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魂(コン)からのお願い  作者: 早秋
第2章
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(32)公爵からのお願い

 カイトがレグロに話を持って行ってから一週間が経っていた。

 その間に大きな動きはなく、セプテン号は公爵と海運ギルドで取引して空いた分の倉庫を利用して、近場での交易とギルドの依頼を行った。

 今回の航海は、ご近所の港への移動ということもあって、さほどの稼ぎはでていない。

 近場でも一度に多くの荷物が運べるということで、それなりの収入は得ることができていた。

 ただしカイトは、セプテン号の強みは多くの荷物を積めるということと遠距離航海ができるということにあると考えているので、近距離航海を続けるつもりはない。

 近距離の交易は、小回りが利くということがあり、小型の船で数多く行き来させたほうがいいと考えている。

 もっとも、これはカイトの個人的な考えで、それが唯一の正解だとは考えていない。

 いずれにしても、今回のような特別な事情が無い限りは、セプテン号では遠くでの交易を行うというのがカイトの基本的な考えであった。

 

 そして、セプテン号がセイルポートへと戻ってすぐに、宿に入ったカイトのところへ公爵の使いがやってきた。

 今回の交易の間は、蚕の生産が順調ということもあって、直接カイトが公爵とやり取りをすることはなかった。

 その使いが、例の商会の問題のことだということははっきりと伝えてきたので、カイトもすぐに行くと伝えてもらった。

 フゥーシウ諸島から持ってきた交易品を他の街で売らなかったのは、これを待っていたからということもあるのだ。

 

 

 そして、前の時のようにメルテとガイルと一緒に屋敷の部屋で待っていたカイトは、クリステルを連れてきた公爵を見て立ち上がった。

「ああ、立たなくていい。それよりも、早く話を進めたほうがいいだろう」

 カイトに右手で押えるような仕草をした公爵が、メルテとガイルにも視線を向けつつそう言ってきた。

 本来であれば、平民が貴族と話をするときには、礼儀上最初に面倒なやり取りを挟まなけばならないのだが、何度も会ううちに無くなっている。

「では、失礼します。――それで、今日の用件は、使者の方から伺った通りに商会の件でよろしいですか?」

「ああ。そうだ。一応、絹の生産の話もするつもりだが、そっちがメインだ」

 カイトの問いに、公爵はそう答えつつ話を続けた。

 

 その公爵の話では、カイトの伝言という形でクリステルから話を聞いてすぐに、ミニッツ商会に対しての調査を開始したそうだ。

 その調査はミニッツ商会だけではなく、関係のありそうなところを全て行われた。

 相手側に公爵の調査が行われているということが知られては意味がないので、多少の時間はかかったそうだが、それでも今までの期間で大体のことが分かっていた。

 まず、カイトが一番懸念していた商業ギルドも関与しているという疑いは、すぐに晴れたそうだ。

 商業ギルドでは、基本的には大小さまざまな商会や商人を相手にしているので、その顧客を相手にすることはない。

 そのため、カルテルのような動きに参加することはなかったのだ。

 

「――商業ギルドが関与していないと分かったら、後は話が早かった。こちらから協力という形で動いてもらったら、大体の商会の動きが分かったというわけだ」

「なるほど。それで、そもそもなのですが、商会同士の密約的なものはあったのですね?」

「あった。といっても、そこまでがちがちに縛られていたものではないがな」

「というと?」

「大手同士がこんな感じでと約束をすれば、小さなところもそれに倣うという形になっていたようだな。そなたやクリステルの交渉も、まず最初に大手に行ったのがまずかったらしい。まあ、小さい所に行ったとしても、うちでは扱えないと断られていた可能性が大きいが」

「あー、なるほど。そういうことですか」

 最終的には大手の望むところに取引を望む者が行くようになっていたとすれば、それは結局全体で密約を結んでいるのと変わらなくなる。

 直接大手の商会が小さなところに命令をすれば、それはそれで違法だと問うこともできるが、今回の場合は法に問うことができないスレスレのところだった。

 

 そのそもこの世界では、王族を筆頭にして一つの商会と専属契約を結ぶことは珍しいことではない。

 というよりも、海人として知っている入札制度を取っている王家や貴族など存在しないといっても過言ではない。

 専属を決めていなくても、少数の商会と契約をしているのだ。

 そういう状況なので、一つの商会が一つの町で独占的に商品の仕入れを行おうとしても法律違反であるとは言えない。

 

「――ということは、彼らのやっていることは合法で、何もできることはない、と?」

 理不尽な要求をされたまま、商会のいいように使われなければならないのかと言いたげなカイトに、公爵は首を左右に振った。

「そんなわけがないだろう? そんなことを認めてしまえば、先祖代々この町で出来る限り自由な取引ができるようにと腐心してきた意味がなくなる」

 その顔が、薄い笑みを浮かべていることに気付いたカイトは、ゾクリと小さく震えた。

 カイトは、こんな表情をした公爵を見たことはないが、その笑みが商会の者たちにとって良いものではないことは理解できる。

 その証拠に、メルテとガイルは勿論、隣に座っていた身内のはずのクリステルまでが恐いものを見たという顔をしていた。

 

 その顔を見たカイトは、公爵が本気になって今回の件に決着を付けようとしていることがわかった。

 そもそもそうでなければ、わざわざカイトたちを呼ぶ意味もない。

「そうですか。それでは、私たちはそれが終わるのを待っていればいいということになりますか」

「そうなるな。すまないが、もう少しだけ待って欲しい」

「いえ。謝っていただく必要はございません。むしろ、事前に教えていただけただけでもありがたいです」

「そうか。ならば、クリステルを通しているとはいえ、今回のことを教えてくれた礼だと思ってくれればいい」

 権力者らしい物言いでそう言ってきた公爵に、カイトは言葉では答えずに無言のまま頷いた。

 

 神のコンと契約をしているとはいえ、カイトは一介の船のオーナーでしかない。

 公爵がどういう決着をつけるのか、政治的なことに関して口を出せるわけではないのだ。

 また、一度でもそういうことへの口出しをすれば、今後も面倒なことへの対処を求められる可能性がある。

 それであれば、最初から公爵にお任せ状態で、あとは決着がつくのを待てばいい。

 

 公爵のもう少し待って欲しいという言葉は、セプテン号に積まれたままのフゥーシウ諸島の交易品を他の町に持って行くのを待って欲しいということでもある。

 公爵としてはセイルポートの町で交易品が売り買いされることによって、他からの交易が増えればいいと考えているのだ。

 セプテン号にそれらの品物が積んだままだと、カイトたちにとっても良いことがないのだが、公爵にとっても良いことは何もない。

 出来るだけ早くフゥーシウ諸島の交易品を交易ルートに乗せたいと考えているのは、公爵も同じなのである。

 

 カイトも公爵もそのことが理解できているので、この場でそれ以上のことを言うことはなかった。

 あとは、軽く養蚕のことの話をして、この場での話し合いは終わりということになったのであった。

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