10 涼子のスッピン
たしかに。
安藤大凛は輝いている。
そのやや亜麻色に近く染めた金髪は、午後の陽光を浴びて彼の走った軌跡の上に、きらきらとした光の粒を残しているようにさえ見えた。
まるでディズニー映画の妖精みたいだ。
その華麗なるドリブルは、まるでブラウン運動だ。
そして、
そこから撃つか! というシュートは敵のゴールキーパーの虚を突いて、重力に曲げられる光のような軌跡を描いてゴールネットを揺らした。
両手を突き上げ、仲間と喜びを爆発させた後、彼はビシッと人差し指をギャラリーの中の一点に向けた。
まっすぐに涼子に向けて——だ。
先制点のゴール!
俺というゴールキーパーは手も足も出ない。
でも、その時には俺は気づいていなかった。
横目になった涼子の視線が、安藤ではなく、絶望的な表情をしていた俺の横顔に向けられていた——ということに。
あとでそのことを教えてくれたのは、万年補欠でベンチに座っている栗須定安だった。
「何でも手に入れられると思ってるあいつが嫌いなんだ・・・。」
栗須は暗〜い波動を放ちながら、俺にぼそりと言った。
「負けんなよ?」
「帰ろ? お兄ちゃん。」
涼子が試合途中で俺の手を引っ張った。
俺は試合中、ずっと涼子の手を握っていた。
だって、あのプールでのことがある。
ここには大勢の人がいるが、その目は皆フィールドの試合に注がれている。
誰も涼子のいる場所を見ていない可能性はけっこうあるのだ。
「いいのか? 試合途中だぞ?」
「別に。サッカー、興味ないし。」
ゴ——————ル!
後ろで歓声が聞こえた。
俺がちらっと振り向くと、喜びを爆発させながらも突き上げた安藤の人差し指が行き場を探してうろうろしているのが見えた。
ザマーミロ。
少し先を歩いていた涼子が、くるっと振り向く。
「あいつ、自分を見てほしいだけだもん。」
涼子は俺の手を強く握り返して続けた。
「お兄ちゃんみたいに、わたしのこと気にかけて見てくれるわけじゃなさそうだもん。あんなんと付き合ったって、わたしはあいつの都合のいい時だけ存在する飾りになっちゃうだけだよ。」
涼子は俺とつないだ手を大きく振りながら、スキップするみたいな足取りをした。
「へへぇ ♪」
にかっと笑って振り返る。
子どもかよ?
俺は安藤と比べりゃ何ひとつ勝てるところはない。
勉強もスポーツもできないし、楽器の一つも演奏できない。もちろん、イケメンなんかじゃない。
それでも涼子は、あいつではなく俺を選んでくれた。とりあえず・・・。
もう、この勢いでコクっちゃう?
「どうかした、お兄ちゃん?」
「いや・・・何でもない。」
俺は毎日、涼子がお風呂に入るところを見ている。
一緒に入る勇気はまだない。
万一、俺の体の一部が反応してしまったら・・・と思うと、むっちゃ恥ずかしいからだ。
ただ、俺だけが知っている。
淡いといえど、その化粧を落とした涼子のスッピンの顔。
産毛までさっぱりして、子どもの頃みたいな表情で笑う涼子の顔を。
とりあえず、俺はそれだけで納得することにした。
スピン:静止している粒子の角運動量のこと




