4 解きようのない誤解
そりゃあ、信じてもらうのはほとんど不可能かもしれない。
だって、「見られていなければ存在しない」と言ったところで、それを証明する方法がないのだ。
目を逸らして、それから、さっと振り向いても・・・涼子はそこにいる。
確かにいるのだ。
誰にも見られていない時に存在していない——といっても、誰も見てないんだから本当かどうかわからない。
ただ、その間、涼子の意識は飛んでいる——というだけなのだ。
ひょっとしたら、脳の病気、というだけかもしれないではないか。
「小さい頃、お父さんとお母さんが病院に連れてったことがある。お兄ちゃんが言うみたいに病気を疑って・・・。」
涼子はため息混じりに言った。
「でも、何を検査しても、脳も全部正常だった。笑っちゃうくらい、健康優良児なんだよ。」
俺は信じる。
明らかに、目を逸らした時シャワーの音が変わっていたから。
でも、それだけじゃあ証拠としては薄弱だ。
シャワーから少し外れてただけじゃない? って言われれば、それに反論できる証拠はないんだから。
量子力学が難しいわけだよ・・・。
いやいや、同じにはならねーか。
涼子は数式にはならないもんな。
とにかく、涼子の健康を考えれば、水を飲まないトイレに行かない——は、勧められる話ではなかった。
「いいなあ。有羽。」
「毎日、涼子ちゃんと一緒に来て、一緒に帰るんだもんなあー。」
「付き合い悪いもんなー、最近。」
「男の夢だよなー。従兄妹で美人の幼なじみが『お兄ちゃん♡』だもんなあー。」
やっかみ半分でかけられる「モテナイ連盟」の友人たちの言葉に、俺は片頬をひきつらせながら苦笑いする。
ソンナイイモンジャネーヨ。。。
そりゃあ、おまえらにはとても言えないくらいの、おまえらが羨ましがりそうな状況もあるんだけどな。
でも、あそこまで行っちゃうと、かえってどうしていいか分かんなくなるんだよ?
しかも深刻な問題まであるんだよ——?
俺は、俺の理性をほめてやりたい。
とりあえず、涼子を発見してからのこの3日間、俺の理性は死なないでいてくれている。
涼子の体のことを考えれば、なるべく大学にいる時間を短くしたいが・・・。
早退ばかりしていては、2人とも単位が・・・。
そういえば、送迎の時、送りか迎えのどちらかが必ず叔母さんだった。
あれは、トイレ問題だったんだ——。
叔母さんが生きていた頃は、送りか迎えのどちらかで叔母さんが大学構内までついてくればそれでなんとかなっていた。
しかし・・・・。
今は、俺たちが家を出てから、夕方家に帰るまで・・・。涼子はずっと我慢し続けなければならないのだ。
絶対に、体を壊す。
「お兄ちゃん、どうしよう・・・。トイレ、行きたい・・・。」
昼食時に定食についてきたジュースが涼子の大好きな果物のジュースだったのがよくなかった。
迂闊にも涼子は飲んでしまったのだ。
「水分・・・摂り過ぎた・・・。」
「ど・・・どうすんだよ? 今すぐ帰るか?」
「もたない。きっと・・・」
「だ・・・だけど・・・、俺は女子トイレには足を踏み入れたくないぞ? 見つかったら、どんなことになるか・・・。」
「図書館に、ユニバーサルトイレがあった。」
俺たちは図書館に行った。
ユニバーサルトイレはあったが、1つだけの、しかも広いけど個室だ。
今どきは図書館で勉強なんかするやつあんまりいないし、人も少ない。
それでも俺たちはあたりを見回して、人目のない時を狙って2人でさっと中に入った。
手をつないで、俺は扉の方を向く。
音が聞こえたら恥ずかしいかと思って、俺はテキトーな歌を口ずさんだ。
すると後ろで水音が聞こえた。
ああ、そうか。今のトイレはそういう機能あったな、そういえば。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「優しいね。」
俺は耳が熱くなる。
そんないいもんじゃねーぞ? 俺って男は・・・。
出る時も注意を要する。
誰かに見られたら、弁解のしようがないからだ。
俺は人がいないか確認しようとして、そっとスライドドアを開けて外を覗こうとした。
そこで、ばったりと学部の准教授と目が合った。
合ってしまった・・・。
准教授は俺の後ろの涼子も視認したようだった。
見てはいけないものを見たように准教授は目を泳がせ、何も言わずに本を抱えて歩いて行ってしまった。
最初に理解できない量子の振る舞いを見た科学者も、ひょっとしたらそうだったかもしれない。
(ソンナコトアルワケナイ・・・ミナカッタコトニシヨウ)
「誤解された・・・」
「うん・・・」
「解きようがないよね? この誤解・・・。」
ち、違うんです! これは・・・!
と、本当のことを言ってみたところで、もっと変な目で見られるだけだ・・・。
明日は親父が帰ってくる。
さあ、どう説明しようか・・・・?
お風呂入るとこ見てます。
トイレ一緒に入ってます。
同じベッドで寝てます。
・・・・・・・




