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魂(コン)からのお願い  作者: 早秋
第2章
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(25)セイルポートの町をぶらつく

 孤児院へと出てギルドお勧めの宿に向かったカイトとメルテだったが、部屋を借りる段階でちょっとした押し問答をすることになった。

 その問答は、二部屋借りようとするカイトと、ただでさえ迷惑をかけているのに、そんな勿体ないことはできないというメルテの意見がぶつかったことで起こった。

 それは、宿のおばさまの生暖かい視線で見守られるなかしばらく繰り広げられることとなったが、ふとカイトがあることに気が付いて一部屋だけ借りるということで決着することとなる。

 そもそもカイトは、いつでもどこでもセプテン号に戻れるという特技がある。

 さらにその先にある養蚕小屋では、波に揺られることなく休める個人部屋まで用意されているのだ。

 それなら夜寝るときはそこで寝ればいいと、何度目かのやり取りでようやく思い出したのである。

 

 そして翌日、カイトとメルテはセイルポートの町をぶらついていた。

 この日の午後には公爵から連絡が来て、交易品の引き取り量が決まるはずである。

 それから残った分を、海運ギルドや商業ギルドに卸すための交渉をしなければならない。

 その交渉はカイトではなく、乗組員の一人がすることになっているのだが、初回ということでカイトとガイルも一緒に行くことになっている。

 ついでに、メルテもフゥーシウ諸島の代表としてその交渉に参加する予定だ。

 今後の為にも、各地で相場がどれくらいになるのかを確認することも重要なのだ。

 

 公爵から連絡がくるのは午後なので、自由に回れるのは午前の時間しかない。

 というわけで、カイトとメルテは露店を冷かしつつのんびりと歩みを進めていた。

 その途中で、ふとメルテが思い出したように言ってきた。

「――そういえば、あのギルドマスターさんとお話はされなくてもよろしいのですか?」

「ああ、それは大丈夫。まずは、公爵との交渉が終わってからかな」

 フゥーシウ諸島への出入りに関しては、大まかなことは伝えてある。

 それ以外となると交易品の交渉になるのだが、それは公爵の取り分が決まらないと先に話を進めることはできない。

 

 カイトの答えに納得したメルテは、頷きながら辺りを見回している。

 木造が基本のフゥーシウ諸島の家とは違って、石材がメインとなっているこちらの家の造りはメルテにとっては珍しいのだ。

 それが分かっているカイトは、敢えて何も言わずにそれに付き合っている。

 先ほどのように時々出て来る質問に答えつつ、二人はゆっくりと進んで行った。

 

 そんなことをしていると、とある大通りの一つで、またメルテが質問をしてきた。

「あれは、公爵様の家紋ではありませんか?」

「うん? あ、ほんとだ」

 メルテが示した先には、公爵家の家紋を拵えた馬車が一台とまっていた。

 しかもその馬車は、屋敷の家令が使うものではなく、公爵家の血筋の者だけが使えるはずのものだ。

 公爵が使っている馬車は、迎え入れた者が対応を間違えることのないように、明確な区別がされていて子供たちは大人たちからそれを叩きこまれている。

 

 馬車がとまっているのが、セイルポートでも五本の指に入るほどの大商会の前であることに気付いたカイトは、首を傾げていた。

「うちとの交易で得た品を売る……わけもないか。そもそも、こんな場所まで出て来る必要もないし」

 カイトとの交渉で得た物を転売するのであれば、商人を呼びつければそれで済む。

 それにカイトは、そんなせこい真似を公爵がするとは考えていない。

「私は、貴族は商人を呼びつけて買い物をするものだと思っていました」

「いや、それが普通だから」

 同じように首を傾げて言ったメルテに、カイトはそう捕捉した。

 そう考えるとやはり公爵家の人間が、わざわざ一商会の店まで出て来る理由が分からない。

 よほど急ぎの用件でもない限りは、大抵のことは屋敷に呼んで済ませてしまうはずだ。

 

 二人そろって首を傾げつつ馬車に近付いて行くと、カイトはそこで顔見知りがいることに気付いた。

 店にいるはずの主を待っている御者が、馬車の様子を見ていたのだ。

 そして、点検を終えたその御者は、近づいてくるカイトたちに気が付いたのか、頭を下げてきた。

 

 そこまでされると、カイトしても無視をするわけにはいかない。

 きちんと傍まで近寄って挨拶することにした。

「お疲れ様です。このような場所にとめておくのは珍しいですね」

「そうなんですわ。連絡が来れば裏に回すことになっているのですが、いまのところ特にその様子もないので、どうすることもできませんでね」

「なるほど」

 表通りに店を構えられる商会ともなれば、きちんと人目につかない場所に駐車場のようなスペースを用意してある。

 そこにとめずに表にとめたままというのは、短い用事で済んでしまう場合がほとんどなのだ。

 だが、御者の様子からそれなりの時間を待たせられていると感じだからこその、先ほどのカイトの台詞に繋がるのだ。

 

 上司からの命令がない以上は、この場所から動くことはできない。

 御者の理由を聞いて納得したカイトは、軽く挨拶だけしてその場から立ち去――ろうとしたところで、御者以外の別の声に呼び止められた。

「おや。これは、カイト様」

 その声にカイトが振り返ると、公爵邸でよく会う家令の一人が少し驚いた表情で立っていた。

 そして、その隣には、いつの間にか顔見知りとなっているクリステルがいた。

 クリステルとは、最初の話し合い以降も関係者として公爵との話し合いに同席することが多い。

 

 そのクリステルは、カイトの姿を認めるなり何故かつんと視線をずらしながら家令に言った。

「何をしているの。今は、彼は関係ないですわ。早く戻りましょう」

 珍しく(?)尖った様子のクリステルに、カイトは内心で首を傾げながら家令に向かって頷いた。

「クリステル様もそうおっしゃっていますから、こちらはお気になさらずに」

「申し訳ございません。それでは、失礼いたします」

 お嬢様上司と板挟みになりそうだったのでカイトがそう助け舟を出すと、家令は一度だけ丁寧に頭を下げてきた。

 カイトとしては、そこまで公爵家の家令に丁重に扱われる必要はないのではと思いつつも、同じように頭を下げ返した。

 ちなみに、クリステルはこの間もカイトを見ようともせずに、さっさと馬車に乗り込んでしまっている。

 その横顔を見るだけで、虫の居所が良くないというのはカイトにも理解できる。

 

 

 家令を乗せて走り去っていく場所を見ながら首を傾げるカイトに、メルテが不思議そうに話しかけてきた。

「公爵家のお嬢様に当たる方なのでしょうが、どちら様でしょうか? カイトさんとも面識があるようですね」

 メルテがそう言うのを聞いて、カイトはようやく彼女がクリステルと面識がなかったことを思い出した。

「ああ、そうでした。お察しの通り、彼女は公爵のお嬢様で、クリステル様ですよ」

「クリステル様、ですか」

「ええ。特に絹のやり取りをするときには、最近では彼女がいることが多いですね」

「なるほど。そういうことですか」

 衣装関係のやり取りに、貴族の令嬢が関わるということは不思議なことではない。

 ただ、彼女の場合はカイトと同じような年齢で、その年でそこまで深く関わらせるというのは珍しいだろう。

 もっとも、絹(絹糸)に関してはカイトが直接関わっているので、年齢云々は二の次だともいえるのだが。

 

 いずれにしても、何やら不機嫌はクリステルを見ることになったカイトだったが、この後もメルテと一緒に町を歩き回っている時には思い出しもしなかった。

 そのことをカイトが思い出したのは、午後から行われた公爵との会談の時だったのである。

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