(45)王と公爵
カイトとの話し合いを終えた公爵は、すぐに執務室へと戻って机の中からとある魔道具を取り出した。
その魔道具は、遠方の限られた相手と会話ができるものだ。
便利な道具なのだが非常に高価で使い勝手が良くない道具だが、緊急の連絡をしたいときには非常に役に立つ。
そんな魔道具を使って今回連絡をする相手というのは、ロイス王国ファビオ国王そのひとである。
昨日のカイトからの手紙が届いた段階で連絡をしていて、今日の話し合いが終わったらもう一度連絡をしてくるように言われていたのだ。
北大陸の東側では久しぶりになる新しい土地の発見に、王が興味を示すのは当然のことである。
それゆえに、発見者であるカイトがどんな条件を出してくるのかをすぐにでも知りたがっていた。
他国よりも先んじて条件を揃えることができれば、それだけでも有利に交渉を進めることができるのだ。
今のこの時間は特に対談など入っておらず、連絡をもらえれば出られるはずだという王の言葉通りに、モーガンが連絡をするとすぐに出てきた。
「ヨーク公爵だな? それで、どうだったのだ?」
通常の対談ではなく魔道具を使っての会話であるために、ファビオ国王はすぐに用件を切り出してきた。
「当人から詳細を聞きましたが、ほぼ間違いないかと。私に対してこのような嘘を吐くような人物ではないですし、何よりも既にギルドに報告を行ったと言っておりました。早晩そちらから国に対して報告があるのではないでしょうか」
海運ギルドからの国への連絡は、ギルド員が新しい島を発見したというものになる。
実際には、他の船がその海域に行って実際に陸地があることを確認してから手続きを行うことになるのだが、事実上各国はその前に動き始めることになる。
故に、この時点で発見の報告で嘘を吐くような船乗りやオーナーは、ほとんど存在しないと言っても過言ではない。
「――そうか。まあ、そなたに対して、先んじて連絡をくれるような者だ。そなたが言っていることは、正しいのだろうな」
ファビオ国王は、基本的に公爵の人を見る目を信用している。
その信頼があるからこそ、公爵のカイトに対する評価を受け入れて、これまで介入することなくただ見守っていたのだ。
「それで? 例の少年が出してきた条件とやらは何だったのだ?」
「それが――」
モーガンは、そう言って一瞬言いよどんでからカイトの出した条件を国王に話した。
「――――ハッハッハ。そうか。そのような条件を出してきたか。そなたはよほど信頼されていると見えるな」
「それもあるのでしょうが、私の見方では別の考えを持っているようにも見受けられます」
「ほう? 別の考えとな?」
「私が相手だと、今後の交渉がしやすい――この場合のしやすいというのは、与しやすいというわけではなく、お互いに話がしやすいという意味ですが、そういう考えがあるのかと」
「……なるほど。そなたをそこまで言わせる人物か。その者は」
受け取り方によっては最高の評価ともいえるモーガンの言葉に、ファビオは幾分警戒の色を加えた声色でそう言ってきた。
この時点で、ファビオはカイトのことを十二歳の子供だという事実を頭から忘れることにした。
ファビオにとって、モーガンの評価はそれくらいの重みを持っているのだ。
「さて。それにしても、素直に条件を受け入れるとヨーク公爵家に新しい領地が加わることになるな」
「そういうことになります。ですが、あの少年の性格を考えますと、条件を少しでも変えると交渉自体を打ち切る可能性もあるかと」
「なるほどな。私としては、その条件で構わないと思うが、他の者どもがどう言ってくるか……」
「それでなくとも、あの少年には注目が集まっておりますからな」
「見たこともないような大きさで、高い能力を持つ船を持っているのだ。それだけでも注目するに値するだろう。いい意味でも悪い意味でも」
大いに実感の伴ったファビオの言葉に、モーガンはため息交じりに返すことしかできない。
「そうでしょうが、下手に手を出せば、簡単に逃げるという選択を取りますよ。あの少年は」
「うむ。そうならないためにも、そなたにはがっちりと捕まえておいてほしいものだな」
「出来る限りのことは致しますが、あまり無茶は言われなきよう願います」
お任せくださいではなく、釘をさすようなモーガンの言い方に、ファビオは「ハハハ」と笑ってきた。
「そなたにそこまで言わせるとは、よほど気難しい人物とみえる」
「気難しいというよりは、物事の区別がはっきりしているというべきでしょう。その線引きを少しでも越えると、あっさりと関係を断ってきてもおかしくはありません」
モーガンは、これまでの付き合いからカイトのことをそういう性格だと感じ取っていた。
絹関係のことで他の貴族とはない繋がりを持っているモーガンだが、カイトはもし先に立てた条件を破るような真似をすれば、あっさりと切り捨てて来るだろう。
勿論、今までの経験をもとに蚕の育成を続けて行くことはできるだろうが、それ以降は完全に手さぐりになってしまう。
そうなれば、恐らく始まっているであろうフゥーシウ諸島で生産されている絹に、あっさりと品質という部分で抜かされる可能性がある。
領地に蚕を導入してから一年も経っていないこの状況では、まだまだカイトの知見は必要になるというのがモーガンの考えだ。
「なるほどな。いずれにしても、その少年には、やりたいようにやって貰ったほうがよさそうに思えるな」
「確かにそうなのでしょうが、全ての者がそう考えないということが難しいところですな」
「そなたがそう言ってくるということは、そろそろ馬鹿な考えをする者も出てきそうということか?」
「さて。私は人の考えは読めませんので何とも言えませんが……我が国に限らず、他国であってもといったところでしょうか」
「他国にかんしては、流石に面倒はみきれんな。我が国については…………そう考えるとちょうどいい時期ともいえるか」
何やら含みを持たせたファビオの言い方に、モーガンが何やら思いついたような表情になって返した。
「巨大船の所持に、新しい島の発見。それ以外にもいくつかの新しい知見の展開。どれか一つだけでも十分に値するとは思いますが、まだ未成年ですぞ?」
ファビオが持たせた含みは、カイトと直接国王が対面するということだ。
だが、いくら実績を積み重ねているとはいえ、未成年にそこまでの『責任』を負わせるのかとモーガンは聞いたのだ
「ああ、そうだ。だから、表立っては会わない。そもそも、貴族からどうでもいいことを言われながら注目を浴びることに、何の意味があるのだろうな?」
「それをあなたが言ってしまって駄目だと思うのですが?」
「そなたが相手だからだ」
あっさりとそう返してきたファビオに、モーガンは大きくため息をついた。
「それはともかく、確かにその案はありといえばありでしょうが……相手があの少年でなければ」
「む? というと?」
「少年――カイトは、どこか貴族や王族を嫌っている節がありますから。素直に頷いてくれるかどうか」
「そうか。それなら無理に、とは言わない。だが、とにかく打診はしてみてくれないか」
「それは勿論。いずれにしても、今回の件で話し合いの場を設けることにはなるでしょう」
島の権利譲渡に関しては、一度は国の関係者と会う必要がある。
その話し合いの場は、通例ではギルドの申請を行ったセイルポートで行われることになる。
その時に、あるいは会える可能性はあるという含みを持たせて、モーガンはそう答えるのであった。
これで第二章の本編は終了になります。
あと一話か数話を書いて、第二章は終わりです。




