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君で世界は回ってる  ─ 魔王視点 レベル20-3 ─





 謁見が終わると、俺はとっととツェーリアを連れて転移魔法で家に戻った。ごく私的な謁見(ゆえ)に人払いがされていたので、堂々と王宮の門をくぐるわけに行かなかったのだ。エスト侯爵側に情報が流れるのを防ぐためだったが、十中八九、王子からあちら側に情報が流れるだろう。


「王子はアレだが、王女の出来がいいのが意外だったな。歩き方なんかを見ると、武芸の方もそれなりに強そうだし」

 わずかに左が下がる肩は、普段帯剣している証拠だ。

 ツェーリアも同じ事が気になっていたのか、お茶を淹れながら「ああ、そのこと」と頷いた。

「称号は王女だったけど、レベルが異様に高かったのよ。50超えてた」

「因みに王子は?」

「30そこそこ」

 周辺の敵レベルの平均が25程度だから、王子のレベルもそれなりに高いが王女の比じゃない。


 とくれば、そりゃあ転生者だからなんじゃねぇの。生まれた時から傅かれるのが当たり前の教育をされていて、あの態度の差はなんでだと思ったが、身分のない国の記憶が残っているからこそだろう。そのレベルってことは、多分ツェーリアと同じ、死亡フラグをへし折ろうと努力してきての結果と見た。


 王女の場合は、一番確実な方法は呼び出された魔物を誰かが退治すれば、拠り所がそれしかないエスト侯爵はそれだけで破滅だ。あるいは、エスト侯爵の謀反が明らかになった段階で、本人を誅殺すればいい。

 誰かじゃなくて自ら手を下すためだと考えれば、本来守られる立場である王女が、やたらレベルが高いのも頷ける。


 魔王が死ねば世界が滅ぶ。その図式を知っているのは、ゲームをプレイしたことがある者だけだ。同じ転生仲間だと言えば、魔王の存在が悪ではないことへの周知がとても容易になる。

 魔王と名乗っただけで、こちらを信用してもらうことがほぼ不可能な現状、こうやって地道に無害アピールをしていくしかなかったのが、違う方策がとれるかもしれない。

 だが、転生者と言うと、おそらくツェーリアが盛大に拗ねるので言えない。


 王女は王子の女版みたいな、きらきらの典型的美人王女様で……まあ、ゲームだからある程度はテンプレなんだろうし、ゲームの中ではもう自害していて出てこなかったが、王子の妹であんな容姿になったと思えば納得の容姿をしていた。

 が、転生者ではないかと告げると、芋蔓式になぜ自分だけが前世の容姿を引き継いでいるのかを追求され、結果的に自分が誰だったのかまでを口にしなければならなくなりそうだ。死の原因になった自分が知られるのは嫌だ。せめて、確実にツェーリアを手に入れてからにしたい。


 ツェーリアは自分の容姿にコンプレクックスを抱いていて、それは多分に前世での最後の経験のせいだと思われる。前は容姿に全く頓着のない性格をしていたのだが、死ぬ前の出来事が大きく影響して、完全にトラウマ化している。


 なにせ、前世での付き合うきっかけとなったのは、ストーカーに付けねらわれるような自分の容姿を見ても、覚えていない、興味がないことだったのだ。

 相手が覚えていて自分が覚えていないことなど多くあれども、忘れられることなどなかった自分にとって、変な感情が混ざらない眼差しや、色気の混ざらない他愛のない会話はとても心地よいもので……気が付けば好きになっていた。

 端から見れば、それは干物女に岡惚れしたのだと言われることかもしれないが、偶然に出会っただけの名前も知らない相手に、自分を覚えてもらい、名前を教えてもらい、少しずつ距離が縮まっていくに連れて、何が何でも受け入れてもらわないと気が済まなくなっていて、ごり押ししてお試しの恋人にしてもらったばかりの頃に殺された。トラウマになっても仕方がない状況だが、自分もあきらめるわけに行かないのだ。



