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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第25話 『 ダチ公 』



シロが帰還して直ぐ、イスターさんとガーベラさんから休みを告げられた。


「悪いな、本国の方で何か有ったみたいだ。

 少しの間寂しいだろうが、一人で鍛錬していてくれ」


「うむ、王朝内部で何か事件が有ったようだ。

 何日経てば収まる…それまで付き合えなくてすまないな」


離れていても神族も魔族の人達も慌ただしく動き回っているのが分かる。

神聖法国も魔導王朝も、本国では何か大騒ぎになっているらしい。



「私も詳しい話は知らないんだ。

 平原同盟首脳部も最近になって、頻繁に会合を開いてるらしいが…。」


レスリーさんの話では、大陸平原同盟首脳部も慌ただしいと。

5同盟国の各首脳が休む間も無く奔走しているらしい。

だが、その詳細に関してまでを知る人は極一部に限られていた。



どちらにしろ、僕がやることは一つしかない。

普段通り、鍛錬場の隅で木剣の素振りをするしかなかった。


「…」


右肩には無言のシロ。

記憶を取り戻したらしいけど、当のシロは以前に比べて言葉が少なかった。


『すまない、アキヒト。

 あまり楽しい思い出でも無いんだ…』


昔の話をしたくないらしい。

誰だって嫌な思い出の一つや二つあるし、シロも例外で無いだろう。


しかし僕としてはそんなの気にしてなかった。

全く気にならない訳でも無いけど、昔のシロがどんな存在だろうと関係無い。

今は戻ってきてくれただけで、とても嬉しかったのだから。


「待て!」


突然シロが声を張り上げたので、びっくりして素振りの腕を止めた。


「ど、どうしたの?」

「足元だ、気をつけてくれ」

「え…」


屈み込んで地面を見るけど何も無い。


「そこだよ、そこ」


更に地面に近づいて目を凝らすと…何匹か蟻が動いているのが見えた。


「なるほど、シロは優しいんだね」

「いや、それは…」


シロは口籠ると黙り込んでしまった。


「大丈夫だよ、これからは足元に注意して練習するから」

「…そうじゃないんだ」

「何が?」

「普段から蟻や他の虫を踏み殺してたんじゃないか…?」

「それは…そうかもしれないね。

 街を歩いてる時でも足元に虫がいただろうし…。

 知らず知らずに踏みつけているかも…」

「虫だけじゃないさ、色んな草花も踏み潰していただろうよ。

 目に見えない小さな種子、目立たない芽なんかな」

「まぁ、確かにそうだけど…。

 それは仕方ないと考えちゃ駄目なのかな?

 僕達の身体は大きいんだし、小さすぎて見えない物もあるよ。

 気付けば避けて歩くけど、全てそういう訳には…」


「そう、アキヒトの言う通りだよ。

 余りにも大きな存在は、足元の小さな存在に気付かないもんさ。

 だから知らず知らずのうちに多くを死なせてしまう。


 俺もそうだったから分かるよ」


その言葉に驚き、僕は尋ねずにはいられなかった。


「シロも蟻を踏んだことがあるの?

