと進んできた。
ラーキ大公の敗戦には他の大公達も驚かされたが、兵団も無傷では無かった。
残る行程にはまだ十分な王朝守備軍が配備されており、撃退は時間の問題かと思われた。
だが10月11日、まだ夜が明ける前。
南方戦線で総指揮を司るグーニ大公から各地の王朝守備軍へ援軍の命令が下された。
『亜人共が大兵力を投入してきた!
手持ちの戦力では足りない!
だから援軍に来させる!』
王朝内の守備軍を堂々と南下させた。
守備軍も大公の命だからと堂々と南下した。
空白地帯となった魔導王朝領内を少年の兵団が進軍を続ける。
続々と魔導通信が入り、進軍速度から計算して翌12日早朝には此処へ辿り着くであろう。
「そうだ、皆にも伝えておこう」
作戦室に集った大公達に、カーリュ大公が一枚の紙片を見せた。
「昨日、ボーエン王国のレスリー・アグワイヤ氏が大使館へ私宛に書状を届けた。
その内容がこれだ…」
以前から王朝領内で学術振興を進めるカーリュ大公とレスリーは親交が厚かった。
王朝へレスリーが訪問することが有れば、必ず面会していた。
種族の壁を越え、2人は学術振興で一致した同志だった。
「――くだらん!」
他の大公達が内容を確認すると、カーリュ大公は紙片を放り棄てた。
「このような愚かな提案、我々が飲むとでも思っておるのか…!
レスリー氏は我々を見損なうか!」
他の大公達も同感であった。
「少年の兵団は明日にも此処へ到達する。
その迎撃には私が当たろう…」
キシーナ大公が名乗り出た。
ラーキ大公が敗れた今、配下の将軍や騎士団長に任せる訳にはいかなかった。
「俺も行くよ」
「…」
次いでヤミザ大公とショウ大公が前に出た。
「自分達で少年を迎え撃とう。
大公が3人揃えば戦力的には十分だろう。
イナト達は引き続きガーベラの方を頼む、時間が無いからな」
イナト筆頭大公とカーリュ大公、イアラ大公が頷いた。
処刑執行日を明日に迎えてもなお、大公達は決して諦めてなかった。
「…今日、ガーベラと会ってきたよ」
キシーナ大公は悲痛な面持ちで皆に話した。
「既に自身の覚悟はできているが、少年の命だけは助けて欲しいと懇願された。
今生最期の願いだと頭を下げられたよ…。
彼女の父のヤールには私も含め配下達も世話になった。
だから、いずれは何らかの形で報いようとは思っていたが…」
誰も口にはしないが、ガーベラの助命は非常に望みが薄かった。
この日、キシーナ大公は朝都駐屯の将兵に召集令をかけた。
敗残兵団侵入の報は以前から知らされており、集結に時間は要さなかった。
3人の大公を司令に据えて総勢12万余の戦力が編成された。
これまでの守備軍とは異なり、士気も練度も非常に高かった。
「報告通りなら、翌朝にはシャール平原に姿を現すとみて間違い無いだろう」
朝都インダラ南東に広がる緑の平原地帯。
敗残兵団を迎え撃つ魔導王朝側の最終防衛線と定められた。
10月12日早朝
夜が明ける前から出陣命令は下されていた。
朝都インダラを背にして、ヴリタラ魔導王朝が誇る最精鋭12万の布陣が完了していた。
「敵影、視認できます!」
朝陽を背にして、巨大な魔獣の影が王朝軍将兵の目に映った。
王朝領侵入後、幾度もの迎撃を退けてきた兵団。
遂に朝都インダラを臨むまでに到達するとは誰が予想できたであろうか。
両軍が対峙すると、双方から総指揮者が前に進み出た。
「お初にお目にかかります!
僕は敗残兵団、兵団長アキヒト・シロハラと申します!」
「私はヴリタラ魔導王朝の大公が1人、キシーナである」
「大公殿下にお会いできて光栄です!
お聞き及んでいるかと存じますが、ガーベラさんの助命嘆願に参りました!」
「ガーベラの身を案じる君の気持ちは魔導王朝の一員として嬉しく思う。
だが、おそらくは無理であろう。
他の大公達が今も宗主様へ働きかけているが、決定が覆ることは有るまい…」
「では、宗主陛下へのお目通りを願います!
僕自らが嘆願致します!」
「馬鹿なことを申すでない。
宗主様の御前に出た途端、君の生命など一瞬で消し飛ぶ。
少年よ、これが最後の機会だ。
今直ぐ投降せよ。
それが嫌ならば大人しく引き返すが良い。
我々もガーベラの教え子の生命など奪いたくは無いのだ…」
「申し訳有りません、それだけはできないです!
