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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第23話 『 大動乱時代の幕開け 』



中央平原の夏期は関東に比べて湿度も低く比較的過ごしやすい。

それでも日中は強い日差しが照り付け、道行く人々は汗ばみ涼を欲する。


そんな真夏の日も僕の勉学と鍛錬は続いていた。

額の汗を拭いながらも、決して努力は怠らない生活。

ほんの少しかもしれないが、この世界に来た時よりも強くなったと思う。


なぜなら今の僕は大きなモノを背負っている。

レスリーさんを始めとする多くの人達からの期待。

その期待に応えるため、決して時間を無駄にできない。


この世界の学問にも通じて中等部レベルに到達しようとしていた。

ドナ先生の評価では、あと少しで転入も可能だと。

剣の鍛錬の成果も出て、腕周りも太くなり身体が前より引き締まっていた。

イスターさんやガーベラさんに比べればまだまだだろうけど。


今の僕には世界が見え始めていた。


常に顔を上げ、頭上には常に広がる青い空と白い雲。


そんな光景を目の当たりにして、僕は思うようになった。



この世界はどれだけ広いのだろうか…と。




大陸歴996年8月13日

王国がまだ寝静まっている明け方のことだった。


「……ん…っ…?」


寝室のベッドでふと目覚めた。

寝起きの朦朧とした中、窓の外から薄明りが見えた。

夜明け前であり、起床にはまだ早い。


再び目を閉じて眠りに入ろうとしたが…異常に気付いて僕は飛び起きた。


「シ…シロ…!?」


いつもは枕元に佇むシロの姿が見えない。


「ど、どこ…?シロ、どこなの!?」


慌ててベッドの下や部屋中を探し回すが、どこにも姿が見えない。

いつも近くに有った淡く白い光が、忽然と姿を消していた。

部屋を出ると、隣の部屋の扉を開けて探し、また隣の部屋へ。

2階を探し終えると、1階に降りて台所から浴室と隅々まで探した。

しかしシロの姿は何処にも無かった。


何かが原因で消えてしまった…?