 足も無いのに…」

「いや、虫や草花を踏むって言うか…」

「何かを殺したの?」

「…殺そうとして殺したんじゃない。

 結果として死なせたんだ」


「あ…歩き回って?」


「そうだな…動き回って…動き回って――

 その時の俺は気にもしなかったが、間違いなく死んでいたろうよ」


「何が死んだの?」


「…全部だ」


「ぜ…全部?何が全部なの?」


「だから全部だよ。

 俺が通った後には何も生き残っていなかった」


この時、初めてシロの言葉から何かを悔いてるのに気付いた。


「蟻一匹、草花一つさえも…。

 俺が通った後は何一つ…何一つ残らなかったよ…」



シロが戻ってきたことを知らせると、アヤ姉達も喜んでくれた。

レスリーさんもドナ先生もティアさんも。

イスターさんもガーベラさんもシロの帰還を祝ってくれた。


しかし帰還後からシロには元気が無かった。

長い記憶の旅の疲れだろうと、その時の僕はあまり気にしなかった。

少し休めば疲れも取れて前みたいに元気になるだろうと。


だが、それは思い違いだとようやく悟った。



「…俺はズルい奴だよ」


「シロ…」


「あれだけ数え切れない程、殺しておいて…。

 何もかも全てを死なせてしまって…。

 なのに俺だけお前に助けられて、こうして生き永らえて…」


シロは僕の肩から足元に降りた。

すると地面の蟻達が目に見えない力で浮かび上がる。

そのまま練兵場の端の草むらの方へ…人通りの無い場所で降ろされた。


「こんなことを言うのはアキヒトに悪いと思うんだけどよ…

 俺なんか助ける価値無かったぜ?」


「そ、そんなこと言わないでよ!」


「いや、俺はあのまま人知れずひっそりと死ぬべきだったんだよ。

 あと10万年もすれば間違い無く衰弱死していた。

 あの暗闇の中で、死ぬことさえ自覚せず死ねたんだ…」


シロはずっと沈んだままだった。

僕にはどんな慰めの言葉をかければ良いのか全く分からなかった。



中央平原の夏が過ぎようとしていた。

まだまだ暑い日は続くが、朝方はすっかり涼しくなった。

日中吹く風も以前に比べて涼気を帯びてきたように感じる。


ある日の晩だった。

寝室の机で本を読んでいた僕に、シロが話を切り出した。


「聞いてくれ、アキヒト。

 俺、遠くに行こうと思うんだ」

「え…どこに?」

「お前の知らない…遠い、遠い場所だ」

「だ、誰か…家族や友達が待っているの?」

「いや、そんなの誰もいねえよ。

 この世界に俺は一人きりだ」

「じゃあ、なぜ…。

 シロ一人でいたって、寂しいだけじゃ…」

「これは俺なりのケジメだ。

 誰も居ない場所で一人になり、人知れず朽ち果てようと思う。

 栄養補給せず活性状態維持すりゃ、数百年で衰弱死だろうな…」


「ダ、ダメだよ!

 シロは今も生きてるのに…!」


「悪いが俺は決めたんだ。

 お前になんと言われようと一度決めたことは変わらねえよ…」


シロの決意は固かった。

僕の説得に耳を傾ける様子も無く、どこかで朽ち果てるつもりらしい。


「だがな、お前には大きな借りがある。

 召喚の時は俺を見捨てず助けてくれた。

 他の神獣を召喚すれば良いのによ…それより俺の生命を優先してくれた。

 それから自我の無くなっていた俺の面倒を見てくれていたな。

 お前の生命力や魔力を貰えたからこそ、俺はこうして生きている。

 それに逆行催眠中、神獣召喚の誘いも断ってくれたよな?」

「あれ、知ってたの?」

「催眠中の知覚情報は全て記憶してある。

 お前、先輩達から誘われたのに…本当に馬鹿だな」

「あはは…」


「――だからよ、俺がお前の願いを叶えてやる!」


目の前に浮かび上がったシロが力強く輝いた。


「今の俺は何だってできる!

 だから、お前の願いは何だって叶えてやれる!

 富も名誉も権力も!

 欲しい物が有れば何だって用意してやれるぞ!」


「そ、そんなこと言われても…」


「何でも良い、願いを言ってくれ!

 お前の願いが尽きるまで、百でも二百でも願いは叶えてやる!

 もしも望むのなら、この国の…!

 いや、世界の王にだってしてやれる!」


輝きは更に増し、寝室全体を明るく照らしていた。


「俺が生に未練あるとしたら、お前だけだ!

 お前からの借りを返さなければ、死んでも死にきれねえよ…!」


余りにも突然な言葉に、僕は何も言えなかった。

ただ、真っ先に思い浮かんだのがレスリーさんの銀鉱山。

シロに願えば銀鉱山が返ってくるだろうか?

いや、これは願ってはいけない願いだ。

僕は銀鉱山一つ分の人物になるとガーベラさんに宣言した。

安易に近道に逃げてはいけない。

苦しくても今の道を辛抱強く歩かねばならない。


そして僕自身もあの日誓った。



そう、僕はそれだけの人物に…それだけの男にならなくてはならない。



「…じゃあさ、一つだけお願い良いかな?」


「一つなんてケチ臭いこと言わず、百でも二百でも構わないぜ!?

