(41)諸島と島の将来
新しい島を発見したカイトたちは、二日ほどの調査を終えてセイルポートへと戻ることにした。
調査自体は島の浅いところまでしか出来ていないが、それ以上は専門家(冒険者)に任せたほうがいいと判断した。
魔物はあまりいるようには思えなかったが、船乗りは船の専門家であって陸の魔物については、一般人よりは多少詳しい程度の知識しかないのだ。
それならば、さっさと発見した報告を持っていき、別の調査隊なりに任せようということになったのである。
そう先に言ったのはカイトだったが、皆がすぐに賛同してきた。
彼らは、大事な水さえ見つけられれば、それだけで満足だったのだ。
というわけで、セプテン号は急ぎセイルポートへと戻っていた。
フゥーシウ諸島ではなくセイルポートに向かったのは、単にそちらのほうが近かったからだ。
商会問題が解決しているかは微妙なところだが、それよりも新しい島の発見報告のほうが重要だ。
レグロには他国に渡すようなことを仄めかしたが、あくまでもあれはロイス王国が無茶な要求をしてこないようにするための牽制である。
それに、少なくとも国王は、カイトが神のコンと契約をしていることを知っているはずだ。
そうであれば、そこまで無茶なことは言ってこないだろうという考えも持っていたりする。
甲板の上でのんびりとそんな皮算用をしていたカイトに、ガイルが話しかけてきた。
「――ところで、本当に知らせてしまっていいのかい?」
「知らせるって、島のことだと思うけれど、何故? 知らせたら駄目な理由でもある?」
「いや、カイトは、出来る限りフゥーシウ諸島に人獣以外を入れたがっていないと思っていたからな」
ガイルがチラリとメルテへ視線を向けながらそんなことを言ってきた。
それだけでガイルが何を言いたいかを理解できたカイトは、なるほどと頷いた。
「フゥーシウ諸島は、今のところ外部からの侵入は防がれているからね。島の人獣が完全開放するならともかく、そうじゃないならさほど問題ないんじゃない? 見つかったのは小島だけだし」
もし数千人単位で住めるような大きな島ならカイトも報告しないという選択肢を考えたが、本当に中継地点としか活用ができそうにない島なので、そこまでややこしいことにはならないだろうと考えている。
それに、発見したのがセプテン号――つまりカイトになるので、島の所有権を握っているというのも大きい。
それならば、フゥーシウ諸島に向かう船を逆に制限することもできるともいえる。
他に中継地を発見できていない今だからこそ、色々な選択肢があるのだ。
「確かに見つかったのは小島だが、新しい領土が増えると考えれば、野心的な国の思惑も絡んでくるんじゃないか?」
「だからこその交渉だと思うけれどね。いずれにしても、外部の人を受け入れるかどうか、決めるのはフゥーシウ諸島の人たちだからこっちがどうこう言うことはないよ」
「それもそうか」
カイトがチラリとメルテに視線を向けると、ガイルも納得した表情で頷いた。
カイトとしては、人獣のあの素朴な暮らしを壊したくはないという思いがあるが、あくまでも選ぶのはフゥーシウ諸島で暮らしている者たちだと考えている。
ここで、カイトやガイルの話を聞いていたメルテが、少し間を空けてから問いかけてきた。
「カイトさんやガイルさんは、今のまま島を開放すれば、必ず攻め取られると考えているのでしょうか?」
「正直なところ、分からんというのが答えだなあ。無責任かも知れんが」
「だよなあ……。ただ別に、答えをはぐらかしているわけじゃないからね」
ガイルに続いてカイトがそう答えると、メルテは真剣な視線を向けてきた。
「といいますと?」
「あれだけ魅力的な土地だとどこの国も介入したがるだろうから、政治バランス的にどうなるのか専門家じゃないと分からないレベル」
大国同士が争うという単純な構図になればいいのだが、その隙をついて小国が介入してくるということも考えられる。
そうなると、素人であるカイトやガイルには、将来的にフゥーシウ諸島がどうなっているかなど、予想できるはずもない。
下手をすれば、その専門家でもややこしいことになりそうなのが、フゥーシウ諸島の状況なのだ。
もし、今の状態を続けたいのであれば、セプテン号以外の受け入れを完全にシャットアウトしてしまうのが一番なのだ。
「――そもそも、フゥーシウ諸島にいる人獣って、過去にあった騒乱から逃げてきたんだから、戦争になるのは嫌だと考えるんじゃないか?」
「確かに、それはそうです。……ですが、戦ってでも勝ち取って、多くの交易を望む者もが出てもおかしくはないです。そうなると、島同士での戦いが始まるなんてことも……」
「それは、あり得るだろうね。どういう選択をするのかは、やっぱり島の人たち次第だろうね。ただ、一つだけ確実に言えることはある、かな?」
「何でしょう?」
「そもそも、俺たちがあの島を訪ねることになった理由を忘れたら駄目だってことかな」
カイトは、そう言いながら肩の上に乗っていたフアの頭を撫で始めた。
そもそもフゥーシウ諸島の結界はフアが造ったもので、セプテン号が諸島内に入れたのもフアが望んだからである。
セプテン号の諸島内への出入りは必ず発生するということを暗に伝えてきたカイトに、メルテも確かにと言いながら頷いた。
「そこがぶれてしまっては、かの神の目的からずれるということも承知しております。そうなってしまえば、結界そのものが無くなってもおかしくはないでしょう」
「そういうことだね。まあ、そう簡単に結界を消すような真似はしない……と、思うけれど」
そう言ったカイトの言葉をきちんと聞いているのかいないのか、相変わらず肩の上に乗ったままのフアは、二人の会話に頓着せずに大きなあくびをした。
そのフアの様子を見て、メルテはクスリと笑った。
「私たちが生きながらえているのは、かの神のお陰。そのことを忘れた者に、良き未来は訪れないということでしょうね」
「いや、そこまで達観する必要はないと思うけれど……少し話がずれてしまったか。とにかく、絹の生産を続けると決めた以上は、その分の交易は絶対に発生する。それを前提に考えないといけないだろうね」
「はい。そのことは、皆にも伝えるようにしておきます」
今のメルテは、カイトの傍にいて大陸の情報を得ることが第一の目的だ。
その情報をもとに、フゥーシウ諸島の住人たちが将来を考えることになっているのだ。
メルテが、真剣に諸島の将来を考えるのも当然のことだ。
そんな真面目なメルテが傍にいるからこそ、カイトも真剣にフゥーシウ諸島の未来について考えている。
そうでなければ、ただの絹の一生産地としてしか考えなかっただろう。
少しメルテから話を聞いただけでも、フゥーシウ諸島は大陸の国々にとっては宝の山のような土地に見えてしまう。
だからこそ、カイトが知る某大陸の歴史のように人獣たちが蹂躙されるようなことにならないように気を配る必要がある。
勿論自分一人で全てを背負うつもりはないが、出来る限り人獣たちにとって良い未来が訪れるように自らも動こうと考えるカイトであった。




