13 世界は関係性でできている
夜羽衆太郎に情報がほしい——と接触してきたのはブロンドのセクシーな美人だった。
提示された額は、借金などあっというまに返せるような金額だった。
途中段階の、さほど問題になりそうもないプログラムの一部を渡しただけで、実際に夜羽の口座にその金額が振り込まれた。
ついでに、ブロンド美人によるベッドの上のオマケまで付いてきた。
のめり込んだ夜羽は、次第に大胆になり脇も甘くなり、そして、保安部に知られて懲戒解雇になった。
ブロンド美人は姿を消した。
解雇とともに、関係は跡形もなく消えた。
当てにしていた収入も消えてしまったことで再び借金の地獄の中に放り込まれた夜羽は、あのブロンド美人、R国のスパイ組織のやり方を真似て身代金を取ることにしたのだった。
標的は、彼を保安部に売った女の日本にいる息子。
あの女は会社にとっても重要人物だ。会社は金を出すだろう。
夜羽は日本に飛んで下調べを済ますと、ダークウエブで日本人の闇バイトを雇った。
少し高額な報酬をうたってやれば、いくらでも危ない仕事をするヤツは集まってくる。実にとろい連中だよ。そんな金、本当にもらえるとでも思ってんのかね?
ぬるい国だね。
* * *
涼子と体をくっつけ合ってうとうとするうちに、夜が明けてきた。
外から聞こえてくるのは、相変わらず近くを通過する車の音だけだ。
どうやら、高速道路らしい。信号などで止まるような気配がない。
鋼板の塀の上には白み始めた空を背景に黒々と木が茂っているばかりで、俺たちのいる運搬車の格子からは何一つ目印になるようなものは見えない。
たとえ何かが見えたとしても、スマホを取り上げられてしまっているので外に連絡する手段もない。
車の音の合い間に鳥の声が聞こえてくる中で、俺はこれからどうすればいいか考えあぐねていた。
「なんで誘拐されたんだろ?」
涼子が、ぼそり、と言う。
「わからん・・・。親父も、俺の家も、金持ちには見えんと思うが・・・。」
「見張りが全然いないってのも、なんか変だよね?」
しかし、誘拐して監禁してるってことは、俺たちを人質にして何らかの交渉をするつもりなのは間違いないだろう。
「あ・・・」
「なに?」
「もしかして、おふくろの関係かも・・・。」
「お母さんって、イギリスにいるとかいう? ずっと連絡取れないっていう?」
「うん。」
「なんの仕事してるの、おばさん?」
「AI の開発。そういえば軍需産業とも関係があるって、高校の頃聞いたことがある。」
「ヤバいじゃん、それ・・・。」
たしかに・・・。
そんな関係で拉致られたんなら、俺たちの立場ってめっちゃヤバいんじゃないか?
「なんとか逃げられないかな。」
俺はこの室内にあるそこそこ丈夫そうなもので南京錠を叩いてみるが、とても壊せない。
なにしろ細い隙間から手首だけを出して叩くのだから、力が入らない。
音を出しても誰も来ないということは、近くには人がいないということだろう。
逃げるなら、今がチャンスなんだが・・・。
「ねえ、お兄ちゃん・・・。」
考え込んでいた涼子が、難しい顔をして俺に言った。
「なに?」
「ただの可能性だから、上手くいくかどうかわかんないけど・・・」
* * *
「なんですって?」
璃星は空港でその報告を聞いて、初めて青くなった。
夜羽の身柄は確保されたが、発見されたとき全身打撲(理由はわからんが、要するに複数人からフルボッコにされたらしい)で意識不明だったというのだ。
夜羽の持ち物の中に2つのスマホがあった、という。
1つは息子のもの。もう1つは姪に当たる涼子のものらしい。
「涼子ちゃん? 彼女じゃなくて? ま・・・巻き込んじゃったのか・・・。」
夜羽が意識不明となると・・・。2人がどこにいるのかわからない。
手がかりが消えた。
関係性が断ち切られてしまった。
2人は無事なのか?
「身代金を要求してきた以上は、無事なんだと思いますが・・・日本の警察も動き出してますし。今、うちの保安担当者が警察の事情聴取に応じています。」
だが、そう言う保安局員の顔には焦りが浮かんでいる。
なんてこと!
やっぱり、連れて行くべきだった。スコットランドへ——。