 転生する前、魔王の容姿に注文をつけようとしたら、あっさり却下食らった事を今更ながらに思い出した。



「めんどくさいし、いじると耐久性が落ちるから駄目」

 手を掛けると力が流入しすぎて器が脆くなるらしい。空気を入れすぎた風船は割れる……そう言う事だ。

 美和という元があるから簡単に写し取れた容姿は、自分の場合は転用できない。自分の顔が嫌いだったからこそ、方向性は違えども美貌の持ち主になどなりたくなかったのに。


「ああ、でもラスボスってなんで2~3段階くらい変身するんだろう?最初から全力でぷちっとやっちゃう方がいいのにね」

 と言うので「まさか魔王の設定ってそのままか?」と聞こうとする前に、時の神は面白そうに笑った。

「言ってるだろう?いじると耐久性が落ちるって。様式美(おやくそく)ってやつは外せないよ。だから君は危機に陥ると巨大化した上に、ねじれた角と鋭い牙と長い爪に真っ黒い六枚羽が生えた、君の世界で言う悪魔みたいな外見に変身するわけだ」

 違うと言ってくれという願望は、果たして届かず、恥ずかしい設定が生かされたままになっていると知って、俺は溜息を隠せなかった。





「それにしても王子は期待はずれだったわー。良いのは王女が話せそうな人ってことかな?ちょっと気になって調べてみたら、継承権は女にもあるんだって。男子が優先って訳じゃなく、一応王子の方が長子だからってことみたい」


 言外に、王子が廃嫡されてしまえば話は進むと言っているのが分かって、苦笑を隠し切れない。相手もこちらを良くは思っていないだろうが、ツェーリアが嫌う理由はたった一つ。イケメンが嫌いだから。筋金入りだ。

「今後のことを考えると、確かに王女の方が話が通りやすいかもしれないな」

 

 今回の目的はもう一つある。エスト侯爵が魔物を召喚する魔法陣を破壊し、その術式に関する知識の一切の破棄だ。

 時の神の悪意の現れである魔物は、絶対に人に慣れない。従わない。それが可能になったように感じるのが、この召喚陣である。だが実際の所ただ諾々と従うのではなく、召喚した人間が餌をくれると認識するだけの簡単な術式を組み込んであるにすぎない。エスト侯爵がゲーム内で多くの民人を犠牲にしたのは、全て魔物に対する餌として敵対する人間を与えたからだ。


 一見魔物を従属させているように見えるだけ、再び使いたいと思うものが出るかもしれない。だからこそ結果を見せてから「手段」を取り上げようとしている。人が魔物を従わせることができるようになる幻想を抱かせないように、それが危険でどれだけの犠牲を払うものか認識させてからの方がいいだろうと、二人で話し合って決めた。

「一番の危機に颯爽と救援する方がよりよい印象を相手に与えるから、魔物が召喚されたその時に手助けする予定だけど、目的は魔法陣の破壊の方なんだからね」

「分かってる」

 とにかく徹底的に恩を売りつけるつもりのツェーリアにそう頷いたら、不安と不満の中間みたいな表情をされた。

「それならもうちょっと体を鍛えない?そのままだとうっかり死にそうで、心配なのよ」

「大丈夫だよ。防具もアクセサリも一杯つけてる。それに、あんまり一気にレベルアップするのは、逆に制御が出来なくなって困るんだ」

「それにしたって、レベル20は低いと思う」

「決着がつくまでにはもう少し上げておく。どっちにしろ、もうすぐ21に上がりそうだ」


 魔王の耐久性が悪いと言うのは単純な話だった。

 魔王城の中は、常に高濃度の魔力が渦巻いている。神子の築いた結界で防いでいるが、実は第一のフィルターが魔王なのだ。中にいるだけで経験値が上がり、どんどんレベルアップしていく。


 だから、俺はあえて魔王城から外へ出た。

 考えても見ろ、一度に10もレベルアップしたらどうなると思う?

