(39)陸と海の魔物
カイトとガイルが主計係のアルティモと一緒に話をしていると、メルテが近づいてきた。
それを見つけたカイトが、せっかくだからとフゥーシウ諸島の島々に出て来る魔物はどんなものがいるのかを確認することにした。
「――メルテ、ちょうどいい所に」
「はい、なんでしょう。……と、言いたいところですが、食事の準備ができました。お話は、食べながらにしませんか?」
メルテがそう言うと、カイトたちは同時に顔を見合わせた。
話し込んでいてすっかり忘れていたが、言われてみればそんな時間になっている。
航海中は、メルテの食事が唯一の楽しみだと公言する船員も少なくない。
勿論それはカイトも同じなので、一旦話を切り上げてから揃って食堂へと向かった。
しっかりと自分の食事を確保したカイトは、向かいの席に座っているメルテへと改めて聞き直した。
「――それで、さっきの話の続きだけれど……」
「はい。なんでしょう?」
「フゥーシウ諸島は、どんな魔物が狩れるんだ?」
「魔物……ですか。色々いますが、何をお知りになりたいのでしょうか?」
一口に魔物といっても様々な種類がいて、この場ですべてを答えられるはずもない。
カイトが知りたがっている魔物がどんなものなのか、先ほどの話に参加していなかったメルテには知りようもない。
「何って……えーと、何だろうか?」
メルテに問われて、今さらながらにどんな魔物がいいのか分からないことに気付いたカイトは、視線をアルティモへと向けた。
「そうですなあ……分かり易いところで言えば、皮や毛皮が取れるものにはどんな種類がいる?」
「毛皮ですか。そうですね……」
首をひねるようにして考える仕草を見せたメルテは、しばらくしてから再び口を開いた。
「全体にいる魔物であれば、タイガー系が多いのではないでしょうか。あとは、ベア系もですか」
タイガーはともかく、熊の魔物は大陸にも広範囲に生息している。
ただし、その生態は地域によっても変わって来るので、きちんと加工を施していると意外に高値で売れたりできる。
問題なのは、それらの毛皮が長距離輸送の交易品として成り立たせることができるかどうかだ。
どこででも取れるような毛皮であれば、希少性が低くなってしまい、利益を生み出すことができなくなってしまう。
「――というわけで、毛皮の類は希少性のほうが大事なんですが……今のメルテのいいようだと、島によっていろいろと種類がいるという感じですかい?」
「ええ、そうですね。私が知っている限りでは、北の方だとホワイト系が多く出ているようですよ。南に行くと赤く――」
――なったりします、と続けようとしたメルテだったが、そこでアルティモが顔色を変えて言った。
「待て待て。まさか、ホワイトタイガーが出るのか? 頻繁に?」
「頻繁にと言われるとよくわかりませんが、そこまで珍しいというわけでもないと思いますよ。ホワイトタイガーを狩ることは、北の地の狩人にとっては一人前の証とされていますから」
つまりは、見習い狩人がホワイトタイガーを狩れば、一人前と認められる程度の頻度で遭遇するくらいには出現するということだ。
ちなみにフゥーシウ諸島では、魔物を狩って生活している者のことは、冒険者ではなく狩人と呼ばれている。
どうということはないという様子で言ったメルテを見て、アルティモはため息交じりに首を左右に振った。
「やれやれ。聞いておいてよかったですな。この分だと、他にも突けば色々出てきそうだ」
「つまり、ホワイトタイガーの毛皮は高値で取引されるというわけだ」
「そうですな。大陸だとホワイトタイガーの生息域は、大抵危険領域に指定されていたりしますからな。手に入りづらいというわけです」
危険領域というのは、高ランクの冒険者でなければ立ち入ることができないような危険な魔物が多く生息している地域のことを指している。
そのような地域で採取される素材の多くは、当然のように高値でやり取りされているのだ。
会話の初っ端から出てきた希少価値の高い素材の話に、アルティモだけではなくカイトやガイルもこれは期待できるのかとメルテへと視線を向けた。
だが、その当人は、戸惑った様子で彼らの視線を受け取っていた。
メルテは、話の流れからカイトたちが何の情報を欲しているのかは理解しているのだが、そもそも大陸側でどんな魔物の希少価値が高いかなど知らない。
そのため、どの魔物の話をすればいいのかなど、全く見当がつかないのである。
メルテの戸惑いを理解したカイトは、素材系の話をするのは一旦保留にして、少し気になったことを聞くことにした。
「それにしても、危険領域に住む魔物が弱いわけはないと思うんだけど、ホワイトタイガー自体はそこまで強くないのか?」
「いや、まさか。パーティだと最低でもCランク、単独だとBランクくらいは求められるはずだぞ? 場合によっては群れを作ることもあるらしいからな」
これまでの経験上、冒険者とも多く接してきたガイルが、カイトの安易な考えを訂正した。
ガイルの言葉を聞いて、これまた三人の視線がメルテへと向かった。
「ええと……すみません。大陸での強さの基準が良く分からないのですが……」
「向こうでは、冒険者と接する機会もほとんどなかったから仕方ないか。それに、もしかしたら人獣は、そもそもの基礎体力が高いのかもしれないね」
「確かに、俺もそんな話を聞いたことがあるな。だから、大陸にいる人獣は、冒険者になる者も多いみたいだからな」
「その話は、俺も聞いたことがありますな」
カイトの意見を裏付けるように、ガイルとアルティモも同意するようにそう言ってきた。
ただし、いくら人獣の基礎体力が高いからといって、大陸側の常識で言えばホワイトタイガーは新人一人で狩れる(狩りに行ける)ような魔物ではない。
それは、大陸の危険領域と比べて、狩り易い環境にいるのだろうと考えられるのだが、その辺はきちんと確認しないと分からない事実なのだが。
「……次行くときには、冒険者も連れてきたほうがいいか」
「そうだな。それが一番早いかも知れないな」
カイトが思い付きをポツリと呟くと、ガイルも同意するように頷いた。
餅は餅屋ではないが、やはり陸地の魔物に関しては冒険者に確認してもらうのが一番なのだ。
カイトとガイルが頷き合っていると、アルティモがふと思い出したような表情になって聞いてきた。
「そういえば、前から聞きたかったんですが、この船に乗っていると全く海の魔物が出てきませんな。何か理由があるんですかね?」
「そういやそうだな。防御が固いから攻撃されてもなんともないというのなら分かるが、見かけることすらないというのは――」
「あれ? 言ってなかったか。この船、魔物は近づかないようになっているよ?」
さらりとカイトが言うと、ガイルとアルティモは一瞬目を見開いて驚いていた。
メルテが驚いていないのは、神の造った船なのだからそういうこともあるだろうと納得しているからである。
「おいおい、そりゃあ……」
「最強じゃないですか……」
船乗りにとって一番怖いことは、海の魔物と遭遇することである。
そのことを全く心配しなくてもいいセプテン号は、船乗りにとっては一番安心できる要素となる。
この事実が船乗りたちに知られるだけでも、ますますセプテン号に乗って仕事をしたいという者は増えるはずだ。
このことはきっちりと皆の口止めをしておかないと駄目だなと、爆弾を落としながらのほほんとしているカイトを見ながら、そんなことを考えるガイルであった。