嫌な予感がかすめたが、僕は振り払うと再び探し始めた。

家の中に見えないので外に飛び出た。

季節は真夏だが、夜明け前は肌寒いくらいだった。

辺りはまだ薄暗い中、僕は必死になって家の周囲を見回した。


「あ…!」


見上げると家の屋根に、白く淡い光が見えた。

見間違えるはずもないシロだった。

位置的に僕の寝室の真上辺りだろうか。

何かの弾みで屋根に上がったのかと考えるよりも早く、昇る手段を探していた。


敷地内の木の傍に古い木の梯子が一つ。

剪定用らしき梯子を持つと、家屋の方へ立てかけた。


急いで足をかけて昇り始め…屋根に手をかけた時だった。


「…あっ」


慌てて駆け上がろうと、力を入れ過ぎていたのだろう。

古い梯子のため足をかけていた横木が折れた。


足場を無くし、僕は落下して地面に叩きつけられ――



―――――――――『重力遮断』――――――――――


―――――――――『慣性制御』――――――――――



…地面に叩きつけられなかった。


足場も何も無いのに…僕の身体は宙に浮いていた。


「え…?」


そのまま、僕は見えない力で更に浮き上がっていく。

ゆっくりと…屋根の上にまで来ると降ろされた。



「気を付けろよ、落ちたら怪我するぞ」


「あ…うん」



やはり屋根の上で光っていたのはシロだった。



「丁度いい、一緒に見ようぜ」


「な、何を?」


「夜明けだよ、お前はいつも寝てたから知らないだろうがな、

 ここから見える景観は悪くないんだ」



西の空から薄らと日の光。


遠い山々の端から眩しい光が差し込んできた。

辺り一面はオレンジ色に。

巨大な雲海の照らされた部位が白く光り輝く。

星の瞬きは消えていき、頭上には紺碧の空が広がる。


ボーエン王国城塞都市の市街も照らされる。

数多くの建物の影が産まれる。

人々が起き始め、街中から生活の音が響き始める。


今日も一日が始まろうとしていた。



「あ…あのさあ…」


「なんだ?」


必ずいつか来ると思っていた瞬間。

誰よりも真っ先に…僕が一番に言わなければいけないと思っていた。

しかし、いざとなると緊張してか声が出せない。

いや、下手に声を出そうとすると涙が溢れそうだった。


だから僕は大きく息を吸い込み――



大きな声でハッキリと…泣きそうになるのを堪えて言った。



「お…おかえり、シロ!」


「ただいまだぜ、アキヒト!」



ある夏の日の朝


眩しい陽の光が刺す屋根の上で



長い記憶の旅路からシロが帰ってきた








聖都パラパレス


パラス神聖法国の都であり、全パラス教徒の精神的支柱の聖地でもある。

毎年、数千万人もの巡教者が訪れ、神々に祈りを捧げる場所として知られる。


この人口500万の都市中央にそびえる小高い丘。

名実共に法国全てを見下ろす巨大なサバラス神殿が聳え立っていた。

800年以上前に20㎞離れた場所から移送された大理石が使用され、

竣工から完成まで30年以上の月日を要したという。

長さ170m、幅80mの神殿基盤には直径3mに及ぶ円柱が立ち並ぶ。

内部には主神パラスと8人の女神、そして神々の眷属の彫像。

これらの彫刻装飾に当時の法国中の高名な彫刻家が手を尽くしたと伝えられる。


神殿内に設けられたのがサバラス法王庁。

宗教的な最大象徴と同時にパラス神聖法国の政治中枢部でもあった。

法王庁内部の大パラス法議院は現神聖法皇を長とした20名の枢機卿から構成。

名実共にアコン山脈で囲まれた領域における最高意思決定機関である。

パラス神聖法国内での行政は法議院主導で行われていた。



「お急ぎください!」

「何だと言うのだね…」


夜が明けたばかりの早朝、サバラス神殿へ続く階段に声が響き渡る。

先を行く若い男は下級聖職者であり、年配の男性は聖都司教の1人であった。


まだ日が差す前の暗闇の中、司教の屋敷の扉を叩く者がいた。

彼は神殿内にて雑事を任せられた下級聖職者。

お勤め前に神々の彫像へ祈りを捧げるのが日課であった。

その日も信仰深い彼は朝一番に神殿へ訪れたのだが、内部の異変に気付いた。


「ご覧ください、司教様!」

「なっ…!?」


神々の間に辿り着いた2人を待ち受けていた光景。

余りの異様さに司教は言葉を失った。


「神々が…偉大なるパラスの神々が…!

 なんという…!」


巨大な彫像から赤い血の涙が流れていた。

パラス主神、8人の女神、多くの神々の眷属。

一体の例外も無く、白い大理石の頬を赤い涙が伝っていた。


大理石の床に膝を付き、司教は恐れおののく。


これまでの歴史の中、神聖法国は度々重大な危機を迎えた。

魔導王朝の侵攻を始め、どれもが法国の存続に関わる重大事である。

しかし、どのような危機においても神々の彫像が涙したなどという記録は無い。

法国最大の危機と伝えられる魔王ヴリタラの出現の時も同様。


考えられることは唯一つ。

500年前の大戦を遥かに超える災厄の到来であろう。



司教は震える声で若い下級聖職者に命じた。


「…知らせよ」


「は…なんと申されましたか?」


「猊下に…!

