第53話 『 兵種知覚融合 』
城塞都市チャトナは魔導王朝東部一帯の流通の要として知られる。
常に膨大な貨物が集積され、絶えず各都市へと運搬される。
そのチャトナより南西20km地点に位置するのがダウリ平野。
山岳に囲まれた4km四方の土地や痩せており、周辺に民家や集落は一切存在しない。
ラーキ大公は、このダウリ平野を敗残兵団の侵攻経路と確信していた。
兵団は常に余計な衝突を避けると都市部を迂回し、無人地帯を突き進んでいた。
ダウリ平野通過はインダラへの最短経路である。
ここ以外の経路を選択する場合は、時間的に大幅な損失となるであろう。
10月9日早朝より周辺都市へ通達し、ダウリ平野周辺への立ち入りが禁じられた。
ラーキ大公は集結した5人の侯爵の軍兵をこの地へ進ませた。
ジャクラ侯爵、チューリ侯爵、カナリ侯爵、プリア侯爵、カーラ侯爵。
誰もが南方戦線での指揮経験者であり、武人としても名の通った人物ばかりである。
ラーキ大公は各々の侯爵へ高地へ布陣するよう命令を下した。
ダウリ平野を囲むように位置する山岳。
魔導王朝軍は山地に布陣し、敗残兵団を半包囲する形で待ち受けた。
高所からの攻勢と包囲で地形的には優位に立っていた。
「殿下、斥候から連絡です。
予想されました通り、このダウリ平野へと進路を採っています」
ラーキ大公は中央にて自身の直属軍とジャクラ侯爵の軍を布陣。
左翼はチューリ侯爵とカナリ侯爵、右翼はプリア侯爵とカーラ侯爵の軍を布陣させた。
太陽が真上に到達してから間も無くして、兵団の姿が見えた。
これまで報告で聞かされていた巨大な魔獣。
幸いなのは魔導王朝への侵入以来、一度も咆哮を使用していなかったこと。
あくまで少年はガーベラの救出を目的としており、殺傷ではない。
現実に王朝側に犠牲者は発生しておらず、兵団に対する敵意は少なかった。
ならば将兵らにも少年を殺傷せず捕縛と命令も可能だった。
兵団から1基、小さな魔獣が前に出るとラーキ大公の手前で止まった。
「この軍の指揮官とお見受けします!
僕は敗残兵団、兵団長のアキヒト・シロハラです!」
「私はヴリタラ魔導王朝8大公の1人、ラーキである」
「え…では、ガーベラさんの…」
「そう、ガーベラは私の配下だ。
君と面識のあるスジャーンも同じくな」
「お目に掛かり光栄です!
ガーベラさんにはとてもお世話になっています!」
「うむ、聞いているよ。
君には目をかけていたようだな」
「はい、仰る通りです!
それで今回はガーベラさんの極刑の取消をお願いしに来ました!」
「…少年よ、それは無理なのだ。
私としても残念だが、ガーベラの執行は魔導王朝の法により既に決まっている」
「そんな…!」
「だから今直ぐ引き返すが良い。
幸運にも魔導王朝側に犠牲者は発生しておらず、被害は最小限で留まっている。
だが、ここまでだ。
これ以上進んだら本当に君は戻れなくなる。
私としてもガーベラの教え子を殺めたくはない。
このまま何も言わず立ち去れば全てを不問にしよう。
君はまだ若い…生命を無駄にするな」
「それだけはできません…!
僕はガーベラさんを助けるまで決して立ち止まりません!
ですが極刑が取り消しされれば、今直ぐにでも僕は投降します!
そして、どんな罰でも受ける覚悟はできています!」
「そうか…では、一戦交えるしか無いな。
だが少年よ、戦う前に聞かせてくれ。
なぜ、そこまでしてガーベラを助けたいと思うのだ?
君にとっては別の世界の住人だろうに…」
「決まっています!
ガーベラさんは大切な恩人だからです!