助命嘆願が叶わないのであれば、此処を押し通るまでです!」
「押し通れると思うのか?
既に君の兵団の戦力は半減している。
我々は十分な兵力に加え、私を始めとして大公が3人揃っている。
しかも朝都には他にも大公が3人控えておる。
戦力差は明らかであろう」
「戦力差が明らかならば恩人を見捨てて良いとでも!?」
数百年を生きる魔族の頂点に立つ大公。
ほんの一瞬だが、僅か13歳の少年が気迫で上回っていた。
「大公殿下のお気遣いには心から感謝致します!
ですが僕は、決して止まるつもりはありません!」
「そうか…ならばかかってくるが良い!
朝都守護の任を受けた魔導王朝軍の最精鋭の力を見せてくれよう!」
双方の指揮官が離れ、自軍へと戻っていった。
帰陣するなり、キシーナ大公が他の大公2人に零した。
「ガーベラが目をかけていた理由が分かった気がするよ。
教導騎士団長は取るに足らない人間の子供だと評していた。
しかし彼女だけは何かを感じ取っていたようだな…」
手を挙げ、各将校に命令が通達される。
平原に勢揃いした15軍団、21騎士団から構成された12万将兵。
万が一ここを抜かれたとしても、朝都には十分な予備戦力が残されていた。
「全軍、突撃せよ!」
号令と共に、魔導王朝軍全将兵が前進を始めた。
「シロ!」
「分かってる!」
応じて敗残兵団も前に進み、両軍の距離が縮んだ。
ガンッッ…!
その時、轟音と共にアパルト級大型機動兵器の巨躯が衝撃で後ろへ仰け反った。
「え!?」
放たれたのは巨大な光の矢だった。
宙空に浮かんだキシーナ大公が光輝くの弓に、同様に光り輝く矢をつがえていた。
放たれた矢は巨大化し、アパルト級の胴体部へと突き刺さり装甲が弾け飛んだ。
ドゴッ…!!
次に巨大な鈍い音と共に、アパルト級が横へよろめいた。
巨大な光のハンマーで真横から叩きつけられていた。
接近したミヤザ大公の手には光の鎖で繋がった巨大な光球。
それを容易く振り回しつつ、遠心力で殴打を繰り返す。
バシッ…!!
最後に真上から叩きつけられたのは巨大な光の棒。
全高100メートルを越すアパルト級の突進が止まった。
目前までに迫ったショウ大公の手から光り輝く棒が伸びていた。
「アキヒト、気をつけろ!
コイツら全員、大型機動兵器並に強い!
いや、それ以上だ!」
「分かった、知覚融合を!」
「了解!」
「ぐっ…!」
躊躇する余裕など無かった。
アキヒトとの知覚融合を果たし、アパルト級大型機動兵器の反応速度が飛躍的に上昇した。
同時に脳神経へ甚大な負荷が掛かるが、歯を食いしばって耐える。
「おぉぉぉ!」
4本の鉤爪の腕を振り回し、3人の大公と格闘戦を挑む。
戦況は絶望的であった。
3人の大公は連携を組んで近距離、中距離、遠距離から間断なく攻撃を加えた。
鉤爪の腕で光の棒をいなしつつも光のハンマーが横から叩きつけられ隙有らば光の矢が襲う。
前回のラーキ大公と同様、1対1ならば勝機も見えたであろう。
だが、大公達はその教訓を活かしていた。
兵団の力を過小評価することなく、万全の態勢で戦いに臨んでいた。
大公達の攻撃と共にアパルト級の損害は増大し、稼働不能も時間の問題であろう。
アキヒトは大公3人との戦いに集中していたが、シロはそれ以外も見ていた。
魔導王朝軍最精鋭の肩書は伊達ではない。
高速機動を誇るクダニ級を追尾可能な精鋭王朝騎士が1基当たりに数十人。
あくまで犠牲者を出さないクダニ級に対し、容赦無く剣が突き立てられていった。
劣勢の中、ただ1基で戦線を維持していたガリー級も遂に沈黙した。
鋏状の腕で王朝兵士を薙ぎ払い、重装甲で如何なる攻撃にも耐えてきた。
だが、数千以上の兵士が代わる代わる重鈍器で殴打を繰り返せば損傷も蓄積していた。
金属疲労により外殻が砕け散り、内部器官に重大な損傷が与えられた。
インガム級は果敢に電撃弾を連続発射したが、王朝軍は数で押した。
十数名が戦闘不能になろうと百名以上の剣戟が、その機体に集中して加えられた。
