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目のはなせない子  作者: Aju


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17/17

17 これからも出来事は連鎖する

「ええ? 交通事故で? じゃあ、涼子ちゃんはひとりになっちゃったの?」


 息子と涼子ちゃんが自力脱出して無事保護されたという知らせを受けてホッとしたのも束の間、璃星(りせ)は夫の言葉にもう一回驚くことになった。


「半年も前の話だよ。何度もメール送ったのに、全然見てなかったのか?」

「だ・・・だって・・・、あなた、歯の浮くようなメール送ってくるんだもん。」

 ・・・・・・・・・・・

 璃星はそう言った後、顔を赤らめてしばらくうつむいていた。

「・・・・ごめん・・・」


「涼子ちゃんにも謝れよ?」


「うん・・・。」


 璃星はうつむいたまま、ふっと小さく息を吐いて口元だけで微笑んだ。

「そうよね。家族が離ればなれって・・・よくないよね・・・。」

 吹っ切ったように顔を上げる。

「日本支社で仕事続けられないか、会社に相談してみるよ。」


 夫の顔が、ぱあっと明るくなった。

「それがいいよ! よかった! 愛してるよ、璃星♡」


 周り中の警察官と連行されてきたらしい容疑者っぽい男が、一斉にこちらを見る。

 璃星は真っ赤になった。

「いや!・・・だから・・・! 警察署の中で、大きな声でそういうこと・・・」


「愛してるんだから、愛してるって言ったっていいじゃないかぁ。ずっと会ってないんだからぁ! この5年、ボクが送ったメール読んでなかったんでしょ?」


「わ・・・わたしやっぱり、焼香済ませたらスコットランド(あっち)に帰るわ! これからはちゃんとメールはチェックするから。」


「え?」


 原因と結果は時にどちらが先か不確かな場合がある。


   *   *   *


 俺は田舎の駐在所でおふくろからの電話をもらった。

 スマホがないので、駐在所に置いてある固定電話だ。

 おふくろは親父から涼子の特殊体質について話を聞いていたらしく、経緯(いきさつ)の説明が楽だった。

 涼子に代われというので受話器を渡す。


「はい。はい。いいんです。父と母も喜ぶと思います。」


 ああ、焼香するって言ってんのか——と俺は思う。

 なんで、すぐ帰ってこなかったんだよ? と思ってから、ああ、親父のメール、読まずに捨ててたな——と思い至った。困ったもんだよ。


「うん。そうなの。一人(かずと)さんがね、登って錠を壊してくれたんです。」

 涼子が嬉しそうに話している。また目が少し潤んでるみたいだ。


 いや、俺、そんな凄いことやってねーし。

 ただの高所恐怖症のビビリが高いとこ登って降りたっつーだけだし。

 むしろ凄いのは鉄格子を通り抜けた涼子の方で・・・。

 こんな話、サッカー部の安藤に聞かれたら笑われるぞ?


「うん。わかった。ありがとう、()()()()。」


 ん? お母さん? 伯母さん・・・じゃなくて?


「お巡りさんに代わってって。」

 涼子はそう言って警察官に受話器を渡した。


「え? あ、はい。・・・わかりました。一人(かずと)さん、もう一回代わってほしいということです。」

 警官は少しだけ話してから、また俺に受話器を差し出してきた。

「私は奥で書類を用意してますから。電話終わったら呼んでください。」


 警官が妙な笑顔で奥の部屋に入ってゆき、俺と涼子だけが取り残される。

 俺は涼子から目を離さないようにしながら、受話器を耳に当てた。


『いい活躍したみたいじゃない。さすがはわたしの息子だ。』

「いや・・・そんな凄いこと、やってないから・・・」

『でも、その優柔不断さは問題だな。いい加減ちゃんと伝えないと、涼子ちゃん逃げちゃうぞ?』

「は?」

『お父さんみたいなのも問題だけど・・・。舞台は用意してやったからな?』

 おふくろはそれだけ言って一方的に電話を切った。


 ぼけーっと受話器を持ったままでいると、涼子が俺のそばに寄ってきた。


「ん——。もう、鈍いのもここまでくると。」

 涼子が笑う。

「待っててもお兄ちゃんは永遠にこのままかもしれないから、あたしから言うね?」

 俺より少し背の低い涼子が、近くで俺を見上げる。

「これからは『お兄ちゃん』じゃなくて、名前で呼んでいい?」


「あ・・・、うん。・・・いいよ。」


 さすがにその意味がわからないほど、俺は朴念仁ではない。

 ただ・・・

 もし勘違いだったら・・・。そう思うと怖くて踏み出せなかった1歩っていうだけなんだ。


「か・ず・と♡ へへえ。」

 いきなり呼び捨てかい。

 でも、伝わった。

 だから、俺もちゃんと言わなきゃ。


 エントロピーを上げる時。

 不可逆性を手にいれる時。


「本当は俺も大学で再会した時からずっと・・・。でも、伝えることを怖がってたんだ。ビビリだろ? イケメンでもないし・・・。こんな俺でもよけりゃ、そりゃあ俺は・・・涼子は俺なんかにはもったいないくらいの・・・」

「おにい・・・一人(かずと)はカッコいい!」

 みなまで言う前に、涼子はそう言って俺を指さした。

「あたしが今まで出会った男の中で、いちばんカッコいいもん。」


 それから涼子は、顎を少しだけ上げて目を閉じた。

 その桜桃(さくらんぼ)みたいな唇がわずかに開いている。

 俺は涼子のそのしぐさに応えた。


 その桜桃に触れるまでは、目を閉じないように気をつけて。




     END



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

思いつきで書き始めた「量子論的ラブコメ」をどんなふうに終わらせようか悩んでいましたが、まあ、こんな形でハピエンに。。。(^◇^;)


参考文献:『時間は存在しない』カルロ・ロベッリ著


そういえば炉辺軽郎ってのは出てこなかったなぁ。。


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― 新着の感想 ―
あああ! こんなに続編を希望する作品はないです!! ネタ溜まったら、続編書きましょ? 二人の関係ややり取り心地良くて、いつまででも読んでいたい気持ちになりました(*´Д`*) ラブコメってこの…
一気に読んじゃいました(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ 設定も量子ちゃんのキャラもよかったですが、なんといってもラストが綺麗に決まりましたね(*´艸`*) 設定を活かしてる上、これだけで『あー、肩にも触れてないん…
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