(13)島の地下
塩の問題があると分かっても、海人としての記憶にあるのは社会見学として塩田を見て回ったのと、海洋系の授業の一つで基礎を習ったくらいである。
何も関わらずに生活していた者に比べれば専門知識はあるとはいえ、具体的に口出しできるほどではない。
そもそも、塩の流通に問題があると考えているのはカイトの勝手なので、下手に口出しするわけにもいかない。
メルテもちょっとした話題のつもりで話をしていたのか、具体的に突っ込んで話をしてくることはなかった。
さらに、結界内では外部の情報が入って来ることも無いため、現在の人獣の立場などの話題も上がっていた。
これはカイトやガイルからの話になるのだが、メルテだけでなく他の面々も興味深く聞いていたようである。
そんな話をしている間に、セプテン号は無事にフォクレス島に着いた。
ただ、セプテン号は勿論、大きな帆船を泊められるような港は、フォクレス島にはない。
そのため、島が用意した小さな小舟に乗って、カイトたちは移動を行うことになった。
そして、島に上陸したカイトたちは、無事にフォクレス島の中央にある神宮に着いたのである。
「――――やっぱり建物もこんな感じか」
「何か仰いましたか?」
ぼそりと呟いたカイトに反応して、先を歩いていたメルテが振り返りつつそう聞いてきた。
そのメルテに向かって笑みを浮かべながら首を振ったカイトは、感動と呆れの気持ちが混ざった感じで近づいてくる建物を見ていた。
木造が基本となっているその建物は、メルテとシモナが着ている巫女服と合うように、しっかりと日本の神社風になっていたのである。
屋根もしっかりと瓦になっているのが、なんともいえないこだわりを感じる。
カイトたちが住んでいる大陸では、全くないわけではないが珍しい建築物に、ガイルたちは感心した様子で並んでいる建物を見ている。
それを視界の端に入れつつ、カイトは視線を自分の足元を歩いているフアへと向けた。
巫女服を始めとして、目の前にある建物群が誰の影響を受けているのか、考えるまでもなく丸わかりである。
そんなカイトの視線を感じているのかいないのか、フアは気にする様子もなくいつも通りの足取りで歩みを進めていた。
「いや。何でもないですよ。それにしてもこちらの建物は珍しいと思うのですが……?」
カイトがそう言うと、メルテは若干困ったように小首を傾げた。
「そのようですね。私たちにとっては当たり前にある造りなので、珍しいと思ったことはなかったです」
「そうなんですね。大陸にはほとんどないはずなので、こちら特有の建物のはずです」
「そうですか。そうだとすれば、不思議に見えているのでしょうね」
「どうでしょう? 地方によって建物の造りが変わるのは、船乗りにとっては当たり前の感覚ですから、不思議というよりはやはり珍しいという感覚のほうが強いと思います」
「やはり同じ大陸でも建物の造りは違っているものなのでしょうか?」
「そうだと思いますよ。まあ、私は見た目通りに船乗りになったのは最近なので、具体的なことはお話しできませんが」
さっくりと見た目通りの年齢だと告げたカイトに、メルテはもう一度「そうですか」とだけ言って頷いていた。
そんな軽い話題をしつつも、カイトたちはゆっくりと本宮へと近づいていた。
そして、ようやく本宮の入り口である門に近付くと、そこでは五人ほどの巫女たちが待っていた。
「巫女頭様、お客様をお連れ致しました」
メルテが頭を下げてからそう言うと、中央にいた狐顔の人獣が一歩前に出てきた。
「メルテ、それからデボラ、ここまでお疲れさまでした。それからセイントの皆様もご苦労様です。ご案内はこちらまでで結構です」
「しかし――」
カイトたちがいる以上は護衛は必要だと言おうとしたダンに、シモナが首を左右に振って止めた。
さらにシモナは、真っ直ぐにカイトへと視線を向けながら続けて言った。
「お客様も皆様も、わざわざこちらまでご足労頂きありがとうございます。詳しいお話は、中で致しましょう」
「わかりました」
シモナの提案に、反対するつもりなどなかったカイトは、すぐに頷き返した。
自己紹介も何もしていないのに、すぐに一番年下に見えるカイトがリーダーだと見抜いたことについては何も言わない。
メルテの上司に当たるシモナであれば、それくらいはできて当然だと考えたのだ。
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当たり前のように靴を脱ぐように言われて建物の中に入ったカイトたちは、畳づくりの部屋に案内された。
そこでシモナが、当たり前のように言ってきた。
「ここから先は、カイト様とガイル様だけでお願いいたします。あまり不用意にお客人を近づけて良い場所ではありませんから」
「問題があるのでしたら、私たちも控えますが?」
「カイト様と保護者の方だけでしたら問題ありません。ただ、全員を連れて行くとなると、色々と言われることもあると思います」
何やら断りにくい誘い方をしてきたシモナに、カイトとガイルは思わず同時に顔を見合わせた。
さらにカイトはフアにも視線を向けたが、子狐はいつものように特別な反応は示していなかった。
それでもカイトは、シモナの言うとおりにした方がいいと判断して頷き返した。
「わかりました。一緒に着いていけばよろしいのでしょうか?」
「はい。お手数をおかけいたしますが。――それから、メルテとデボラも来るように」
シモナがそう付け加えると、二人は驚いた様子になって顔を見合わせていた。
先ほどの自分たちと同じような反応を見せたメルテとデボラを見て、カイトはこれから行く先がこの島で暮らす人獣たちにとっても重要な場所であることがわかった。
一瞬、厄介なことになりそうだなと考えたが、今更断るわけにもいかない。
それに、ここで断ってしまえば、折角ここまで来た意味がなくなってしまう。
何となくそんなことを思ったカイトは、何か言いたそうな他の仲間たちに申し訳ないと無言のまま手を合わせてからシモナの後をついていくのであった。
シモナが案内した場所は、本宮の中央にある部屋――ではなく、さらにその奥にある地下の部屋だった。
そこは部屋というよりも、単に土をくり抜いて作ったただの空間になっている。
しかし、その空間がただ掘っただけの穴ではないことは、火の光源がないことからもすぐにわかった。
空間の中央に置かれている多面体構造の透明な物が、わずかに光を発しているのだ。
それを見て思わず感嘆の溜息をついたカイトは、独り言のように呟いた。
「見事だな」
『そうであろ? なかなかの自信作だからの』
カイトの呟きに反応したのは、メルテを始めとした巫女組ではなく、カイトの足元にいたフアだった。
フアの声は耳を通して聞こえて来る普通のものではなく、直接頭の中に響いてくる不思議なものだった。
最初はそのことに気付かなかったカイトだったが、フアとは反対側で驚いていたガイルの顔を見て気が付いた。
「あれ? 話ができるってことは、ここも神域?」
『似て非なるものじゃの。まあ、ここであればいつでも話ができるというのは、神域と変わらないのだがの』
「へー、そうなんだ」
フアからの答えにカイトはのんびりと返したが、ここで巫女組の様子に改めて気が付いた。
シモナ、メルテ、デボラの三人は、フアに対して最上位の礼をしていたのである。




