11 事件
俺と涼子はベッドの端に座って、互いに体をくっつけ合ってそれぞれの机に向かって美術史のレポートを書いている。
そうしないと、俺がレポートに集中してしまうと涼子が消えてしまってレポートを書けなくなるからだ。
「よし。終わった!」
早っ!
教養課程の簡単なレポートとはいえ、涼子はやっぱ俺より頭がいい。
それとも、俺の頭が悪いのか?
・・・・・・・
気にするこたぁない。それは相対的問題だ。
涼子は体の向きを変えて、俺の腹のあたりに腕を回してくっついてきた。
せ・・・背中に柔らかいものが・・・。(°Д°;)
「こうしてれば、お兄ちゃん気兼ねなくレポートに集中できるもんね。」
い・・・いや・・・、かえって気が散ってしまううんだが・・・?
俺たちがレポートを書き上げて2階から下りてゆくと、親父はまだ新聞を読んでいた。
「お。早いな。もう終わったのか? やっぱり涼子ちゃんがいると、はかどるんだな。」
「2階でやったからね。おじさんの時間より速いんだよ。(^^)」
「?」
俺たちは状況に馴染んで、それなりに日常を取り戻していた。
これを日常と呼ぶならば——だが。
だが、事件は翌日の大学からの帰り道で起こった。
いつもどおり、俺は涼子の漫研サークルの活動(といっても、ほぼみんな黙々と漫画描いてるだけだが)にオブザーバー参加していた。
もちろん俺は描くわけじゃなく、書棚の漫画を読むふりをしながら目の端に涼子を捉える役割を果たしているだけだ。
「有羽クンも描いてみたら?」
先輩の緒方さんが俺に勧めてくれるが、俺は絵がヘッタクソなんだ。
「あら、ヘタウマっていうジャンルもあるのよ。面白ければいいんだから。」
この人も眼鏡の奥の瞳がすてきな魅力的な人だが、誰と話すときも俺は常に目の端に涼子が見える位置にいるようにする癖がついてしまっている。
「お兄ちゃん、悪いね。」
と涼子は言うが、俺は涼子を見てるということがそんなに苦痛じゃない。
それでも、涼子はいつも早めに切り上げて帰るようにしているようだった。
気にしなくていいのに。涼子だけを見ていられる時間は、俺にとってはけっこういい時間なんだから。
いつもどおり俺たちは、バスを降りて家までの道を手をつないで歩いていた。
サークルに出ていたから、外はもう暗い。
ほんの5分ほどの道のりだが、人通りの少ない住宅街の道は手をつないでいないと、俺が目を離した瞬間涼子が消えてしまいかねないのだ。
そこで突然、視界が消えた。
すぐには何が起こったかわからなかったが、頭に何かの袋を被せられたのだと気づいた時には手も後ろ手にされて手錠がかけられていた。
口が押さえられて体と足を持ち上げられて、車か何かの中に押し込まれた。
「んん!」という、うめくような涼子の声が聞こえる。
俺は袋の中から口を押さえている手に噛みついた。
「痛でっ!」
「涼子!」
「このやろう!」
横っ面に激しい衝撃があって、俺の意識が頭蓋骨から少し脇にずれた。
ブロロロロ! というエンジン音と共に、車が急発進する加速度を感じる。
鼻と口を押さえるように何か甘い匂いのする布を押し付けられたところで、俺の意識は飛んだ。
気がつくと、俺は冷たい床に転がされていた。
袋と手錠ははずされている。
「涼子・・・」
まだ頭痛のする頭を持ち上げてあたりを見回す。
涼子も同じようにして横になっていた。
他に誰もいない狭い部屋の中だ。
ということは、俺が見つけるまで涼子はここに存在していなかったかもしれない。
「う〜〜ん・・・。あ、お兄ちゃん。」
「無事か? 怪我はないか?」
「うん・・・。たぶん。意識飛んでたからわかんないけど、頭が少し痛いだけ。」
「それはたぶんクスリのせいだ。」
もう一度部屋を見回してみると、コンテナくらいの大きさの細長い部屋で——いや、コンテナかもしれない。
鉄でできているようで、壁の上の方は窓になっていたが縦格子がはまっている。
「これ、競走馬とか動物を運ぶ車かもしれない。なんか動物の臭いがする。」
涼子が鼻をふんふんしながら言った。
窓には濃いモスグリーンのシートみたいなものが外からかけられていて、外は見えない。
中には何かの壊れた部品のようなものや、曲がったパイプが転がっているだけで、がらんとしている。
隅っこにペットボトルとパンの入った袋があった。
こういう状態、ということは・・・。
犯人は今、俺たちを閉じ込めておいてどこかに出かけている可能性が高い。
「犯人は、今近くにはいないかもね。」
涼子も同じ考えらしい。
「一応、未開封だ。」
2本置かれたお茶のペットボトルを上下左右眺めてみて、涼子が言った。
「でも、迂闊に口にしない方がいい。犯人の意図がわからない。」
コンテナみたいな部屋の狭い壁の1面は、上から下まで縦格子だったので、俺は室内にあった細いパイプで格子の隙間からシートを持ち上げてみる。
外が見えた。
廃車置き場だった。
周りを高い綱板製の塀で囲んである。
中には壊れた車が並んでいて、積んである鉄屑寸前のものもある。
道路の街灯か何かだろうか、白々とした弱い光がそれらを照らし出していた。
涼子の言った通り、俺たちが閉じ込められているのは、動物を運搬する車両の荷台のようだった。
俺たちは協力して、室内にあったガラクタを使ってとりあえずその面のシートを上までめくり上げてみた。
*「2階でやったからね」の解説
質量は時空を歪めます。地球のような大きな質量の近くでは、近いほど(つまり低い場所ほど)時間はゆっくり流れるのです。
ですから、締め切りが迫った原稿は、屋上とか高い場所で書いた方がいいのです!
(冗談だからね。本気にする人がいるといけないから。(^^;) 10万円以上するような精密に測れる時計でやっと検出できるような差だから。。。)(笑)




