(22)公爵への報告
「無事に戻ったようで、ご苦労だったな」
カイトたちと対面した公爵は、最初にそう言って労った。
無事に航行が終わっていることはカイトと話をしていて知ってはいるが、ガイルがいることでさらに安心できたというところだ。
それに、一緒にメルテがいるということも大きい。
公爵が、部屋に入ってきた時から視線がたびたびメルテに向かっていることからもそのことが分かる。
「お陰様で無事に帰ることができました。それから、例の海域にはある方法を使ってはいることができました」
「うむ」
公爵は、セプテン号が無事であることはカイトからの事前の報告で知ってはいたが、詳しい話は敢えて聞いていない。
カイトが航行中のセプテン号とセイルポートを自由に行き来できる事実は、公爵としてもあまり周囲に知られたくはないことなのである。
そのため、カイトが来た時には、できるだけ養蚕に関する話だけをするようにしているのだ。
カイトの言葉に一度頷いた公爵は、詳しく話すようにと視線だけで促した。
「まず、フゥーシウ諸島が強力な結界で守られているというのは事実です。結界を維持しているのは島の者たちですが、大元を造ったのは神の一柱であるそうです」
「なるほど、神の御業によるものか。魔法使いどもが手に負えないと断言するのも当然だな。どの神かは分かっているのか?」
「大地神だそうです」
当然のように出てきた大物の神の名前に、公爵は盛大にため息をついた。
勿論これは、周りに見せつけるためにわざとやっていることだ。
非常に回りくどいやり方だが、こうすることで自分には手に負えないと口には出さずに知らせているのだ。
公爵という立場の面倒さにカイトが少し気の毒に思っていると、さらに公爵が続けて言った。
「裏付けは取れているのか?」
「勿論です。といっても、この場で証明しろと言われてもそれは無理ですが」
「当然だな。そんな無茶な事はこちらも言わんよ」
相手が五大神の内の一柱である以上は、下手なことを言うことはできない。
カイトのコンが神の一柱であることは知っている公爵だが、大地神ということまでは知らないのだ。
神の一柱が国神として実際に存在している世界であるがゆえに、基本的に神が関わっていることには無理をしないというのは暗黙の了解となっている。
中にはその無理を押し通そうとする貴族もいるが、公爵家のような大きな家がそんな冒険を犯す必要はないのだ。
場合によっては国神から見限られてしまう可能性もあるのだから、それも当然だろう。
ロイス王国内ではないのだが、神を怒らせるようなことをして国神から見放されて消えた貴族家が存在しているので、それも教訓の一つとなっている。
大地神が結界に関わっていることを直接証明してもらうことは諦めた公爵だが、その視線はメルテへと向いていた。
「君は島の住人だと思うが、あちらでは大地神が信仰されているのかな?」
「そうです。私は大地神様の巫女になります」
「なるほど。その格好を見てそうだろうなと思っていたが、実際にそうであったか」
メルテの言葉に、公爵が感心した顔で頷いた。
カイトたちが住んでいる大陸では、女性の聖職者のほとんどがそれとわかるローブを纏っている。
メルテが着ているような巫女服は、まったく存在していないわけではないが、珍しい存在であることは間違いない。
ましてや、数そのものが少ない人獣が着ている確率は、かなり少ないといってもいいだろう。
巫女服を着た人獣がフゥーシウ諸島の出であることまで分かるわけではないが、稀有な存在であることには違いない。
メルテが町中を歩いていて注目を集めていたのは、そうした理由もあったのだ。
必要以上に注目を浴びていると考えていたカイトだが、公爵の言葉を聞いてようやくその理由に思い至って内心で納得していた。
そんなことを考えていたカイトに、再び公爵の視線が向いた。
「それで、もう一度あの海域に入ることは可能なのか? 彼女がこうして来ている以上は、不可能ではないと思うのだが?」
「ええ。ご推察の通り、私の船だけであれば何度でも往復は可能になります。今のところは、ですが」
「今のところは、か」
敢えて含みを持たせて言ったカイトに、公爵はそれだけを返して先を続けるように促す。
「やろうと思えば、他の船の出入りを認めることもできるそうです。ですが、過去の経験もあって、これまで外部から閉ざした生活を送っていたので敢えてそれを今すぐ広げようと考えるとは思えません」
「なるほど。現状だと、確かにその通りだろうな」
フゥーシウ諸島の人獣たちが大陸にいる人獣たちと違ってその血統を守れているのは、まさしく外部との接触を断ってきたからだ。
もし容易に他の人族が入り込めるようになれれば、大陸と同じような状況になる可能性は否定できないどころか、高いと言っても過言ではない。
さらに、交易だけに絞るのであれば、わざわざ外から商船を入れるのではなく自分たちで船を造って外洋に出ればいい。
海域の外に出て交易を始めた人獣が裏切ることもあり得るが、外から商船を受け入れるよりははるかに信用できる。
そうした理由からカイトは、フゥーシウ諸島にいる人獣たちが外との関わりを積極的に行うとは思えないと言ったのだ。
ただし、これらはあくまでも現状の分析であって、将来的にどうなるかは分からない。
公爵も当然のようにそのことには気が付いていて、カイトに含みを持たせるような視線を向けている。
「なるほど。確かにそうだろうな。しかも、今回のことであの辺りの海域が聖域に近いような状態であることが分かった。下手に手を出そうとする者はいないだろう。無論、人獣たちが望んだ場合は別だろうがな」
「それはそうでしょう。ですが、それを望むのは人獣たちなので、こちらが止める必要性はないかと思います」
フゥーシウ諸島から人獣たちが出て来る分には構わないと宣言したカイトに、公爵も頷いていた。
今話したことは将来起こり得る可能性の一つでしかないが、そうした可能性を考えて事前に話をしておくのも突発的なトラブルを避けるためには必要なことだ。
「とはいっても、島の人獣たちがこちらに出て来ることを望んだとしても、実現するのは当分先のことになるかと思います」
「ほう? それは何故だ?」
「簡単な話です。彼らには、安全に海を渡って来られる船がないのですよ」
「はて……? 彼らの祖先は、その海を渡って諸島に行ったのではないか?」
「そうなのですが、そもそも船を造る技術が無く、用意してもらった船を使って渡った可能性のほうが高いかと考えています。もしくは、魔法を使って移動させてしまったか」
公爵は、カイトの説明を聞いて、すぐに諸島を守っている結界を造ったという大地神のことを思い浮かべた。
人獣という種を守るために、大地神が直接動いていたのであれば、その程度のことはしているだろう。
大地神は、それくらいのことを簡単にやってのけると思われているような神なのだ。
「確かにその可能性はあるだろうな。というよりも、高いと考えるべきか。いずれにしても、彼らがこちらに来られるようになるのは、難しいということか」
「誰かが最新の船の造りかたを人獣たちに教えるなどしない限りは、そうなるでしょうね」
そう言ったカイトの言葉の中に重要なことが隠されているということに公爵が気付くのは、もう少し経ってからのことなのであった。




