8 有羽一人は愛したい
ぶう。
とむくれたまま、涼子は喫茶コーナーのスチールチェアに座った。
「いや、俺たちが無理やり目を向けさせただけだから。」
「あんまり一人が涼子ちゃんばっかり見てるから、揶揄ってみたくなっただけだから。」
「さっきの人、子連れのママさんだったから。」
いや、そこ問題じゃないと思う。
保安たちが「お詫び」と言って涼子の分を支払ってクリームソーダを持ってきた。
「え? それは悪いよ。」
涼子が申し訳なさそうに言ってポーチから財布を出そうとする。
涼子はスマホ以外に、何かのときのために少量だが現金を持ち歩いている。
起こるかもしれない事態に備えるこの用心深さは、こういう体質ゆえに鍛えられたものかもしれない。
「いいから、いいから。」
保安と辺鳥はテーブルを挟んで向かい側のベンチの方に並んで座った。
いいの、お兄ちゃん? と言う顔で、涼子が俺を見る。
「後で俺が返しておくよ。」
「気にすんなよ、クリームソーダくらいで——。2人の仲を割こうとした俺たちがいけなかったんだから。」
「涼子ちゃんに奢るくらいは許してくれるでしょ? お兄ちゃん。」
涼子はつと立ち上がって、クリームソーダを持って反対側に行くと、2人の間に分け入るようにしてベンチに座った。
肌と肌がくっついている。
保安と辺鳥が思わず、ちょっとスケベそうな嬉ししそうな笑顔を見せる。
「こういう選択肢もあるんだからね? お兄ちゃん。」
俺は苦笑いした。
いや、ここは笑わない方がよかったのか?
可能性の世界——。
不確実な未来——。
俺と涼子は土日ごとに涼子の元の家の方に行っている。
片付けるためだ。
片付けると言ったって、まだ1ヶ月。
叔父さんと叔母さんの思い出の品を捨てることなんてできるわけもなく、掃除をして、空気を入れ替えて・・・。
「これカッコいいかも。お母さんもうあんまり着ないって言ってたしなぁ。あたし着ようかな。どう、お兄ちゃん?」
涼子は叔母さんの服を胸に当てて俺に見せる。
最先端の量子論では、時間という変数はなく、未来は同じ方向に向かっていないという。
過去と未来は等価なんだそうだ。
それぞれの量子の未来と過去が、時に出会ったりすることもあるんだとか。
因果律はどうなってんだろう?
俺の悪い頭じゃよくわからんが、叔父さんと叔母さんが涼子を慈しんでいた過去は確実に存在していて、それは未来の今、こんな形で涼子と関わっているのかもしれない。
涼子の未来は、どこに向かっているんだろうか。
それは、俺の未来と関わり続けてくれるだろうか。
俺は涼子を見続けている。
涼子と手をつないで眠る。
それはそうしていないと、涼子が存在しなくなってしまうからだ。
親父はもう1つシングルベッドを買ってくれた。
俺たちはそれをくっつけて眠る。
ダブルベッドに買い替えなかったのは、親父もまた戸惑っているんだろう。
結婚しちゃう。
という安易な解決法もあるんだろう。
実際、従兄妹同士は結婚できるし、俺たちはその年齢にも達している。
でも・・・だ。
涼子がお風呂で俺に裸を見せてるのだって、そうしなければ消えてしまうからだ。
切羽詰まった事情によっている。
そうではなくて・・・。
涼子にとって俺が・・・・
・・・・・・・
贅沢か・・・。
俺たちはまだ恋人同士ですらない。
順序、逆じゃねーか?
過去と未来は等価——?
ところで
サブタイトルの読み方、気がついてもらえましたでしょうか?
はい。登場人物の名前、それで決めてます。(^◇^;)