 要は人間の加齢による成長を、強制的に数時間で体験させるようなものだ。五感の全てがどんどん研ぎ澄まされ、力……腕力も使って加減を覚えるのに、いきなりりんごも簡単に握りつぶせる腕力になれば、下手に回りのものに触れて壊さないでいられるか、心配になるだろう。

 おまけに魔王として覚醒した途端に、大量の情報を流し込まれて抗うすべなく目的のために動かざるを得なくなる。

 今まで持たなかったという「魔王」は、そんな肉体と精神の齟齬に耐えられなかったんだろう。


 俺は今の段階で、素手でそこいらの魔物を引き裂くことくらいができるだけの力がある。段々に強くなったから制御できているのに、一気に強くなったら、いくらツェーリアのレベルが高いからとはいえ、傷つけるかもしれない。覚醒イベントを折角無傷で乗り越えられたのに、そんな羽目には絶対なりたくない。

 自分は魔王で、ただでさえ顔の造作というハンデがある。


「約束。せめて今月中に、22までは上げようね」

 いつまでも子供に対する扱いを変えない彼女に、男扱いされていないのは分かっているが、それでも今はこれで満足だ。子供の姿の頃からひっついていたおかげで、少なくとも顔で嫌われてはいない。家族の親愛は、夫婦の情愛に変えてみせる。ツェーリアは死亡フラグを折ることに腐心しているが、自分はそれだけではだめだ。

 既に外堀は埋めた。ツェーリアは分かっていないのだろうが、神子の守護騎士は神子の婚約者に認定されたものが勤める役職で、前任者は父だ。両親に意思を確認された時から、絶対に譲れない地位だった。

 これで堂々とツェーリアに懸想している輩を排除することができる。勇者パーティの件が片付けば、もう邪魔するものは何もない。




 今の自分の世界は、彼女を中心に回っている。自分の全ては、彼女をこの手に抱きしめるためにあるのだ。


 

 




 ここまで読んでいただいてありがとうございました。


 途中で違う連載を入れてしまったせいか、文体が変わってしまったかもしれないと思いつつも、最終回です。

 リクエストもいただいていますが、いつになってしまうか分かりませんので、ここで完結の設定をさせていただきました。



 他の作品と同じようになってしまいますが、書き始めた時から考えていたエピローグの内容が、若干後味が悪くなる可能性がありますので、以下にて披露させていただきます。


 了承の方のみ、進んで下さい。時の神視点となります。









 エピローグ






 魔王の城と呼ばれる場所の奥深くで、眠りながら時の神は願う。

 少しでも早く、この眠りが終わることを。


 神であるから人と感覚は違うとはいえ、さすがに千年単位で時間がかかるのは長すぎると感じる。せめて百年単位で何とかなって欲しいが、それもまた過ぎた望みなのだろう。

 

 彼が眠る場所は厳密に言うと、城の中でも世界の中でもない。例えるならば、世界の外側にある体から漏れる呼気だけを世界に放出しているに過ぎない。

 こんな風にしなければ、世界は直ぐに壊れてしまう。最低でも顕現したくらいで壊れないようになるまで、自分が配置した駒にはがんばってもらわないといけないが……。


 あれはいい拾い物だった。お互いが少し歪んだ二つの魂。

 ほんの少し、吐息にもならないほど手を掛けてやったら、二つともどんどん力を付けて行った。

 力の数値化と言うのは、管理する側としてはとても分かりやすい目印となる。


 片や、人にあるまじきレベルまで上がっても、なお高みを目指すもの。

 片や、神の眠りを守る役割を負う故に、力を持たせても発狂せずに耐え抜いたもの。


 この世界で生まれたものは能力が低い。だから力が受け止められずに誰もが途中で壊れたが、これだけ器が(つよ)ければいずれ力は満ちるだろう。

 プレイヤーに位置する者にも誰か転生させたような気がするが、問題にはならないだろう。あれ等に関してはゲームの縛りが健在で、絶対に規定のレベル以上には上がらないようになっているから。いずれ世界に沈んで行く者達だ。


 二つの器に力が満ちた時、中身(・・)がどうなっているかは分からないし、あの様子では満ちた力さえ自分の物にしてしまうかもしれないが、そのままでも、前と同じでも構わない。


 在り方が同じならば、それはすべて光の神であり、闇の神であるのだから。



 ただ、二人が早く戻ってきてくれることを願って、今日も彼は眠っている。




 了



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