小話2:求愛給餌の危険性
ルー君は最近、困った行動をとるようになった。
コツンと音がして窓を開けると、ふわっと飛び立って私の部屋に設置した止まり木にとまってくれるのだが、その嘴には小さな袋を咥えている。
「ルー君…」
またか、と思って内心悶えていると、開けてと言うように袋を突き出してくる。
「もうっ」
渋々袋を開けると、中からは可愛らしいクッキーが3枚出てきた。時にそれはビスケットだったり、ラスクだったりするのだが、ルー君がしたいことはどれでも同じだ。
この後の展開がわかっていながら、開いた袋を止まり木につけた物置に置く。いそいそと袋に近づいたルー君は、クッキーを器用に一枚咥えて、はいっとこちらへ突き出してくる。
「…」
初めてこれをされた時には、単純にお菓子をくれるのだと思って手を差し出したのだが、すすすっと遠ざかられてしまった。
なんで?と思って手を下ろすと、また近づいてきてお菓子を差し出される。その頑張って体を伸ばす先は、私の口元を目指しているようで…。
そう、要するに私に直接口で受け取れといっているのだ、ルー君は。
これが人型なら刺激が強過ぎてアウトだが、梟姿の愛らしさでやられると、ついつい期待に応えたくなってしまう。むしろ、中身が人間だと知らなかったら、単純に喜んでいたかもしれない。
キラキラ期待の眼差しでこちらを見るルー君は、絶対自分の可愛さをわかってやっている。ずるい。
でも、このかわいい梟の中身は、シニアンさんなのだ。
いまだに上手く結びつかなくて、シニアンさんとルー君に対する態度が違ってしまうのだが、シニアンさんもルー君姿の時は人型より感情豊かで無邪気だ。そのギャップも堪らないと思ってしまっている私は、もうシニアンさんに翻弄されるしか術がない。
嘴からお菓子をもらう時だって、ルー君可愛いと思う心の片隅で、シニアンさんから口移しで…と言う叫びたくなるような恥ずかしさを心の奥に感じている。
でも結局。
そのあざと可愛さに勝てない私は、ルー君の差し出すクッキーを3枚、ルー君の望む方法で食べることになってしまうのだった。
それは、魔が差したとしか言いようがない。
私ばかり、シニアンさんにいいように振り回されて、悔しい思いが蓄積していたのが悪かった。
その日は小さめのフィナンシェを焼いて、シニアンさんのお家にお邪魔していたのだが、そこでふと思ってしまったのだ。
ルー君ばっかりずるい。
ソファに並んで座って、隣のシニアンさんは嬉しそうにフィナンシェを食べているのだが、むくむくと彼を困らせたい欲が湧いてきてしまう。
その衝動のまま、フィナンシェの端を唇で咥えて、シニアンさんの服を引いて、こちらを向いたシニアンさんに、んっとフィナンシェを差し出した。
「なっ…!」
(…勝った!)
ピキンっと音がしそうなほど急に動きを止めて、驚きの表情でこちらを見るシニアンさんに、達成感が湧き上がってくる。
そう、私だって初めてルー君にこれをやられた時はびっくりしたのだ。少しはシニアンさんも、私の気持ちをわかるといい!
…と、いい気になれていたのは、再起動したシニアンさんに、がしっと右肩を掴まれるまでだった。
(…あれ?)
その眼差しは陶然として妖しい輝きを湛えており、先ほど見せていた動揺は、一瞬でシニアンさんから消え去っていた。
なんだかマズそうだと感じて身を引こうとしたが、肩に置かれた手はびくともしない。
動揺するうちに、いつのまにかこちらに顔を寄せていたシニアンさんの目がすぐ間近にあり。
視線を合わせながら、ゆっくりと私の口からフィナンシェを齧るシニアンさんの色気ダダ漏れの行為を、硬直して受け入れることになってしまった。
「食べないんですか?」
呆然として動きを止めた私に、シニアンさんがとろりとした声で聞いてくる。
そういえば、齧られた反対側を咥えたままだったと思い出して、無意識にもぐもぐと咀嚼する。
咀嚼しながら、カッと一瞬で顔が真っ赤になるほどの羞恥に襲われた。
一体私は何をしてしまったんだろう。人型は刺激が強過ぎてアウトだって、思ってたのに。シニアンさんは動揺するどころか嬉しそうだし。あんな恥ずかしいマネ、なんでしちゃったんだろう。ああもう、自分のばかばか。
居た堪れなくなって逃げようとしたのに、珍しく私を力で押さえたシニアンさんが、小さく笑って私を引き寄せる。
「なんてかわいい」
間近でそう言われて。
次の瞬間には、唇を奪われていた。
一瞬で離れていったそれは、けれどしっかりと熱を私の唇に残していって。
「私も愛していますよ」
トドメのように、シニアンさんから甘やかな言葉をもらい…。
…
……
………限界が、訪れた。
「で…」
「で…?」
「出直してきますぅっ!」
もう無理、もう無理、敵うわけない!
ひいぃっと羞恥に駆られるままなんとか鞄だけは引っ掴んで、挨拶もそこそこにダッシュでシニアンさんの家から逃亡したのだった。
あんなことがあって、しばらくシニアンさんと顔なんて合わせられない。
うわああぁっ、と家に帰って居た堪れない衝動に悶えていたのだが。
その日の夜、またしても嘴に袋を咥えたルー君が窓際にいて、ちょっと泣きそうになってしまったのだった。




