(31)海運ギルドへ連絡
クリステルに公爵への進言を頼んだ翌日、カイトたちは海運ギルドへと来ていた。
「――それで? そっちから来るのは珍しいが、用件ってのはなんだ?」
今のところセプテン号にはフゥーシウ諸島の荷物くらいしか積んでいないことは、レグロにはばれている。
ギルド側から話をすることがあるわけでもなく、カイトたちが直接訪ねてきたことが、レグロにとっては不思議だったのだ。
カイトもレグロがこういう反応をしてくることは予想していたので、特に怒るでもなく淡々と返した。
「ちょっと問題になりそうなことがあったので、一応事前に話をしに来ました」
「……なんだい、その問題ってのは」
カイトの言葉に、レグロはそう返しながら眉をひそめた。
レグロは、カイトが見た目通りの子供でないことは十分に理解している。
しかもガイルまで一緒に来ているので、本当に問題になりそうだということが理解できたのだ。
そんなレグロに、カイトはセイルポートにある商会からフゥーシウ諸島の交易品の買取を渋られている現状を話した。
単純に交易品の売買が不調に終わっているというだけなら、ギルドが出るまでもない。
だが、今回の場合は、色々と問題が大きくなりそうなので、わざわざ直接話をしに来たのだ。
もっというと、クリステルから公爵に話が通れば、セイルポートが大騒ぎになる可能性もある。
クリステルを焚きつけた(?)以上は、カイトとしても出来る限りはギルドに情報を上げておこうと考えたのである。
そして、カイトから話を聞き終えたレグロは、盛大にため息をついた。
「つまり、何か? 商業ギルド――が絡んでいるかはまだ分からないが、商会どもがつるんで不当に値を操作している可能性がある、と?」
「そう言ってしまうと、単純に相場だと押し切られそうですが、少なくとも新規売買が操作されているのは間違いないでしょうね」
カイトがそう断言したのは、自分たちのやり取りで起こっているということもそうだが、クリステルが同じような目に合っていると分かったからだ。
クリステルはクリステルで、どうにかいい条件で絹を売り込もうとしていたのだが、最初から商会同士で話を決められてしまっては、どうすることもできない。
もっと具体的に言えば、立場が上位の商会が下位の商会を押さえつけて、新規の契約を妨害するという行為に出ている可能性がある。
カイトたちの気のせいであればそれでいいのだが、どうにもきな臭いというのが、これまで交渉を行ってきた商会で受けた印象だったのだ。
「――というわけで、ギルドがそれぞれの商会に話を付けて欲しい……と、言いたいわけではありません」
「……あ? なんだ、違うのか?」
てっきりそのつもりでカイトがきたと考えていたレグロは、少し気の抜けた表情になった。
「違いますよ。というよりも、それが事実なら、わざわざ海運ギルドが出るまでもなく話が終わると思います」
「それはどういう…………って、まさか!?」
「まあ、そのまさかだと思います。具体的に言えば、公爵家が直接動くはずです」
クリステルがこの場にいないという意味に気付いた様子のレグロに、カイトはこれまた淡々と告げた。
そして、カイトの言葉を聞いたレグロは、わざとらしく眉間に右手の人差し指を当てた。
「お前さんも、随分と容赦のないことをするな」
「仕方ありません。それに、ギルド同士で話を付けて、後から公爵が知ったほうが怖いのではありませんか?」
「それは、まあ、なあ……」
ヨーク公爵家が代々商取引を大切にしているということは、セイルポートで商売をしている者ならだれでも知っていることである。
それを、御膝元でもあるセイルポートで、堂々と裏取引のような商売をしている可能性があるのだ。
その事実を公爵が知れば、どんなことになるのか考えなくてもわかる――――はずなのだ。
「公爵様もクリステル様から話を聞いてから調査をするでしょうが……むしろこちらの予想が外れていて欲しいですね」
「焚きつけた本人がそれを言うか、と言いたいところだが、今回ばかりは同意するな」