足部ユニットが破壊されても攻撃は止めなかったが、砲塔が折られ遂に活動を停止した。
戦闘開始より20分経過。
大公と戦いを繰り広げるアパルト級を除き、戦闘可能な兵種僅か10基足らず。
シロの視点から戦況好転の見込みは全く無かった。
3人の大公は完全にアパルト級の動きを補足し、油断する気配も全く無い。
兵団最強の兵種すら今、墜ちようとしている。
「くっ…!」
だが、アキヒトの戦意は衰えていなかった。
兵団は既に壊滅状態であり、魔導王朝軍との戦力差は歴然である。
しかも知覚融合の消耗は激しく長時間は保たないであろう。
対する3人の大公に疲労の色は全く見えない。
開戦前にキシーナ大公から全軍に通達されていた。
"少年は必ず生かして捕らえよ"
これだけの大事になってしまったが、ガーベラの大切な教え子である。
最期の願いでもあり、聞き遂げない訳にはいかなかった。
開戦より30分。
既に大勢は決していた。
残された敗残兵団の稼働兵種は数えるのみ。
巨大な魔獣も3人の大公を前にしては手も足も出ない。
後方から戦局を伺っていた魔導王朝の参謀達も自軍の勝利を確信した。
王朝領深く進撃を続けていた兵団も遂に終わりを迎えようとしていた。
プォォォォ…
広大なシャール平原に角笛の音が鳴り響いた。
魔導王朝全ての将兵が動きを止めた。
「え…!?」
3人の大公達も例外では無く攻撃の手を止めた。
まるで潮が引くかのように、敗残兵団から王朝軍将兵が離れていく。
大公達もアパルト級から距離を取っていった。
「ば、馬鹿な…!」
王朝軍全ての将兵が、特に大公3名が驚かされていた。
角笛の鳴った方向…朝都インダラから黒装束の一団が迫っていた。
魔導王朝の象徴たる黒地に黄金の刺繍の施された旗。
数十流もの旗が宙空にて掲げられた。
同じく宙空に居並んだ将軍と騎士団長といった高級武官達。
全ての者達が恭しく頭を垂れて左右に割れると、その中央から1人の人物が現れた。
既に戦場に出ていた将官から一兵卒に至るまで全ての王朝軍が平伏した。
黒衣の外套を羽織った初老の男。
宙空を進み、敗残兵団の前に出ようとした。
すかさずキシーナ大公が傍に寄り、謹んで尋ねた。
「宗主様、これは一体…!?
この場は我々にお任せください…!」
「…退がっておれ」
「しかし宗主様が自ら御出になる必要も…!」
「退がっておれと申したのだ…!」
大公でさえ一睨みされただけで引き下がるしかなかった。
悠然と宙空を進む黒衣の男。
壊滅寸前の敗残兵団の前で止まった。
「ま…魔導王朝、宗主陛下と…お、お見受けします!
僕は…敗残兵団、へ、兵団長のアキヒト・シロハラです…!
は、拝謁に賜り…こ…光栄です!」
3人の大公との戦い直後であり、肩で息をしながらアキヒトは訴えた。
「お願いします、ガーベラさんを…!
どうか…!
処分に温情を…!」
宗主ヴリタラが無言で右腕を挙げた。
「…え」
次の瞬間、その手に巨大な光の剣が握られていた。
…!
アキヒトの目には閃光が奔ったようにしか見えなかった。
ドォン…!
アパルト級の鉤爪の腕が一瞬で切断され、地面に落下した衝撃が響いた。
「…あぁぁぁぁぁぁ!」
知覚融合により、切断されたアパルト級の痛覚が直接アキヒトの身体へと伝達されていた。
激痛に堪らず絶叫を上げた。
壊滅した兵団の中で、かろうじて早期警戒用クダニが稼働していた。
機能停止直前に新たに出現した敵を解析し、その情報がシロに送られた。
「戦闘力評価…算定完了!
アパルト級大型機動兵器の約8倍!
しかもこれは状態最低値だ!
強敵だぞ、アキヒト!」
「ぐぅ…!」
知覚融合の消耗と激痛に耐え、残された3本の鉤爪の腕で立ち向かうしかなかった。
傷つき、満足に稼働さえならないアパルト級大型機動兵器が魔王ヴリタラに戦いを挑む。
「すまぬ、ガーベラよ…。
許してくれ…。
不甲斐ない私を許して欲しい…」
両者の戦いが始まろうとした時、キシーナ大公が1人謝っていた。
「お前の最期の願い…叶えてやれそうにない…」
次回 第58話 『 魔王 』