魔導王朝の人達は恩人を見捨てても平気なのですか!?」
アキヒトの声が平原全体へと響き渡った。
居並ぶ将兵、全ての耳に届き、心の中の何かに深く突き刺さる。
「…分かった。では、始めようか」
「はい!」
アキヒトの搭乗した魔獣が兵団へと退いていく。
そして魔獣の集団が前進を始め、魔導王朝軍との距離を詰めていった。
「当初の予定通りだ。
あの少年は決して殺さず捕縛せよ…」
「…畏まりました」
ラーキ大公の言葉にジャクラ侯爵が頷き、他の侯爵へも命令が伝達された。
「全軍、攻撃せよ!」
号令が下り、魔導王朝軍が一斉に動いた。
山の斜面を5万を越える兵が全速で駆け下り、勢い付けて兵団へと突撃する。
対する兵団はアパルト級を正面に、ガリー級2基を左右へと配置して迎え撃った。
装甲の厚い3基で王朝軍の勢いを殺し、乱戦へと移行した。
ガンッ…!
衝撃音と共に、山のような巨体のアパルト級がよろけた。
突如空中に現れたのは直径20メートルにも及ぶ2つの巨大な光の輪。
高速回転すると楕円軌道を描き、連続で殴打された。
「おぉ…あれが大公殿下の…!」
ラーキ大公の両腕から巨大な光の輪が産み出されていた。
これまで魔導士の一斉攻撃を受けても微動だにしなかったアパルト級大型機動兵器。
その進軍が初めて止まった。
「コイツ、強いな…」
早期警戒用クダニから情報を収集、シロがラーキ大公の戦力を分析した。
「評価戦闘値はアパルト級の約1.5倍…強敵だ。
今のままじゃ勝つのは難しいぞ」
「う、うん…分かってるよ…!」
ラーキ大公の猛攻と同様に、王朝軍全てが手強かった。
ガリー級2基の盾でも易々と勢いは止まらず、兵団に攻撃が加えられた。
最前面に立っていたのはラーキ大公直属の騎士達。
クダニ級の高速移動にも対抗し得る実力の持ち主であり、1基づつ追い詰めていく。
10人以上の手練れの騎士を同時に相手せざるを得ず、劣勢に追い込まれる。
インガム級には電撃弾以上の人海戦術で王朝軍兵士が押し寄せる。
本体に取り付くと鈍器や剣戟で外殻部分へ攻撃が加えられ、損傷を被っていった。
「アキヒト、まだ行けるか?」
「大丈夫、行ける…!」
大公軍の猛攻に加えて、アキヒトの身体も連戦が続いて疲労が蓄積されていた。
今朝になってようやく目が覚めたものの、決して体調は良くない。
「討ち取ったぞっ…!」
大公直属の騎士が、剣を天上高く伸ばすと声を上げた。
騎士達の剣戟を連続で受け、頑丈な外殻のクダニ級1基が行動不能に陥っていた。
敗残兵団初めの損失である。
「今までとは違うぞ、コイツら…!
いや、コイツらも強いが一番マズいのは…!」
シロに言われるまでもなくアキヒトにも分かっていた。
これまでの魔導王朝軍兵士とは明らかに異なるラーキ大公の強さ。
アパルト級が4本の鉤爪状の腕を展開すると、振り回して光の輪と打ち合う。
「格闘戦でアパルト級と互角以上とはな…!」
山をも切り裂くアパルト級の鉤爪を光の輪が打ち負かしていた。
巨躯に叩きつけられると外殻部が砕けて剥がれ落ち、機体内部へ損傷が蓄積される。
粒子砲全開照射は使用不能というハンデを抜きにしても強敵だった。
大公1人は1国の軍にも匹敵すると評されていたが、決してそれは誇張では無い。
「クダニ級、更に3基大破、行動不能だ。
インガム級も1基大破…」
これまでの戦いで如何にアパルト級の存在が大きかったか分かる。
今までは最前面に立って王朝軍を蹴散らしていた。
だが、ラーキ大公と戦って他の兵種達の援護をするのは絶望的であった。
「アキヒト、これでも敵の人命を優先するのか?」
「当たり前だよ…!」
「今のままじゃ負けるぞ?」
「負けないよ…!」
戦況は絶望的だったかもしれない。
「ここで誰かを殺したら…!
