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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第1戦後から第2戦 までの日常及び経緯
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第44話 『 王朝混迷 』


ヴリタラ魔導王朝南部地方タール平原。

湿度の低い乾燥地帯であり、丈の短い草原が延々と視界一面に広がる。

雨季に極僅かな雨が降るのみで、年間降水量は非常に少ない。

魔導王朝の生活圏からは遠く離れた地ではあるが、今は亜人達との戦闘が続いていた。

南部諸侯国連合の一つである、ルガー族を中心とする虎人族。

体躯に優れた亜人達の中でも特に身体能力に秀でた種族である。

魔族も身体能力に優れてはいたが、虎人族は更にそれを上回る種族であった。。


魔導王朝軍南方方面軍本陣。

巨大なテントの中に参謀、将軍、騎士団長が勢揃いし、その中央にグーニ大公が腰掛けていた。

先程、本国から魔導通信で連絡が有り、通信官から知らされたばかりである。

通信内容が記載された紙片に目を通すグーニ大公は、誰の目にも機嫌が悪いと分かる。


紙片をテーブルの上に投げ飛ばし、通信官へ問い掛けた。


「お前、寝惚けてるのか?」


「いえ!十分に睡眠時間はとっています!」


「こんな時間から飲んでいるのか?」


「私は下戸です!一滴も飲めません!」


「聞き間違えてないか?」


「念の為、3度確認しましたが内容は同じです!」


「ならば今一度、朝都へ連絡を取って確認せよ」


「今は不可能です!

 各地から朝都への通信が集中しているらしく、全く繋がりません!」


ガンッ…!


グーニ大公が拳を叩きつけ、士官用の巨大なテーブルが大きく陥没した。


「魔道士達を集めて転移魔法陣の準備をさせろ!

