(11)最初の話し合い
メルテには色々と――特に神様関係のことは見抜かれていると判断したカイトだったが、全てを他の者たちに話すつもりは今のところない。
そのため、言葉を選びつつメルテと話をすることにした。
そのメルテも、カイトの意図を汲んだのか、あるいは神に関わることを気軽に口にしては駄目だと判断したのか、先ほど話をしたこと以外は特に突っ込んでくることはなかった。
「――それで、何故フォクレス島の巫女が、わざわざこんなところまで来たのでしょう?」
カイトにとっては一番の関心事だったので、まずはこのことを聞くことにした。
――のだが……。
「主神様からの『声』を聞いたからです」
あっさりと返ってきた答えに、カイトはキョトンとした表情になる。
メルテの言った言葉の意味が分かるまで数秒かかったカイトは、横に座るガイルが同じような表情をしていることを確認して安心した。
そして、改めて人獣たちを見たが、全員がそれが当然という態度を取っていることに内心で頭を抱えた。
「ええと……? こちらの巫女は、神様の声を聞くことができる――と?」
「時と場合によりますが」
これまたあっさりと返ってきた答えに、カイトは思わず自分の膝の上で寛いでいるフアへと視線を向ける。
その視線を感じたのか、フアはカイトにだけ分かるように、もぞもぞと頭を動かしていた。
その動きでフアが何かを伝えたと理解したカイトは、曖昧な表情で頷いた。
「そうですか。ちなみに、その内容は私が聞いても?」
「それは構わないのですが……よろしいのでしょうか?」
逆にそう聞き返されたカイトは一瞬意味が分からなかったが、メルテの視線が机に隠れて見えないはずのフアに向けていることに気が付いた。
さらに、その視線がカイトに向けられたことから、自分とフアの関係に関わることだとわかった。
今のところカイトは、自身のコンが神の一柱であることを全ての乗組員に話しているわけではない。
この場にいるのがガイルだけなら問題はなかったのだが、さすがにここで話をされると困ることもあるかもしれない。
そう考えたカイトは、考えるふりをしてから首を振った。
「いえ、止めておきましょう。私では本当に神の言葉かどうかは判断できませんし、それに振り回されるわけにもいきませんから」
本当かどうかも分からない言葉に振り回されるわけにはいかないと言ったカイトに、メルテは「そうですか」とだけ返してきた。
今の言葉は、聞きようによってはメルテの言葉を信じていないと言っているようにも聞こえるが、フアの正体に気付いているらしいメルテだからこそ、カイトは敢えて言ったのだ。
その代わりに、フアのことを分かっていない他の人獣たちは、微妙に周囲の空気が変化していた。
それに気付いたメルテが、仲間たちを見回してから首を振った。
「よろしいのです。こちらの方々は、私たちのことをよく知らないのです。そうおっしゃられるのも仕方ないでしょう」
メルテはそう言って他の者たちの言葉を封じ込めて、さらにカイトを見ながら言った。
「こちらからの提案――というか、お願いなのですが、これからこの船でとある島に向かっていただけないでしょうか? そちらでしたらより詳しくお話しできると思います。それに、今のままでは自由にこの辺りを航行することも難しいでしょうから」
「なるほど。そういうことでしたら、船を移動させます」
メルテの提案に、カイトはこれ幸いと頷くのであった。
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まずは軽い打ち合わせという感じで、最初の話し合いはすぐに終わった。
メルテたちは現在、乗組員の一人に案内されてお客様用の部屋に向かっている。
メルテが提案した島までは、最低でも丸一日以上はかかりそうだったので、休んでもらうことにしたのだ。
ちなみに、メルテから部屋は男女で別れられるようにしてほしいという要望があったので、きちんと二部屋用意するように言ってある。
そして、話し合いで使った部屋に残ったガイルは、他に誰もいないことを確認してからカイトに聞いてきた。
「あれでよかったのか? 向こう……というか、あいつは分かっていたみたいだが?」
カイトがメルテの様子に気付いていたのと同じように、ガイルもしっかりと気にしていたのだ。
「積極的にばらす……というよりも、こっちの事情を察して黙っていてくれているみたいだから、良いんじゃないか? それに、止めようもないし」
メルテは、話し合いの場でフアのことを話そうと思えばいつでも話せた。
だが、それをしなかったということは、少なくともカイトの事情を察しているということだ。
「そうなんだが、そのことを盾に色々と交渉を進められたりしないか?」
「それは、交渉の内容によるのでは? 現時点で向こうが何を考えているのかもわからないし。それに、そもそもフアのことで話を有利に進めるなんてことはできないから」
「何故だ? 隠し事をばらすと言われるだけで有利になるだろう?」
「いや、そもそもフアが神の一柱であることを隠すつもりがないから。今は、騒ぎになるから抑えているだけだし」
セプテン号のことだけでも騒ぎになっているのに、それに加えて神をコンとしているなんてことが広まれば、大騒ぎどころではない。
カイトがガイルや公爵家の面々に話をしたのは、騒ぎを最小限に抑えるだけではなく、そこから徐々に広まっていってもいいと考えたからである。
もっとも、どちらもカイトのことを考えてか、噂として広がるようなことも起こっていないのだが。
隠す気があるから交渉の材料となるのであって、そうでない場合は材料にすらならないと言ったカイトに、ガイルは納得の表情で頷いた。
「なるほどな。カイトがそれでいいんだったら、それで構わない」
「うん。それで、ついでだから言うけれど、ガイルも無理をしてまで隠す必要はないから」
「わかった。まあ、その時が来たら適当に話すさ」
カイトのコンが神の一柱であることは、ずっと隠し通すことができるとは二人とも考えていない。
いずれはどこかから話が漏れるか、もしくは誰かが推測をしてそれが噂として広まることも考えられる。
セプテン号というあり得ない能力を持った船がある以上は、そうした事態を避けることは不可能である。
そうした噂を一つ一つ潰していくことは非現実的で、であるならば最初から広まることを前提に行動していた方がいいのだ。
カイトのコンについてはいつでも付きまとう問題なので、話はすぐにメルテたちに関することに移った。
「それにしても、ここいらでは巫女の地位は意外と高いのか?」
「この辺りの海域が、神の創った結界で守られていると考えたらあり得るんじゃないか? あくまでも推測だけれど」
カイトは、この結界を維持しているのが巫女たちの働きによるものだということまでは分かっていなかったが、それくらいの推測はしていた。
そうでなければ、周囲にいた巫女以外の者たちの態度の意味がわからなくなる。
勿論、関係者だけを集めているという可能性も考えられるので、必ずしもフゥーシウ諸島全体でそう扱われているとは考えていない。
いずれにしても、今ここで話していることは推測でしかない。
まずはお互いに慣れるということで初めての話し合いは短めで終わったが、これから色々な話が出て来るはずである。
それらを精査して、現在のフゥーシウ諸島で人獣たちがどのような生活を送っているのか、それを調べることが先決なのである。