仲間を死なせたら、後でガーベラさんに顔向けできない!」
また1基、クダニ級が墜ちた。
それでもアキヒトは、決して指揮を諦めたりしない。
兵団が1基になるまで…自分1人になったとしても立ち止まる様子は無かった。
「…分かった、そのまま聞いてくれ。
今のお前の疲労は、全兵種と精神接続しているのが原因だ。
脳の容量限界を越えた情報を強引に処理し、操作するから無理が祟ってるんだ」
「こ、こんな時になんだよ!」
「今から全ての兵種との接続を切る」
「…え!?そんなことしたら一瞬で崩れるよ!」
「慌てるなよ、代わりに全ての知覚をアパルト級と接続する。
いや、融合するんだ。
そうすればアパルト級の戦闘力が遥かに上昇する。
但し、その代償として疲労は今までとは比べものにならないぞ」
全高100メートルを越え、数多くの複眼、4本の鉤爪の腕、無数の節足。
それら全ての器官の制御、知覚を人間の脳髄で処理する。
「情報量が多すぎてお前の頭じゃパンクするかもしれない…。
それでもやるか?」
「やるよ!
誰も殺さずに済むのなら…!」
「…分かった」
その瞬間、全ての兵種との接続が途絶えた。
全兵種は自律行動へと移行し、今までよりも動きが鈍重となる。
アキヒトへの負担も同時に消失した。
――だが息をつく間も無く、アパルト級の膨大な知覚神経がアキヒトの脳へと繋がった。
「う…!うわぁぁぁぁ!」
「ぐっ!?」
アパルト級の鉤爪の剣戟が遥かに速さと勢いを増した。
これまで優勢だったラーキ大公が一瞬で守勢へと回って戸惑いを見せる。
「少年…!」
それでも負けじと大公は後退ることなく、その場に立ち留まる。
巨大な鉤爪4本と巨大な光の大輪2本との剣戟。
何十合という打ち合い、少しづつだがアパルト級が前に押していく。
パキッ…!
光の輪の一つが砕け散り、霧散した。
「馬鹿な!?」
「…ぁぁぁ…っ!」
アキヒトの絶叫は既に言葉にならない。
更に残された光の輪も鉤爪の連撃に耐え切れずに砕け散った。
そして勢いが止まることなく、鉤爪の一撃がラーキ大公の身体へと振り上げられる。
「ぐはっ!」
衝撃で吹き飛ばされ、大公の身体が地面へと叩きつけられた。
「で…殿下!?」
慌てて配下の者達が駆け寄って身を案じた。
「大丈夫だ、ソイツはその程度で死ぬような身体じゃ無ぇ。
もっとも暫くは動けねぇだろうがな」
ラーキ大公の身体能力から計算し、シロは鉤爪の威力を調整していた。
精神的支柱でもあった大公の敗北は、魔導王朝軍を戦意を挫くには十分であった。
一度は崩れかけた兵団も戦線を建て直して反撃が始まる。
アパルト級大型機動兵器を前にしては、大公以外の将兵では相手にならない。
大公に勝利した勢いに乗り、次々と王朝軍を蹴散らしていく。
「全軍退け!撤退する!」
30分後、副官であったジャクラ侯爵から号令が下された。
四散する魔導王朝軍の中を突き抜け、兵団がダウリ平野を縦断していく。
クダニ級9基大破、インガム級2基大破。
他の兵種も小破もしくは中破が多数。
アパルト級も損傷を負い、各部の頑丈な外殻が崩れ落ちていた。
早期警戒用クダニで周辺を索敵する。
「さすがに追撃は無いか。
前面にも敵影は…見えないな」
ラーキ大公の軍は退いたまま、兵団の背後を突く気配は無かった。
ダウリ平野を越え、前方30km圏内に魔導王朝軍の反応も無い。
日は傾き、辺りも薄暗くなってきた。
ケーダから指示された次の合流地点まであと僅か数キロの距離だった。
「何とか今日も潜り抜けたようだぜ…。
よくやったな、アキヒト」
「……ぅ…」
「おい、どうした?」
ラーキ大公の戦闘不能を見届けた瞬間、アキヒトは気を失っていた。
数百億単位の脳細胞を知覚的に融合することでアパルト級の諸動作に活性化を促した。
神経伝達速度が飛躍的に上昇し、共に四肢全ての反応速度も上昇した。
シロの戦闘力評価では通常時の2倍にまで増加する。
だが、通常のヒトの脳容積でアパルト級の知覚情報を処理するには負担が大きすぎた。
大公との戦いが今のアキヒトの限界だったのである。
次回 第54話 『 唯一の窓口 』