 大至急、朝都へ飛ぶ!」


「お待ち下さい!転移魔法は緊急時のみの移動に限られており…!」


「馬鹿者!今がその緊急時だ!」



ガーベラ極刑の通達は、魔導王朝全体へ大きな衝撃を与えていた。


イーバー家前当主ヤールの功績は誰もが知っている。

文武両面隔て無く活躍し、中央から地方領主までその名は轟いていた。

主であるラーキ以外の大公からも重用され、宗主ヴリタラからの覚えも良かった。

それだけに5年前の急逝には多くの者から惜しまれていた。

特にラーキ大公の落胆は非常に大きかった。

まさしく大公にとって片腕であり、自慢の配下でもあった。

その為に序列1位ヤールの死による序列の繰り上がりを2位以下の者達は辞退した。


イーバー家を継いだのは若干14歳の少女だった。

ラーキ大公は少女が当主の座に就くと同時に序列15位に配した。

彼女自身、偉大な父を誰よりも尊敬していた。

その跡継ぎとして期待されていたことも自覚していたのであろう。

後見のスジャーン以外からも多くの者達が彼女を支えた。

彼女は父譲りの才覚を発揮して功績を挙げ、主のラーキ大公を大いに喜ばせた。

宗主ヴリタラは滅多に表舞台へと姿を現さないが、しばしばラーキ大公を呼び寄せていた。

そして一言『ヤールの娘はどうか?』と常に問いかける。

描画中の宗主へ少女の才覚と将来性を説明すると『そうか』と短くだが満足げに答えた。

他国から魔王と怖れられるが、非情なだけの人物ではないのを重臣達は知っている。

年賀の式典の時も娘を呼び寄せて直に言葉をかけた。


『期待している』


宗主自身、魔導王朝民全てに公平で有らねばならないのを承知していた。

特定の臣だけ扱いが異なっては王朝の規律に関わる。

けれども彼女には労いの言葉をかけてしまった。

それが心無い者達の妬みを産み出すと容易に想像できたにもかかわらず。


武の才覚も見せていた少女は若干18歳にして騎士団長へと任じられた。

更に南方戦線へと送られ、グーニ大公の指揮下へと入った。

回りを固めるのは先代ヤールから仕える家臣達である。

ラーキ大公からは彼女に戦場での経験を積ませるようグーニ大公へ依頼してきた。

グーニ大公自身、先代ヤールと面識は有って次のように評している。


『ラーキには勿体無い奴だ』


表だって言葉にはしなかったが、彼女には父程の才覚を期待してなかった。

あれだけの人材は滅多に輩出されないだろうと諦めていた。

だが一旦戦場に出れば、その手腕はグーニ大公の予想を遥かに上回っていた。


『大公殿下、只今戻りました』


初陣で捕縛したのは虎人族の将軍を初めとする多くの生虜達。

定期的に両軍で交わされる捕虜交換式では、捕虜数で暗に勝敗が決定付けられる。

虎人の捕虜500余に対し、王朝兵士の捕虜100未満。

魔導王朝側の圧倒的な勝利である。

しかも虎人の捕虜の中には将軍までもが含まれていた。

グーニ大公も満足するに十分な戦果であった。


以降も18歳の少女は目まぐるしい活躍を見せた。

僅か8ヶ月で4人の将軍、計1万にも及ぶ虎人の戦士を捕虜として捕えた。

戦線は日に日に魔導王朝側が押し進み、虎人族側は押されていった。


そして周囲の同僚からの妬みという理由で少女は南方戦線から外された。

だが、実情は大きく異なっていた。


『あの小娘を何としても捕えろ!

 絶対に殺すな!生かして連れてこい!』


相次ぐ敗戦と戦線後退と幾人もの将軍捕縛に虎人族の長達は怒り狂っていた。

この大陸では最強の種族と自負する者達である。

戦いで敗北し、捕縛されるだけでも屈辱であったが、捕虜への待遇が更に怒りを掻き立てた。


『戦士に対する礼儀は心得ておる』


少女の指示により、虎人族の捕虜達は丁重に扱われた。

更に捕縛されても将軍ならば、少女から目上に対する礼儀が失われることは無かった。

格下と思っていた魔族の、しかも年端もいかぬ小娘から情けをかけられた。

虎人族の誇りは完全に打ち砕かれていた。


それ以降、虎人族は少女を目の仇にして追うようになった。

虎人族の戦士達は彼女の姿を追い、縦横無尽に戦場を駆け回った。

その噂を聞きつけ危惧したラーキ大公は、即座に少女を戦線から下がらせるよう命じた。

この突然の帰還命令に対しグーニ大公が猛反発した。

先代ヤール以上の才覚を感じ、彼女を一流の指揮官に育成しようと目論んでいた為である。

しかも次の配属先任務が勇者召喚の儀という理由が更に大きく反発させた。

有能な人材を閑職に回す愚を許せなかったのである。

しかし、それでも少女の直接の主はラーキ大公である。

主の命に従い、少女は戦線から本国へと帰還した。


この戦線からの離脱に対し、グーニ大公以上に反発したのが虎人族である。


『勝ち逃げは許さん!

