(33)お勉強
公爵が各商会に決着をつけるまで待つことを決めたカイトは、すぐにレグロにも連絡を取った。
公爵自ら動くとなると、ギルドにも何らかの影響が出る可能性があるということもあるが、その前に変にギルドが手を出して余計ややこしいことにならないように釘をさすためでもある。
そのカイトの意図はレグロにも伝わり、感謝の言葉さえ言っていた。
その後、レグロがどこへ連絡をしたかはカイトは関知していない。
カイトがレグロへと連絡をしたのは、あくまでも後ろ盾となってくれているギルドへの礼も込めている。
その先のことについてまで首を突っ込むと、余計な騒動に巻き込まれることになりかねないのだ。
とにかく、商会の問題に関しては待ちと決めたカイトは、乗組員たちにはしばらく休暇ということを伝えた。
この世界での船乗りは、基本的に日雇い的な扱いになるので、それでも特に問題はない。
ただし、カイトはセプテン号に乗っている乗組員たちを日雇い扱いにはしておらず、月給制をとっているので休みが多ければ乗組員は喜ぶ。
その分、長期の航海が他の船と比べて増えるということは伝えているので、特に問題はない。
乗組員に払う給与や後の航海で使う経費に関しては、公爵とギルドの取引で十分すぎる程稼げているので問題ないのだ。
というわけで、しばらく航海に出ることが無くなったカイトは、セプテン号の船長室で精霊機関の勉強を進めることにした。
航海に出ていれば、船長として色々しなければならないこともあるので、中々時間を取ることができない。
折角できた時間なので、集中して勉強をすることにしたのだ。
そして、ようやくまとまった時間が取れたことで、思いのほか勉強を進めることができていた。
さらに、以前からちまちま勉強を進めて来たこともあったので、どうにか精霊機関に関する基礎に関しては、待ちの二日間で大体理解することができるようになっていた。
ただし、精霊機関の勉強は、カイト自身の力だけで進めていたわけではない。
アイリスという素晴らしい教師がいたからこそ、基礎部分だけとはいえここまでの短期間で習得できたと言える。
「――では、今日はここまでにしましょうか」
「……うん? まだ、そんな時間には見えないよ?」
「そうなのですが、ちょうどきりがいいですから。ここからさらに進めると、夜になってしまいます」
「なるほど。それじゃあ、ここまでにしようか」
チラリと窓から外を見て納得したカイトは、アイリスにそう答えてから伸びをした。
ずっと座って勉強をしていたので、体の各所が固くなっていたのだ。
そのカイトの様子に気付いたのか、これまで勉強の邪魔をしないように机の隅にいたフアが、音を立てずに肩の上に乗ってきた。
そんなフアの頭を撫でつつ、セプテン号の食堂で飲み物でも飲んでこようかと席を立ったカイトだったが、部屋のドアがノックされたことに気が付いた。
乗組員がいないはずの現在のセプテン号で、船長室の部屋をノックする存在は天使かもう一人しかいない。
そのもう一人を思い浮かべたカイトは、すぐに返事をした。
「はい。どうぞ、入ってきていいよ」
「お疲れ様です、カイト様。お飲み物をお持ちしました」
そう言いながらお盆の上にコップを乗せて部屋にきたのは、いつものように巫女服をきっちりと着込んだメルテだった。
彼女は、カイトがセプテン号の中で勉強をしているときは、ずっとこうして家政婦よろしく働いているのである。
カイトは、最初の内はそんなことをしなくてもいいと言っていたのだが、今ではメルテに押し切られて認めている。
アイリスを含めた天使たちもメルテの行動を許しているので、彼女は船長室を除けば、カイト以上に自由に船内を動き回れる存在となっている。
メルテにお礼を言いながらお盆の上からジュースが入ったコップを取ったカイトは、中身を一口飲んでから一息つくようにもう一度椅子へと座り直した。
メルテが来る前は、食堂に行って何か飲み物でも飲もうかと考えていたので、タイミングがちょうどよかったのだ。
「勉強の進み具合はいかがですか?」
「うん? どうなんだろう? 順調だと思うんだけれど?」
メルテの問いに、カイトは首を傾げつつアイリスを見た。
「そうですね。順調だと思います。このままの調子だと、あと二日もあれば基礎の部分は完全に終えることができるはずです」
「二日か……。それだったら公爵からの連絡が来ても、先に終わらせてしまうかな?」
公爵からの連絡が来るということは、商会の問題に決着がついたということだ。
公爵がどう決着をつけるかは分からないが、いずれにしてもセプテン号での航海が始まるということになる。
だが折角アイリスが二日と断言してくれているので、カイトはまず精霊機関の勉強を進めてしまおうかという気になっていた。
これまでの勉強が、調子よく進んでいるということもその気になっている要因の一つだ。
「公爵様からの連絡を無視するのですか?」
少し驚いた様子になるメルテに、カイトは首を左右に振った。
「いや、まさか。呼ばれたらちゃんと行くさ。そっちじゃなくて、船の出発を遅らせるってこと」
当初の予定では、フゥーシウ諸島の交易品を売り切ってしまえば、すぐにでも別の町に出発するつもりだった。
それを、勉強のために数日遅らせてもいいかと考えただけである。
自分が勘違いしていたと理解したメルテは、丁寧に頭を下げてきた。
「すみません。私が間違っていました」
「いや、わざわざ謝ってもらうようなことじゃないから」
丁寧すぎるメルテの態度に、カイトは苦笑しながら右手をひらひらと振った。
当初は、メルテの態度が硬すぎるのは自分がフアの使徒だと考えているからだと思っていたカイトだが、そもそもの性格だと理解してからは気にしないようにしていた。
それでも、こういう時は硬すぎるなあと考えてしまうのである。
こういう時は自分から話題を変えた方がいいと理解しているカイトは、何かを思い出したように言った。
「そういえば、前にメルテも精霊機関を見たと言っていたけれど、どう思った?」
「どう……えーと、私には難しすぎてあまりよくわからなかったのですが、精霊の力を利用して大きな魔力を生み出しているということは分かりました」
「ああ、うん。それさえ分かっていれば十分だと思うけれど……。それはさておき、精霊を利用するってことには抵抗はない?」
「私は、特に気になりませんでした。そもそも神様は、精霊を無理やりに利用するようなものはお造りにならないかと」
「なるほどね。メルテであれば、そっちの認識になるか」
セプテン号が創造神の用意した船である以上、精霊機関の動力源となっている精霊が世界にとって無茶な使われ方をするはずがない。
さらに、そんな動力をカイトを通しているとはいえ、世間一般に公開するはずがない。
カイトが広めるのが帆船だけであればそんなことを気にする必要はないのだが、最初から精霊機関も込みとなっている以上、メルテの言うことは間違いではない。
カイトもアイリスから精霊機関について学んでいるときに、精霊に関する話も聞いている。
そのため、精霊たちがおかしな扱いを受けているわけではないということは、十分に理解できている。
ただし、精霊機関が神のもたらしたものだと分かっていない者が知れば、その中の一定数は精霊を無理やり働かせていると誤解する者も出て来るかもしれない。
まだまだ精霊機関は表に出すつもりはないが、そのことはきちんと頭の片隅に置いておかなければならないと、カイトはそんなことを考えるのであった。
そろそろ第二章も終わりに近づいていますが、これまでの話で読みたい閑話とかあれば教えてください。
書けそうであれば、また章の終わりに追加しようと思います。




