異世界召喚のセオリー 2
杖を構えた私に、小さな呟きが聞こえました。
「み……わ?」
「へ?」
「桂木、美和?」
「どうして、私の名前を知って──」
言った途端、魔王が飛びかかって来ました。
──しまった、油断させておいて不意を突く作戦でしたか!
身体強化の魔法は掛けっ放しにしていたのに、スピードが速くて対処ができませんでした。慌てて魔法を唱えようとしますが、ぐえっ!さば折りです。私を窒息させて呪文を唱えさせまいという作戦ですね。
さすがに私も無詠唱魔法は習得していません。魔王なんて魔法特化だと思っていたのに、何で徒手空拳で掛かってくるんですか!
かろうじて動く右腕で、杖を振り回しましたけど、密着した状態ではさほど威力のある攻撃にならず、邪魔だと言わんばかりに腕を取られました。ついでに、顎に手が掛かり無理やり上を向かされます。息が苦し……。
思わず目を瞑った私の耳に、ちゅ、と音が聞こえました。ふにゅっと唇からの柔らかい感触も同時に。
おそるおそる目を開けると、ものすっごい至近距離にやたら綺麗な顔があって……これは、まさか。
さば折りだけでは飽き足らず、口を塞いで窒息させようという魂胆ですね!
……て、アレ?
ぺろん、と唇を舐められて、息苦しさのあまりに口を開けたら、待っていたかのように齧り付かれました。ぬるっと舌が入って来ます。……これ、ディープキスってやつでしょうか?
もしかして舌先に薬でもあって無理やり飲ませるのかと思ったら、そんなこともなく散々口中を探って来て……。
茫然としているうちに、気が付けば抜き差しならない所までいってました。頭の上からうなじあたりを撫でられて震えが止まらなくなり、酸欠となんか色々なものが混ざって、私は意識を失ったのでした。
ふっと眼を開けた時、私は玉座に座る魔王サマの膝の上にいました。色気たっぷりの眼差しが……って、顔近い、近いです!ぎゃあああ!口、また口にキスされました!おまけに深いです、こんな所でするキスじゃないです~!
じたばたと暴れたら、膝の上からは解放はしてくれませんでしたが、口は放してくれました。
「無事で良かった……想いが溢れてしまって、手加減を忘れていた」
うちゅっとまたキスされます。軽くない本気キス。……アレですか、あなたはキスしないとしゃべれないとでも?私が手のひらで自分の口をガードすると、途端にお綺麗な魔王サマの顔が不機嫌そうに歪みます。
「何で邪魔をする?回復魔法をかけているのに」
「回復魔法なんて、接触しなくてもできるでしょ!」
やっぱりさっきのさば折りは、攻撃判定になっていたんですね。
でも、何でこの人、私の事回復しているんでしょうか?王女の事を慮って、王宮からの使いは殺さないようにしていたとか?……回復方法はかなりおかしいけど。
「私は回復魔法が苦手なんだ。接触していないと魔法が通らない。それに……」
魔王がうっすらと頬を染めます。私の体に回された腕に、そっと力がこもりました。凶悪なダダ漏れの色気、どうにかした方がいいですよ。
「美和が腕の中にいるのが、信じられない。こうやっていないと、消えてしまいそうな気がする」
すりすりと頬ずりされて、鳥肌が立ちました。自分は相手を知らないのに、相手は自分を知っている。おまけにこの状況。やってる相手の顔が良かろうと、やられている方は気持ちが悪いんですよ!
私のこと、いい加減に放してくれませんかね。
「私、あなたのこと知りませんし、それに、王女はどうしたんですか?」
王女をさらったんだったら、目的はその人でしょうに。こんな所を王女が見たら、一発で変態扱いですよ。私の中では既に残念な美形の烙印を押しましたが、好きな人には他の女といちゃいちゃしている所なんて見せない方がいいでしょうに。
「──王女?姉上のことか?」
「──あねうえ??」
魔王の姉上って誰よ、と自分で突っ込みしましたが、なんとなく嫌な予感がひしひしとしてきました。
今更ながらに、王様達のおかしな態度を思い出したのです。
勇者召喚するのはまあいいとして、なぜすぐに私を出発させたのでしょう?安全に王女を奪還したいんだったら、少なくとも戦闘訓練くらいしてから行かせるのではないでしょうか。それに、いくら知識を入れ込んだからって、たった一人で魔王の城へ行かせるって、少数精鋭にも程があります。あの全身鎧を着せたがっていたのも、性別や容姿をごまかすためだとしたら、頷けますし……そこまでするのは、長く王宮に居られては困るから?例えば、緘口令をしても情報が漏れる恐れがあったとか、そもそも、口止めが出来ない相手がいたとか?
「……もしや、魔王にさらわれた王女を助けて欲しいと依頼されて、ここに来たのか?」
私が頷くと、魔王は得心がいったようでした。
「対外的にごまかしが利かなくなって、そういうことにしたのか。……全く姑息な手段を使ったものだ」
一体何のことでしょう?首を傾げる私に、魔王は言いました。
「私の名前は、イスラフェル・アルクセーム・デ・ヨルグ。──ヨルグ国、第一王子だ」
「────はぁ??」
魔王の城の謁見の間にあるこの玉座に、平然と座っていた男が、王子?何冗談言ってくれちゃってるんですか。
王子と名乗った青年は、私の表情を違う様に受け止めたようでした。
「この髪や目の色があまりにも違うから、本当にヨルグ国王の子か疑っているのだろう?」
いや、そうではなく。あなたが人間だって事の方が、私は不思議なんですけど。
自称王子の説明によると、こうだった。
両親とも金髪なのに、父親にも母親にも全然似てない黒髪に黒い瞳で産まれた王子。真っ先に姦通の罪を着せられそうになった王妃だったが、王妃のことを信じていた王が、すぐに身の潔白を立てられるように王宮筆頭魔術師を呼び寄せて、王子に魔法をかけた。
分かったことは、王子は特別な魂の持ち主で、おそらくはその影響が外見にも及んでいるということ。
「私は前世の記憶を持っている。元日本人だ。異世界転生という奴だな」