 魔族どもよ!あの小娘を戦いに出せ!』


虎人族の戦士達の士気は異様に高まっており、王朝軍もしばしば押された。


この主戦場であるタール平原に価値は無きに等しい。

穀倉地帯からも程遠く、農耕にも向かず、交易路でもなく、さしたる鉱山も無い。

魔導王朝民の生活圏からも遠く離れている。

それでも虎人族との戦いを続ける理由はグーニ大公の主張であった。


『魔導王朝兵士たる者、平和な世に浸かり切って如何とする!?』


言わば過激な実戦訓練である。

但し王朝側も訓練で犠牲者を極力出さぬよう、十分な数の治療士を派遣していた。

貴重な王朝兵士を失わぬように最大限の配慮は成されていた。

だが、それでも実戦は実戦であり、相手は勇猛な虎人族の戦士達である。

油断すれば命を落とす、誰一人として気の抜けない実戦訓練であった。


また虎人族は非常に身体能力が高く、回復能力も非常に高い。

負傷者は常に発生したが、生命を落とす者は稀であった。

寧ろ血気盛んな彼等にとっては有り余った体力を発散させる絶好の機会であった。



戦線にてガーベラの極刑が知れ渡ると、前線の将校達も本陣へと集まってきた。


「大公殿下!一体何が有ったのですか!?」

「ガーベラ殿が何をしたと!?」


広い本陣テント内で、グーニ大公へ将軍達からの疑問が矢継早に飛んだ。


「俺も今日、連絡を受け取ったばかりで何も分からんのだ。

 本国で何が起きているのか…」


そう答えるしか無かった。

朝都インダラから遠く離れた南方戦線では情報収集手段が限られている。

その時、本陣へ通信官が飛び込んできた。


「大公殿下、お知らせが!」


「本国と繋がったか!?」


「いえ、まだ繋がっておりません。

 ですが他の王朝区へ確認を取った所、概要ですが状況が見えてきました」


宗主ヴリタラより直々にガーベラが極刑を命じられたこと。

極刑の理由は宗主及び大公からの命令拒否。

命令内容は召喚された勇者を魔導王朝側へ誘引すること。


「現在、地方有力者から続々と大公の方々へ面会が求められております。

 朝都インダラでは、大公殿下のお部屋へ列が続いているとか…。

 誰もがガーベラ様の助命嘆願に…減刑を求めているようです」




事実、今この瞬間も朝都インダラの大公達は臣下達の対応に追われていた。


「ラーキ大公殿下、本日はお時間を取って頂き誠に有難う御座います」


王朝外務省の執務室で、ラーキ大公は臣下の一人と面会していた。

そのラーキ大公の表情には、はっきりとした疲労の色が見える。


「お主の言いたい事は分かっておる…」


「多くの者が申し出ていると思いますが、あえて言わせて下され!

 今、この時期にガーベラを処刑してなんとなります!?

 "黒い月"が予言通り現れた今こそ、有能な人材が王朝に必要なのでは!?

 ここであの者を損なって王朝に何の益があるのです!?

 何とぞ、宗主様に御進言を!

 何とぞ、ガーベラに減刑を!

 何とぞ、挽回の機会を!

 私も亡きヤールにはしばしば助けられた身!

 ここでガーベラを失っては顔向けもできません!」


面会を求めた者達の訴えは全て同じだった。

ガーベラの助命を宗主陛下へ願い出て欲しいと。

宗主ヴリタラへ直接申し出ることのできる人物は8人の大公以外に存在しない。

ガーベラ減刑の可能性が有るとすれば、それは大公の進言しかない。

王朝成立以来、長年の臣であった8人の言葉で有れば宗主様も心を動かされるのではと。


だが、8人の大公達の表情は暗い。

宗主ヴリタラと付き合いの長い彼等だからこそ分かる。

このような場合、一旦下した命令を撤回するような御人では無い。

今ここで大公8人から嘆願しても、聞き入れられる見込みは非常に小さいであろう。





「殿下…!」


テーブルに肘をつき、頭を支えるグーニ大公へ参謀と将軍達の視線が集まる。

ガーベラを救い出したいのは同じである。

しかしグーニ大公自身も、宗主ヴリタラのことをよく知っていた。

非常に固い意志の持ち主であることを。


仮に今、朝都インダラへ戻って直接訴えたとしても決定が覆ることは無いであろう。



「会議中、失礼します」


次に本陣テントへ入ってきたのは下士官であった。


「虎人族から…敵軍から戦書が届いております」


参謀や将軍達が顔を見合わせた。

今まで長く戦ってきており、捕虜交換の打ち合わせ以外のやり取りは一切無い。

定期的に軍使同士で話し合うのが通例であるが、こうした文書のやり取りは初めてである。


「…読み上げてみよ」


「はい、それでは…


 "愚かな魔族どもよ…かような見え透いた策謀に欺かれる我等と思うな"

 "お前達が如何に奇計、奸計を用いようと通じる我等ではないぞ"」


本陣直属の参謀達も文書の意図が読み取れない。


(策ってなんのことだ?)

(さぁ…?)


全ての作戦内容を把握しているグーニ大公自身も何の心当たりも無かった。


「"小娘処刑の虚報を如何に広めようと我等が気を緩めることは無い"

 "そのような知らせを信じる我等だと思ったか"

 "お前達の魂胆は手に取るように分かる"

 "姑息な手段を使えば我々が油断するとでも思ったのであろう"

 "浅はかな策だ"」


グーニ大公のこめかみに血管が浮き出た。


「"小細工を弄せず、小娘を戦場に出すが良い"

 "次こそ雌雄を決してくれようぞ"」


バキィ!!


勢いよくグーニ大公の振り下ろした拳で、テーブルが粉々に砕け散った。


「貴様ら如きに策など必要あるか!」


怒りに声が震えていた。



「知能の低い蛮族のくせに!


 神経を逆撫でにする術だけは上手い奴らめ!」



次回 第45話 『 彼女が遺した最期の言葉 』

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