(18)笛の改良
フォクレス島での買い付けを終えたカイトたちは、その後数日をかけて他の島を回った。
フゥーシウ諸島は大まかに三つの地域に分けられており、それぞれの地域で特徴のある品が作られていることが分かったからだ。
その代表例はガザルクが主張していたお酒であり、それ以外にも大陸にもないような陶器が作られていた。
とはいえ、今回買い付けたものは、大陸への距離のことも考えて嗜好品か贅沢品の類のものばかりになる。
食品関係は、まだまだ調査が足りないこととそもそもフゥーシウ諸島の品の扱いがどういうことになるのかが分からないということで見送った。
今後、新しく船を造って定期的に交易をするようになればそうした商品にも手を出すかもしれないが、今のところはそこまで手を出す余裕がないというのが実際である。
島々を回ってから挨拶をするために最後にフォクレス島へと戻ったカイトは、シモナと話をしながら驚きの声を上げた。
「えっ!? では、もう育成が始まっているのですか?」
「ええ。二日ほど前に天使様が訪ねてきて、今では巫女たち数人が準備に追われています」
「それは……お疲れ様です」
若干疲れた様子に見えるシモナに、カイトは多少不憫に思いつつ頭を下げた。
いくらフアが気合を入れている事柄とはいえ、天使たちも張り切りすぎだと思わなくもない。
そんなことを考えたカイトに、シモナは首を左右に振った。
「私たちから望んだことなので、使徒様が謝っていただく必要はありません。それに、私たちにとってはありがたいことでもありますから」
「私は神職にいたことはないので分からないのですが、その感情は理解できます」
海人の記憶では、蚕そのものをありがたがって育てていた。
そういう意味では、カイトと巫女が抱いている感情は似ているところがあるのだろう。
自分の言葉に目を細めたシモナに、カイトはさらに続けて言った。
「とりあえず、順調に始まっていることは嬉しいことです。次回はいつ来るかまだ具体的には決まっていませんが……って、何?」
カイトが最後の挨拶をしようとしたところで、急に足元にいたフアが足にしがみついてきた。
フアがそんな甘えるような動作をすることは珍しいので、カイトは何か意味があるのだろうとすぐに察した。
この場にいるのは、フアの正体を知っている者たちだけなので、いきなりカイトが矛先を変えたことを咎める者もいない。
その場にいる全員の注目が集まる中、フアは部屋の出口へ向かった。
「付いて行けばいいの?」
カイトがそう問いかけると、フアは大きく首を縦に振った。
それを見ていた皆は、それぞれ視線を交わしてから立ち上がる。
フアの行動の意味は分からないが、意味のないことはしないだろうということは、全員が理解しているのであった。
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全員が揃ってフアの後を付いて行くと、たどり着いた先は例の多面体がある部屋だった。
「何か話がしたくてここまで来たんだろ? 何か忘れていたことでもあったのか?」
『うむ。忘れていたというよりも、ようやくできるようになったというべきかの。とにかく、例の笛を貸してくれないかの』
フアの言葉に首を傾げつつ、カイトは常にポケットに入れている笛を取り出して渡した。
笛を器用に狐の両手で挟み込むように受け取ったフアは、口で咥え直してから多面体へと近づいて行った。
そして、フアが笛を咥えたまま鼻先を押し付けると、多面体が弱い光を放った。
前回の時と違って今回の光はさほど強くなく、一瞬で終わったので目をかばう必要はなかった。
「――何をやったんだ?」
『せっかくだから、ここにもすぐに船から転移できるように笛に機能を追加した。ただ、一つ目の場所と違って、ここに来ることができるのは其方一人だけじゃが』
これで、笛を使って転移できる場所は二カ所になったというわけだ。
「え、えーと、それっていいのかな?」
カイトたちがいる場所は、人獣たちにとっては重要な場所になる。
それを勝手に転移して来られるようになるのがいいことなのかわからずに、カイトは思わずシモナを見た。
「ここに来られるのが使徒様だけなら問題ないでしょう。そもそも、その笛が無かったとしても、主神様の御力で自由に出入りできるのでは?」
『神域を経由すれば可能じゃの』
さらりと告げられた事実に、カイトはなるほどと納得した。
そもそも笛を使おうが神域を経由しようが、神の力を使って出入りすることには変わりないので、巫女たちには止めようがないのである。
とはいえ、人獣たちにとっては重要なこの場所を勝手に出入りするという抵抗感は、まだ少なからず残っている。
そんなカイトの気持ちに気付いているのか、シモナが少しだけ笑ってから言った。
「それに、使徒様が自由に来られるということは、私どもにとってもありがたいことですから。今後、使徒様には相談すべきことがたくさん出てきそうですから」
セプテン号がフゥーシウ諸島入ってきたことで、島の歴史は大きく動こうとしている。
現在はセプテン号以外の船の出入りは認められていないが、外との交易が始まれば他の船と取引を望む声が大きくなる可能性もある。
今のところそうした声は少ないが、先のことを考えればどうなるかは分からない。
頼りにしていますと言いたげな視線を向けてきたシモナに、カイトは内心でため息をついた。
「まだ成人していない子供に、何を求めているのでしょう?」
「ホホホ。この場にいる者で、使徒様を子供だと考えている者はいないですよ」
きっぱりとそう言い切られたカイトが周辺を見回したが、ガイル、メルテ、シモナの三人が同調するように頷いていた。
さらに、何故だかそれにフアまで加わっている。
ここで反論しても敗戦濃厚だと察したカイトは、突っ込むことを止めて他のことを言うことにした。
「あまりよそ者を信用するのは駄目だと思うのですが……」
「勿論ですとも。カイト様が大地神様の使徒でなければ、ここまで信用しておりませんよ」
当然といえば当然の回答に、カイトとしても「そうですか」としか返すことしかできなかった。
シモナたちからの信頼は、全てフアの使徒という扱いになっているからこそのものである。
そうでなければ、ここ数日での島での交渉もスムーズにはいかなかっただろう。
自分がここまで受け入れられているのはフアのお陰、とカイトは改めて自分に言い聞かせてからシモナを見た。
「それはそうですよね。とにかく、私がこちらに自由に来られるようになったのはいいとして、連絡手段はどうされますか?」
「それこそ、大地神様からお告げなりがあるのではありませんか?」
「あー、なるほど」
フォクレス島の巫女たちは、大地神に対する敬意の念はかなりのものであるのに、こういうときには便利に使い倒す(?)ような発言が出て来ることがある。
長い間フアとの直接の交流はなかったはずなのだが、それでも普段から色々な存在から『声』を聞いている影響がありそうだ。
少なくとも、自分が思い描いている宗教家の像を勝手に押し付けるのは止めようと、カイトは納得の表情になって頷いた。
そして、フアがこの場所まで呼んだのは、あくまでも笛の改良が目的だったようで、それ以上何かをしようとすることはなかった。
そのことを最後に確認したカイトたちは、神宮の部屋へと戻るのであった。