 なんなら千でも二千でもな!」


「いや、一つで良いんだ。

 その一つだけお願いを聞いて欲しい」


「せっかく無制限で願いを叶えてやるっていうのに、欲の無い奴だな…。

 何だよ、一体?」



「僕の…ダチ公になってくれない?」



そうだ…あの時、イスターさんが僕に教えてくれた。


「友人の中の友人が親友。

 親友の中の親友がダチ公。

 生きる時も死ぬ時も一緒、それがダチ公だよ」


「お、俺とアキヒトが…ダチ公…?」


「そう…それが僕の願いだよ、シロ」


しばらくは何も答えず、シロは無言で輝き続けていた…が。


「ハ…ハハハハ!

 こ、この俺がダチ公だって!?

 俺が…!

 この俺が…!?

 ちっぽけな人間のダチ公だと!?」


なぜかシロは大笑いし続けていた。


「だ、ダメかな…?」


「ハハハ!

 駄目じゃないが、その願いには条件がある!」


「…条件?」


「お前は俺のダチ公なんだろ?

 それなら、強くなってくれないと困る!」


「つ、強くなるって言っても…」


「心配要らねえよ、俺が鍛えてやる!

 但し、俺の特訓は半端じゃねぇぞ!?

 苦しくて泣き出すのも一回二回じゃ済まないだろうな!

 だが、それでも俺のダチ公になってくれるのか!?


 そこまでの強い意志がお前にあるのか!?」


「う、うん!」


僕は大きく、力強く頷いた。


「よし、分かった!

 今、この瞬間から俺達はダチ公だ!」


シロは僕の願いに応じてくれた。


「そう、ダチ公だから勝手に死ぬのはダメだよ。

 さっきも言ったけど、生きる時も死ぬ時も一緒なんだから」


「……そういうことか、分かったよ。

 一度宣言した以上、撤回はできないからな。

 仕方無い、お前が生きている間くらいは付き合ってやるよ!」


不承不承ながらも、シロは当分生き続けてくれると約束してくれた。

今のシロは活力を取り戻したように思える。


「それでさ、特訓って何をするの?

 剣や魔法の練習?」


以前、シロは図書館の本を読み漁って強力な魔法を覚えていた。

ドナ先生も伝説級の魔法って驚いていたし、それを僕も使えれば…!


「何言ってんだよ。

 剣と魔法を極めて強くなれんのか?」


「え…だって…」


「丁度良い、窓の外を見てみろよ」


もう多くの人達が寝静まろうとする時間帯。

城塞都市全体が暗闇に包まれていた。


「空に月が見えるだろ」


「…うん、見えるよ」


「あの月を剣や魔法で壊せるのか?」


「え…えぇ!?」


「あの程度の衛星、一つや二つ破壊できないでどうすんだよ。」


「…シロ、さっきから冗談言ってるの?」


「馬鹿、俺は大真面目だ。

 お前達人間が一生涯費やして剣や魔法を修練しても高が知れている。

 そんなのは時間の無駄、全く意味無いって言ってんだよ。

 それにな…お前は俺のダチ公なんだぞ?

 だから俺と肩を並べて貰わないと困るって言うんだ」


「肩を並べるって…」


「俺と同じくらい…いや、それ以上に強くしてやる!

 お前は自慢のダチ公になってもらうぜ!」


「は…ははは…」


シロには元気になって貰いたくて思いついた願い事だけど…。

思った以上に元気になってしまい、自然に乾いた笑いが出ていた。


「…俺な、少し分かった気がするよ」


「ん…何が?」


「こうしてだ…。

 未だに俺だけが無様に生き永らえている。

 なぜ俺なんかが生き残ってるんだろうって…。

 運命や偶然って奴をいつも恨んでたよ。


 だがな、それには意味が有ったんじゃないかって、今なら思える。

 全ての事象の蓄積が今に繋がっていると。


 俺が今まで死なずに済んだのは…お前に会うためだったかもしれないな…」


「はは、シロは大袈裟だね」


兎に角、元気になったのを見て僕は安心した。


この日、僕はシロとダチ公になれた。

それもとても嬉しいことだけど、それだけじゃない。



シロに生きる気力が湧いたのは、それ以上に嬉しかったのだから。



次回 第26話『 旗 』

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