(24)クローバー神父と会話
公爵の屋敷を出てガイルと別れたカイトは、メルテを連れて孤児院へと向かった。
メルテは金銭契約しているわけではないので、きちんとカイトが宿泊場所などを世話しなくてはならない。
メルテ自身は船に泊まるので構わないと言っていたのだが、流石にずっと船で寝泊まりさせるというわけにもいかないだろう。
金銭を払えばいいのだろうが、それはメルテから固辞されてしまった。
普段の言動は優し気な雰囲気を漂わせているが、これと決めたら梃子でも動かないということは、これまでの付き合いでなんとなくわかってきている。
そうなると困るのが、セイルポートに滞在しているときの彼女の宿泊先である。
カイト一人であれば孤児院で過ごせばいいのだが、これから先セイルポートに戻るたびにメルテを孤児院に泊めてもらうわけにはいかない。
それであれば、カイトがメルテと一緒に宿に泊まることが最善になる。
とすると孤児院に戻るのも稀になってしまうので、ここできちんと挨拶をしておこうと決めたのだ。
勿論、これっきりで孤児院に戻らないというわけではないのだが、ある程度の区切りは付けておきたいというのがカイトの希望だった。
そして、孤児院に着いたカイトは、院長室でクローバー神父にこれから先のことについて話をした。
「――そうですか。分かりました。シスターたちにはそのように言っておきます。それにしても、元気そうでよかったです。あなたが彼女を連れてきたのには、驚きましたが」
「どうしてもということで、断り切れませんでした。今となっては、助けてもらっていることも多くありがたいのですが」
「それはよかった。義務感だけで一緒に居続けるのは、色々と大変でしょうからね」
カイトの胸の内をあっさりと見抜いたクローバー神父は、さらに視線をカイトからメルテへと向けてから続けて言った。
「押しかけるような形で迷惑をかけているとお思いでしょうが、あまり気にされないほうがいいですよ。カイトの場合、そちらのほうが負担に思うでしょうから」
思ってもみなかったアドバイスをもらえたメルテは、驚いたように目を見開いて、すぐに「ありがとうございます」と頭を下げた。
メルテは、自分が半ば押しかけるような形でセプテン号に乗ることになったことで、カイトが負担に思っているのではないかと気になっていたのだ。
メルテに一度だけ頷き返したクローバー神父は、今度はカイトへと視線を向けた。
「今回は半月近く留守にしていましたが、また成長したようですね」
「え? そうですか?」
全くそんな自覚がなかったカイトは、右手で頬を撫でながら首を傾げた。
「そうですよ。その言葉も態度も、以前にはなかった落ち着きを感じます。本当に、子供の成長というのは、きっかけさえあればあっという間ですね。あなたは、その中でも特にそうなのですが」
クローバー神父のその言葉に、カイトの心臓がドキリとなった。
見抜かれているわけではないだろうが、その成長が海人としての記憶が元になっているのは確実である。
別人になったと言われないだけましだが、それでも幼いころからのカイトを知っているクローバー神父は、時々鋭いことを言ってくる。
そんなカイトとクローバー神父のやり取りを、メルテは内心で安堵しながら見ていた。
これまでメルテが見てきたカイトは、年の割には大人びた――というよりも大人すぎる言動をしていて驚かされっぱなしだった。
先ほどまで行っていた公爵とのやり取りを見ていたメルテとしては、猶更である。
それが、クローバー神父を前にしたカイトは、見た目通りの子供のように感じる。
勿論クローバー神父が言っているように大人びているところは残っているが、それでも親を前にした子供っぽさを残している。
大人顔負けの交渉をするカイトも、きちんと子供らしさがあることを知って安心したのだ。
そんなメルテの考えなどつゆ知らず、カイトとクローバー神父の会話は続いていた。
「本来であれば、気にせずこちらに泊まればいいと言いたいところですが、そういうわけにもいきませんね」
もしメルテを孤児院に泊めることを認めてしまえば、他の孤児たちも同じようなことを言い出してくる可能性がある。
冒険者となって活動している孤児が、別の町で知り合った他の冒険者を連れてくるなど、いくらでも同じような状況は発生しうるのだ。
それを考えれば、安易に泊まっていけばいいと言えないのが、クローバー神父としての立場なのだ。
カイトもそのことは十分にわかっているので、すぐに頷き返した。
「勿論です。そんな無理を通すつもりはないですよ。ですから、こうして挨拶に来たんです」
「そうですか。まあ、カイトであれば大丈夫だとは思いますが……少なくとも見た目ではまだまだ子供だと見られるということを忘れないようにしてください」
「はい。助言ありがとうございます」
「それから、学園に関しては、必要であればいつでも来てください。保護者としての責任はきちんと果たしますから」
魂使いとして通うためには、後ろ盾の代わりになる保護者の認めが必要になることがある。
根無し草だからといって入学が認められないわけではないが、そうした存在がいた方が何かと便利であることには違いない。
頷くカイトを見ながらクローバー神父は、さらに続けて言った。
「ただ、あなたの場合は、私の認めは必要ないでしょうか」
どういう意味でクローバー神父がそう言ったのかをすぐに察したカイトは、苦笑しながら首を左右に振った。
「確かに公爵家とは頻繁にやり取りをしていますが、そこまでの仲になっているわけではありませんよ」
「今はカイトの態度がそうだからでしょうが、望めばいくらでも後ろ盾くらいにはなるのではありませんか?」
あくまでもビジネス上での付き合いだと言うカイトに、クローバー神父がそう確認してきた。
クローバー神父は、しっかりと現在のカイトと公爵の関係を把握しているのだ。
どうしてこれだけ鋭い人が孤児院の院長なんて立場にいるのだと昔からの疑問を脳裏に浮かべつつ、カイトは首を傾けた。
「そうでしょうか? そうなったらそうなったで、色々と厄介なことが出てきそうなので、今のところは考えていませんよ」
「全く、公爵家に後ろ盾についてもらって露払いしてもらったほうが楽になるでしょうに……強情なところは相変わらずですか」
そう言いながら何処まで行っても我が子を見つめるような親の目をするクローバー神父の視線を感じて、カイトは居心地悪そうに身動ぎをした。
いくら前世の記憶があるといっても、小さい時から育ててもらったクローバー神父を前にすると、どうしても子供であるという意識が強くなってくる。
さらに、隣に座っているメルテの生暖かい視線も察しているからこそ、どうしても気恥ずかしさを感じているのだ。
そんな感情を振り切るように、カイトは話題を変えることにした。
「その性格は、間違いなく神父様のものを受け継いでいるのだと思います」
「そうですか? まあ、そういうことにしておきましょう」
含むような笑いを向けてきたクローバー神父を見たカイトは、これはどうやっても勝てないと内心で白旗を上げることにした。
恐らくこの先、何があってもビジネスは別にして、こうしたやり取りをしている限りはクローバー神父に勝てることはないだろうと確信してしまった。
それはそれで心地よささえ感じているのだから、カイトとしても何の不満もない。
そして、クローバー神父と話をしながらそんなことを改めて自覚するカイトなのであった。
久しぶりにクローバー神父登場。
そして、年相応に戻るカイト。
※訂正連絡
感想でのご指摘にて、今の章で出てきたダンとガザルクが逆に扱われていることが判明しました。
話数的には12話からになります。
すでに修正済みですが、読者の皆様に混乱させるようなことになってしまい、申し訳ございませんでした。
ただ、慌てて直したので、まだ直ってないところがあるかも知れません。
その場合は、容赦なくご指摘ください。
m(__)m
ダン……護衛のために派遣された聖闘士。
ガザルク……デボラの幼馴染




