(44)譲渡の条件
海運ギルドのギルドマスターへの報告をしたカイトは、翌日の夕方には公爵家を訪ねていた。
今回は突発的な出来事だったので、きちんと事前にアポを取ったのだが、この時間に来るようにと言われたのだ。
普通、平民が貴族――それも公爵――に会おうとしてもこんなにすぐに会うことはできない。
それをあっさりと次の日に会えるようになったのは、これまでの実績があったためだ。
それだけ絹糸や絹の生産が上手くいっているということでもある。
一応、アポを取る段階で今回の用件である新しい島の発見については知らせておいた。
ただ、言っておいたのは新しい島を見つけたということだけで、それ以外の細かいことまでは知らせていない。
公爵家にも色々なところから目が向けられていると想像できたので、敢えて詳しくは知らせていない。
あるいは、そのことも次の日に会えることになった要因の一つとなっているのかも知れない。
通された部屋の中でカイトがそんなことを考えていると、公爵が護衛と共に入ってきた。
「待たせたな」
今回は公爵家の者は公爵一人だけだ。
内容が絹に関係することではなく新しい島のことだったので、まずは一人で聞いた方がいいと考えてのことだ。
自分が姿を見せたのに合わせて、立ち上がりながら礼をしたカイトたちに、公爵はすぐに座るように示しながら言った。
「そなたのことだから、もう面倒な挨拶は抜きにしても良いだろう。――それで? どういうことか詳しく話を聞こうか」
「はい。事前の連絡でもお伝えした通りに、新しい島を発見しました。位置的にはロイス王国から見て東北東側、フゥーシウ諸島から見れば北側になります」
「なるほど。事前連絡では位置までは分からなかったが……これまで見つからなかったわけだ」
フゥーシウ諸島に向かうための中継地点探しは、これまで何度も行われてきた。
だが、それでも見つからなかったのは、単純に直線に近い航路の中で探してきたためだ――と思われる。
カイトから聞いた報告で大体の位置を想像して頷いていた公爵は、さらに重ねて聞いてきた。
「だが、その位置だと遠回りになるのではないか?」
「確かにその通りですね。ですが、私たちが使っている船であれば必要ありませんが、他の船はどうでしょうか?」
「やはり、補給を考えれば必要にはなるか」
「はい。ただ、フゥーシウ諸島に入れないのは依然として続いているので、しばらくの間はそこまで多くの船が訪れたりはしないでしょう」
「そうであろうな」
カイトの言葉に頷いていた公爵だが、表情は別のことを考えていると言いたげだった。
公爵は、いつまでもフゥーシウ諸島に出入りできる船が、セプテン号一隻だけとは考えていないのだ。
フゥーシウ諸島を閉じていた力は神の御業によるものだが、セプテン号だけとはいえ今回開いたのも神の意志によるものだと公爵は知っている。
神の行いであるがゆえにその細かい意図までは知りようがないが、いずれは全面的に開放することになることまで考えている。
そのいずれというのが、一年後になるのか十年後になるのか、はたまた百年後になるのかまではわからないのだが。
公爵は、それがたとえ何年後になろうが、その時のことを考えて準備をしておくことが、貴族としての役目だと心得ているのだ。
「――それはともかく、公になる前にこうして私のところに来てくれたということは、我が国に帰属させるということでいいのか?」
「申し訳ございません。今のところはまだ決めていません。それから、このことが公になるのも時間の問題かと思います。昨日のうちに、海運ギルドに報告を済ませましたから」
「そうか」
カイトが真っ先に知らせてこなかったからといって、公爵が怒るようなことはなかった。
公爵は、カイトが船の一オーナーとして行動していることをきちんと理解しているからだ。
それに、海運ギルドからの発表はまだなので、きちんとカイトもこれまでの義理を果たしているともいえる。
「では、こうしてわざわざ話をしに来たということは、前もってそなたの望む条件を話してくれるということか?」
「公爵様が望むのであれば」
「ふむ。では聞こうか」
カイトの答えを聞いた公爵は、すぐにそう返答した。
前もって当人から条件を聞けるのであれば、それは少しでも国にとって有利になる可能性がある。
ここで拒む理由がないというのが、公爵の考えだ。
「この国にあの島の施政権を渡すときに私が望む希望は、一つだけです」
「一つだけ?」
あまりにも少ない条件に、公爵はいぶかし気に眉をひそめた。
通常、誰も管理していない新しい土地を見つけた者は、どこかの国に権利を譲る時には、多くの条件を出すのがほとんどなのだ。
公爵のその戸惑いを理解しつつ、カイトは頷きながら続けて言った。
「はい。私が望むのは、あの島の管理をヨーク公爵家が担うということです」
「……なるほど。そうきたか」
カイトが言い切ると、公爵は短く「むっ」っと唸ってからそう言って難しい顔になった。
公爵が難しい顔になったのには、きちんと理由がある。
そもそもヨーク公爵家は、その身分にふさわしい広大な領地を管理していて、そこから莫大な利益を得ている。
そのことは、他の貴族からすれば羨望の眼差しで見られたり、時には嫉妬の対象になったりする。
公爵という身分でいる以上は、そうしたやっかみなども含めて対処するのが義務になるのだが、ここで新たな領地が増えるとさらにそうした視線が増えることになる。
さらにいえば、他の公爵家からも島から得られる利権を狙って、様々な政略・謀略を仕掛けられることになるだろう。
ただ、カイトが言っていることも、別に無茶な話ではない。
新しい島をヨーク公爵家で管理することにする一番の理由としては、現在ヨーク公爵家が管理している土地から島が一番近い。
他国から島への侵略がなされた際に一番早く対処できるという意味でも、ヨーク公爵家に任せるというのは悪い選択肢ではない。
新しい貴族家を作って島を管理させるにしても、本国とかなり離れている位置にあるため、常に他国との謀略に巻き込まれる危険性がある。
そういった理由からも新興の貴族に任せるよりは、公爵家に任せた方がいいだろう。
王国としては、むしろ望むようなカイトの条件に、だからこそ公爵は唸り声をあげたのだ。
「――私一人に責任を押し付けるつもりか?」
「それこそまさかです。公爵様には、優秀な部下の一人や二人はいらっしゃるでしょう?」
「確かに。今目の前に座っている者も、そのうちの一人と考えていいのか?」
「まだ十二の青二才に何をおっしゃいますか」
「普通の十二歳は、自分のことを青二才なんて言ったりはしないのだがな」
やんわりとではあるが、しっかりと断ってきたカイトに、公爵はため息交じりにそう返した。
だが実際、十二歳の子供に領地の運営を任せるというのは、色々な面で見ても良いことではない。
いずれにしても、カイトが言った提案を王国が飲むかどうかは今のところ分からない。
ただ、公爵の考えでは、ヨーク家が議論に参加しなかったとしても、ヨーク公爵家に管理を任せられることになるだろうと思っている。
それくらいには、カイトの提案は王国が飲む条件としては、承知しやすいものなのだ。
他国にとられるくらいなら、ヨーク公爵家に管理を任せるという選択肢を選ぶ貴族も多くいるはずだ。
ロイス王国は、王国であるために領主の任命権は王にあるのだが、決定の段階で貴族たちの意見も採用されることがある。
今回は、そういう形になるだろうと、そんな未来を思い描く公爵なのであった。




