閑話1 一人の代表
「ガザルク、何故あなたが来たの?」
「何だよ。俺が来て悪いか?」
いつも通りの応酬に心のどこかで安堵しつつ、ガザルクはデボラに向かって不機嫌そうにそう返した。
ガザルクは、外部からの侵入者が来るということで、島の代表として使者として向かう巫女たちの一行に加わることになったのだ。
島の者の一部からは、もし攻撃できるのであれば徹底的に痛めつけてしまえとまで言う者もいたのだが、さすがにガザルクはそこまでするつもりはない。
そもそも、神宮の巫女がわざわざ交渉の使者を立てるということは、相手がある程度信頼できるとさえ考えていた。
それでもこうして代表として立候補したのは、外部からくる者がどんな様子なのか直接見たいというのもあったが、単純にデボラに会いたかったというのもあった。
神宮の巫女になったデボラには、こういう機会でもない限り簡単に会うことはできないのだ。
その後、幼馴染としての思い出トークに入るわけでもなく、この場に集まった者たちがそれぞれ意見を言い始めた。
今この場にいるのは、各島の代表と神宮のあるフォクレス島から来ている巫女二人と聖闘士たちだ。
神宮側の代表はデボラではなく、デボラよりも年下に見えるもう一人の巫女であることが気になったガザルクだが、それを口にすることはなかった。
「――皆様、お集まりいただきありがとうございます。すでに通達でご理解いただいていると思いますが、この海域に外からのお客様が来るという『声』を聞きました。私たちは、その者たちを見極めて、場合によっては島へ迎え入れることになります」
もう一人の少女――メルテと名乗った――が、まず第一声でそう言うと、集まって者たちはそれぞれの意見を言い始めた。
ガザルクが何となく聞き流していた感じでは、危険だという意見が半数以上を占めているように思えた。
それらの意見を聞きながら、ガザルクは内心でため息をついていた。
過去の歴史から考えても、皆が侵入者に対して攻撃的になる理由はわかる。
だが、見えない相手にいきっても情けなさしかないだろうという気持ちになったのだ。
さらに、目の前にいる巫女の言動を見れば、神宮は侵入者に対して友好的に接するつもりなのだ。
であれば、わざわざ挑発するようなことを言っても仕方ないとさえ思う。
デボラが言葉で聞けば驚くようなことを考えながら、ガザルクは他の者たちの言葉の合間をついてメルテに聞いた。
「巫女殿は、いつ頃その侵入者が来るのか分かっているのか?」
「そうですね。そろそろ到着しても――」
おかしくはないと続けようとしたメルテを遮るように、突然ドアを開けて部屋に入って来る者がいた。
「何事だ!? 今重要な会議中で……」
「物見から連絡です! こちらに向かってくる大きな船が来たと……!」
報告者の言葉を聞いた一同は、無言になって顔を見合わせた。
まさしくくるタイミングの話をしていたので、そうなるのもある意味で当然である。
そして一同は、示し合わせたように椅子から立ち上がり、姿を見せたという大きな船を見るために部屋を出るのであった。
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これまで見たことも無いような大きな船が風の力を受けて進んでいるのを見て、外に出てきた一同は言葉を失っていた。
それは、ガザルクも同じで、呆けたように口をあけながら遠くの方に見えている巨大帆船を確認していた。
基本的に人獣は狩猟民族に近い生活スタイルで、特に男たちは遠くにいる獲物をしっかりと見極める目を持っている。
その経験から、ある程度の距離と相手の大きさを判断できる。
その判断ができるからこそ、まだまだ遠くに見えている船がどれほどの大きさを誇っているのか、この場にいるほとんどの者が理解できているのだ。
中には恐れさえ抱いているような者がいる中で、特にそれまでと変わる様子のなかったメルテが、いつも通りの口調で言った。
「流石にお言葉通りでしたか。――さて、皆様。私たちはこれから船であちらに向かいますが、着いて来る者はおりますか?」
監視する者が必要でしょうという言葉を出さずに、メルテは一同を見回した。
大きな船を見ても特に臆する様子のないメルテに、集まっていた者たちは一瞬怯んだ様子を見せている。
その様子に内心でため息をつきながら、ガザルクは右手を上げて言った。
「俺が行こう。どうやら他の者たちは臆しているようだからな」
ガザルクがそう言うと、一瞬デボラから鋭い視線が飛んで来た。
実際に言葉にすれば『余計なことは言うな』といったところだろうが、ガザルクは気付かなかったふりをした。
他の者たちはデボラの様子に気付いていないようなので、無視したところで非難されるようなこともない。
唯一、デボラだけはガザルクが無視をしていることに気付いているようで、苛立たし気な視線を向けていたが。
室内ではあれほど威勢のいいことを言っていたのに、立候補者は結局ガザルク以外には出てこなかった。
船の大きさに怯んだということもあるが、ガザルクが行くのであれば他には行かなくてもいいかという空気が広がったのだ。
そもそも二人の巫女には聖闘士という護衛が付いているので、島々の代表は別に複数いなくてもいいという判断もある。
あまりに大勢で押しかけても威圧に見えるのではないかという意見が出てきたのだ。
船の大きさを見て急にヘタレた様子に、ガザルクは内心で呆れていたが、それを表に出すようなことはしなかった。
むしろ、変に騒ぎ出す者がいなくなってやりやすくなったとさえ思えたくらいだ。
「――それにしても、いくら船が苦手だからと言って、簡単にあきらめるかよ」
人獣は、基本的に泳ぐことが苦手なことが多い。
勿論、種によっては泳ぎが得意ということもあるのだが、大体は泳ぐことが苦手としているのだ。
そのため、あの大きな船を見た後で、自分たちが使っている小さな船に乗るにはと思っている者も少なからずいるはずだ。
だが、そんなことを言ったガザルクに、デボラがいつもの調子で言い返してきた。
「またあんたは、そんなことを! 川に入るたびに騒いでいたあんたが言うことじゃないでしょう……!?」
「お、おま……! いまさらそんなことを持ち出すな!」
「何よ、事実でしょう!」
慌てた様子で止めようとするガザルクに、デボラはフンといい返した。
――ちなみに、この時点で同じ船に乗っているメルテと聖闘士の面々は、二人のやり取りに口を挟まなくなっていた。
その全員が、余計なことをして馬に蹴られたくはないと意思を統一しているのであった。
陸の上では勇ましいが、海の上では……といった感じでしょうか。




