(5)式典と会食
その日、ロイス王国の王城ではとある式典が行われていた。
城で行われる式典としては月に数度の頻度で行われるさほど珍しいものではないが、その日の式典に限って言えばいつもよりも多くの貴族が集まっていた。
その理由は、今回の式典の中心人物が、ここ最近王国内で噂を独り占めしている者だったからだ。
巨大帆船の所有者にして、何十年ぶりかの新しい島の発見者。
その発見者を生で見れるとあって、普段では集まらないような者たちも城内の謁見の間に集まっているのだ。
勿論、そうした者たちが集まれるように、国が式典を行うまでの期間を設けたということもある。
いま謁見の間に集まっている者たちは、新しい島の発見者であるカイトを見るためにこの場に来ている。
その目的が果たされるまで、集まっている者たちは思い思いの場所で会話に華を咲かせていた。
そして、そんな貴族たちに注目されている当人は、正装に着替えさせられた状態で、用意された控室でのんびりと寛いでいた。
「――お前さん、よくそんなに落ち着いていられるな」
直接の保護者として認知されつつあるガイルが、カイトの姿を見て呆れた様子でため息をついた。
「これでも一応は緊張しているよ? ただ、それが表に出ていないだけで」
「ここまで説得力のない言葉を聞いたのは、初めてのことだな」
ジト目でカイトを見ながら言ったガイルに同調するように、隣に立っていたメルテが何度か頷いていた。
ちなみに、ガイルとメルテもいつもと違って用意された服に身を包んでいる。
自分の言葉を全く信じていない二人を見ながら、カイトは肩を竦めてから言った。
「今日は、事前に決められたとおりに動いて、決められた物を受け取って来るだけじゃないか。決まっていないことを決める交渉のほうが緊張するよ」
「普通は、大勢にみられながら動くことのほうが緊張するんだがな」
「ま、それは人それぞれってことで」
どう説明しても理解してもらえないと分かったカイトは、あっさりと説得(?)を諦めて適当にそう締めることにした。
そもそも今行っている会話も、これから行われる式典での緊張をほぐすためにしていることなのだ。
そんな会話をだらだらと続けていると、ついにカイトたちがいる部屋に迎えの案内人がやってきた。
その案内人の言葉に従って、カイトたちは王城の廊下を歩いて行き、今回の会場となっている謁見の間へと向かった。
既に会場内で行うことは、事前にレクチャーを受けている。
カイトたちは、その指示に従って動けばいいだけなのである。
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謁見の間に入ったカイトたちは、真っ直ぐ前にある玉座に向かって歩いて行った。
途中で、一行を挟むように並んでいる貴族たちが小声で何やら言っていることが聞こえてきたが、それは無視をする。
聞こえてくるその声には、孤児であるカイトを嘲るようなものも混じっていたりしたが、当人がそれを気にすることはなかった。
カイトは、どうせこの先深く関わることがないだろうと分かっているので、そんな者から何を言われても気にすることはない。
ガイルやメルテのほうが気にしていたが、カイトが全く変わらない様子で歩みを進めるのを見て、むしろそちらに気を取られている位だった。
空席のままの玉座に向かって歩いていたカイトたちは、指定されていた場所で歩みを止めた。
そして、それを確認した進行役の一人が、王家の入場を宣言した。
その宣言に合わせて、その場にいた全員が頭を垂れる。
王が入場している間は、基本的に直視することはないようにするというのが、この国の昔からの礼儀とされているのだ。
中には好奇心に負けて様子を覗う者もいるのだが、その不作法をいちいち問い詰めるような者はいない。
場の中心にいるカイトは、勿論そんな不作法をすることはなかった。
もしここで王の入場を覗き見るような真似をすれば、後からどんなことを言われるか分かったものではないと忠告をされていたからだ。
当然カイトと同じ忠告を受けていたガイルとメルテも、頭を垂れたまま視線を動かすことはしていない。
恐らく王とその家族の誰かが入場しているのだろうと想像しながらその時が来るのを待っていた。
カイトたちが入ってきた時とは打って変わって静かになっているその会場は、一種の荘厳ささえ感じられるものであった。
王の入場が完了すると、進行役が式典の進行を進めて行った。
勿論その時には頭を上げて、国王の顔をしっかりと確認できるようになっていた。
とはいえ、ずっと直視しすぎるのも失礼に当たるので、適当に視線を外したりしている。
初めての者にとっては慣れない環境で式は進んで行く。
カイトが少しばかり期待していたテンプレの貴族が騒ぎ出すパターンが起こるようなことはなく、事前に案内役から聞いていた通りに滞りなく報酬の授受も終えた。
一応報酬の内容もその場で読み上げられていったのだが、事前に話し合いで決まっていたということもあって、それに文句を付けるような輩も出てこなかった。
そして、式典におけるすべての内容が終わり、カイトたちはこれまた予定通りに謁見の間から退出することになるのであった。
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無事に式典を終えて謁見の間を後にしたカイトたちだったが、すぐに城から出ることができたわけではない。
本来こういう式典は、夜会とセットとなっているのだが、カイトが未成年ということで今回は夜会が行われることはない。
ただし、その代わりにごく一部の者たちだけを集めて、軽い会食のようなものを行うことになっている。
そのために先ほどの式典は、午前中に行われていたのだ。
会食の会場に入ったカイトたちは、そこで王国の関係者が十人ほどいることを確認した。
さらに、カイトたちが座る席の向かい(距離的には結構遠い場所)に、空席になっている二つの席があった。
カイトたちが少しだけ待っていると、その二つの空席に先ほどの式典でも見た王と王妃が座った。
そして、王が集まった全員を確認してから、会食がスタートしたのである、
「――――ほう。では、あのような船を他の者が手に入れることは、不可能だと?」
会食に出席していた軍の高官の一人がそう問いかけると、会場にいる者たちの視線がカイトに集まったことがわかった。
この問いは、カイトと交わされていた会話の流れで出てきたもので、ごく自然なものだった。
だが、いつか誰かが聞いてくるだろうと分かっていたカイトは、これまた自然な感じで返すことができた。
「恐らく、ですが。もし直接神様にお願いをすることができるのであれば、あるいは手に入れることができるかも知れませんが」
言外にほとんど不可能だと宣言したカイトの言葉に、会場にいる者たちから残念そうな息が漏れていた。
ここにいる者たちは、ロイス王国でも位の高い者が集まっている。
そのため、今カイトが言ったようなことは、既に情報として手に入れているはずだ。
それでもこのような反応になったのは、当事者の口から直接話を聞けたからである。
噂や集めた情報ではなく、直接本人から話を聞けるということは、彼らにとってはそれだけ重要なことなのだ。
カイトの会話は、そうした高官たちだけではなく、上座に当たる席に座っている王や王妃の耳にも入っているはずだ。
だが、二人はそれらの会話に口を挟むようなことはせず、ただ黙って彼らの話に聞き入っているのであった。