 急いで法皇猊下にお知らせするのだ!」







竜都ドラクータ


大陸南部一帯の亜人国家の政治共同体、南部諸侯国連合の中心部。

亜人の中でも特に力を有する竜人国家の都としても知られる。

その都から南方の景観として有名な霊山ハール。

竜人国家は20の有力部族長から成る合議制で運営が成されるが、

その彼等の更に上に立つ最高意思が霊山に鎮座していた。

老巫女シーダン。

長命な竜人の中でも特に高齢であり、年齢は1千歳を超える。

これまでに数々の予言を族長達に伝え、竜人族を度々危機から救った。

最も有名な予言が700年前の魔王ヴリタラの出現である。

この予言は竜人族のみならず、全ての部族に伝えられた。

だが、当時の虎人族のみが従わずヴリタラと交戦。

多くの勇敢な兵士と住み慣れた土地を失った。

亜人達は誰もが肉体的な強さに絶対的な自信を持っている。

だが、どんな血気盛んな亜人の若者でも、老巫女には跪かざるを得ない。

彼女の持つ神秘的な霊力には信仰に近い敬愛が注がれていた。

竜人族のみならず、他の部族からも崇められる存在である。


霊山ハール最奥部

祭壇の篝火の前に年老いた竜人の巫女が座っていた。

傍に付き従うのは若き竜人の巫女達。


数時間前、突然老巫女が目を覚ますと祭祀所に登って篝火を灯した。

侍従に知らされた巫女達も起き上がり、急いで駆け付けていた。


篝火に老巫女が向かって何時間経過したであろう。

突然両目を見開くと、口元が微かに動いた。

傍で控えていた巫女が気付き、近寄って耳を寄せる。


「…!」


竜人の巫女は急いで耳にした内容を紙面に書き連ねた。

老巫女の言葉を綴った紙面は、直ぐに竜人族長達へと届けられた。

同時に老巫女の命により、若く屈強な竜人達に親書が渡される。


羽の速い彼等は使者として神聖法国、平原同盟、魔導王朝へと飛び立っていった。






王朝都インダラ


大陸西部一帯を勢力下に置く、ヴリタラ魔導王朝中心部として知られる。

朝都内の各省庁は王朝全土の政治中枢として機能。

商工区には平原同盟出身の人間達も滞在し、経済中枢としても機能していた。


各省庁の中心位置に立地するのが宮廷タンクーラ。

総面積40平方キロメートルの広大な敷地に大小様々な宮殿が建てられていた。

その中でも一際巨大な総大理石の宮殿。

湧き出る噴水と緑の庭園に、遊歩道が規則正しく並んだ広大な前庭。

王朝独自の変形八角建築様式、その荘厳な建造物が挟んで見える。


本来なら魔導王朝の最高意思決定機関であり、大公と重臣達が集う場である。

だが、この400年は周辺の省庁のみで全ての機能は果たされていた。

その為、普段は雑事を任された者達以外に訪れる者は殆ど居ない。

近年は年賀の式典程度で、それ以外に公式の場として利用されることは無かった。


最も奥まった一室。

所狭しとキャンパスが立ち並ぶ中、初老の人物が描画に勤しんでいた。

木製スタンドにキャンパスを立てかけ、椅子に腰かけて向かい合う。

パレットの上で絵具を混色し、リズミカルに筆を滑らす。

夜も深まり宮殿内が静寂に包まれた中…筆を走らせる音だけが続いていた。

部屋の隅には執事が一人。

彼は主の身の回りの御世話を仰せつかっていた。

今の仕事は、描画に没頭する主人からお声がかかるまで待つこと。

しかし、当分その時が来ないのを彼は知っていた。

この主に仕えてから30年以上の月日が経つ。

その為に主の筆を走らせる音から、ある程度の推察もできていた。


"今は興が乗っている時の音"

"あと半日は描き続けなさるであろう"


暫くはお声がかかることは無い。

しかし当然だが、執事として離れる訳にはいかない。

彼は部屋の隅に不動の姿勢で控えていた。


「……?」


不意に筆の音が止まった。

見れば、キャンパスを前に主の手も止まっている。

珍しいこともあるものだ、と執事は思う。

普段ならあれだけ興が乗っていれば、数日は描き続けておられるのに。

執事からは主の背中しか見えず、表情は読み取れない。

構図か色彩かでお迷いになっておられるのか?

僅か数秒だが停滞と沈黙。


すると主はキャンパスへ顔を向けたまま、腕を降ろして筆を置いた。


「――誰ぞあるか」

「ここに」


執事は主の背中に対し恭しく頭を垂れた。


「8人と主立った者達を集めよ」

「…は?」

「早急にだ」



大陸歴996年8月13日未明


ヴリタラ魔導王朝、宗主ヴリタラの名の下に参集が命じられる。

対象は8大公と各省庁の高級官僚、各将軍、各騎士団長、主要な文官及び武官。


神聖法国との大戦より実に500年来の参集命令である。



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