カイトたちの予想が当たっていた場合に、公爵家が動いて決着をつけたとなると、一時的にセイルポートでの商売が混乱状態に陥る可能性がある。
今回の件が、セイルポートにある全ての商会が関わっているとは思いたくはないが、そうであった場合はとんでもない事態になりかねない。
「出来れば、商業ギルド自体が絡んでいるなんてことにはなってほしくはないがなあ……」
「さすがにそこまではないとしても、監督不行き届きで罰せられるということは……」
「ありえるだろうなあ……」
船乗りが個々で犯した犯罪について海運ギルドが責任を負う必要がないのと同じように、商業ギルドも各商会の問題に対して責任があるわけではない。
ただし、商取引に関係することで、商業ギルドの目が届いていなかったというのは、それはそれで問題になるはずだ。
各ギルドは、国家権力に対してある程度の自由が保障されているとはいえ、それぞれの国の法律を破っていいわけではない。
「よりによってセイルポートでそんなことをするなんて、商会の者どもはバカかよ」
とうとう本気の愚痴りモードに入ったらしいレグロに、カイトは苦笑を返すことしかできなかった。
そのかわりに、ガイルが思いっきり真顔のままで頷いた。
「全くだな。事情は知らんが、本当に馬鹿な真似をしてくれたもんだ。俺なんぞ、未だにただの偶然であって欲しいと思っているくらいだ」
「……ハア。ここで愚痴ばかりを言っていても仕方ないか。一応冒険者ギルドにも話をしておくか」
「あ、やっぱりそうなりますか」
「うちのメンバーに手を出しているということは、ほぼそっちも確実だろう」
「お手数をおかけします」
「気にするな。そもそもお前は、冒険者としては登録していないのだろう? だったら、こっちから話をするのが筋だ。というよりも、こっちの仕事だろう」
そう言いながら通信具らしきものに手をかけたレグロに、カイトは慌てて付け足した。
「一応、まだ確定しているわけではないので――」
「わかっているよ。それも合わせて伝えるさ。勿論、公爵の情報もだが」
「それなら、いいです」
カイトのその返事を聞いてすぐに、レグロは至急の話があると通信具を使って冒険者ギルドへと連絡を取り始めた。
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「――そうか。わかった。ああ、伝えておく」
時間にして五分ほど話をしていたレグロだったが、最後はそう言いながら通信を終えた。
その間カイトたちは、ずっと待たされていたことになる。
勿論、ただ黙って待っていたのではなく、話の途中で時折確認をしてくるレグロに無言の相槌を打ちながら、である。
そして、通信具を置いたレグロは、ついに頭を抱えるようにして机に突っ伏してしまった。
「あー……大丈夫ですか?」
「大丈夫なものか。お前たちが持ってきた話は、本当だったようだぞ。どうやら、向こうのほうが露骨にやられていたらしい」
冒険者は基本的に取ってきた素材はギルドに卸すことがほとんどである。
ギルドを介さずに直接商会で売り買いをすることもあるのだが、そこに冒険者ギルドが絡むことはない。
ただ、最近になってギルドを通さない商品の売買が、不当に安くされているという話がギルドに上がっていたそうだ。
といっても、そうしたやり取りはあくまでも個人間のものでギルドが口を出せるわけではない。
そのため、冒険者ギルドとしてはそうした事実があるということを知ってはいても、対処することができずにいたわけだ。
「――というわけで、こっちの件で公爵にまで話が行っていると伝えたら、大分言葉を失っていたぞ。向こうは」
「それは、また」
「ただ、むこうはこっちと違って、小口の取引が多いからな。そこまで問題にはならないかもしれないな」
「船だとどうしても一回の取引量が増えますからね」
「そういうことだ」
自分の言葉に頷くレグロに、カイトは面倒なことになったとため息をつくのであった。




