(10)フォクレス島の巫女
縄梯子を下ろした時点で歓迎――はともかく迎え入れている意志を示すことになる。
ガイルからそう教わったカイトは、教えてもらったままに、縄梯子を下ろす指示を出した。
その間にも小舟はセプテン号に近寄ってきていて、小舟に乗っている者たちの姿かたちもはっきりしてきた。
小舟に乗っている人数は全部で六人、その全員が人獣だった。
「――おいおい。まさか、本当に人獣だけが住む場所だってのか」
いささか呆然とした様子で呟いたガイルに、カイトは無言のまま頷く。
ただ、カイトの驚きはガイルほどではない。
ガイルや他の乗組員たちは船乗りとして各地に赴いているからこそ人獣の希少さを理解しているが、カイトはそれほどではないのだ。
それよりも、カイトが気になっているところは別にある。
「やっぱり、武装はちゃんとしているみたいだ」
「それはそうだろ。いくら同族だからといっても、争いくらいはあるだろうからな」
「いや、そういうことじゃないよ。剣を持っているということは、鉄を精錬する技術があるということだから」
「いや、それは少し侮りすぎじゃねえか?」
ガイルにはカイトの言いたいことがいまいちわからなかったのか、そんなことを言ってきた。
カイトが気にしているのは、人獣たちがこの海域で暮らすようになってから――もしくは、結界で隔離されてからどれくらい経っているのかということだ。
人獣が自分たちの力で精錬する技術を見つけたならともかく、そうでない場合は最低限の技術がある状態で隔離されたということになる。
このことは、人獣たちと話を進めるうえで、非常に重要なこととなる。
鉄だけが文明の技術レベルの指標になるわけではないが、一番わかりやすいものであることには違いない。
なぜなら鉄の技術に関しては、カイトのような子供でもある程度は大人から教わっているからである。
それから、人獣たちがどのような社会を営んでいるかはわからないが、武器を持つものが先に来ている様子からも考えなしの行動ではないということもわかる。
それらのことからカイトは、人獣たちは少なくともそれなりの文化レベルを築いていると判断した。
「ようこそ、セプテン号へ。あなたが代表ということでいいでしょうか?」
たぶん違うだろうなと思いつつ、カイトは最初に上ってきた犬族の人獣にそう聞いた。
「いや。代表者はこれから上がってくる。話はそれまで待っていてほしい」
人獣たちは二足歩行なので喉の構造はヒューマンと変わらないが、口の形は種族によって違う。
とはいえ、犬族が発した声は多少くぐもっている程度で、聞き取れないほどではなかった。
そのことに安堵したカイトは、犬族の人獣に頷いて了承したが、内心では安堵していた。
と同時に、ふと不思議に思ったことがある。
少なくともカイトが生まれ育ってから言葉に困ったことはない。
前世の記憶を持っているからこそ持てた違和感なのだが、違う言葉を話す地域があるということを聞いたことがなかった、
そのことに何の意味があるかはわからないが、頭の片隅に置いておこうとカイトはひそかにそんなことを考えていた。
一人目の人獣が登り切ってからすぐに、二人目の人獣も縄梯子を登ってきた。
それに続くように三人目も同時に上ってきたことから、二人目が護衛対象の一人であることはわかった。
二人目の人獣が登り始めたのを見て、一人目がひそかに緊張を強めたことも、判断する理由の一つとなっている。
もっとも、セプテン号内では武器の使用ができなくなっているので、彼らの苦労のほとんどは意味がない。
そして、二人目の狐顔の人獣が完全に登り切ったのを見たカイトは、予想外の姿を見て驚いていた。
その人獣が着ていた服装が、カイトにとっては懐かしさを感じさせるものだったのだ。
どういう経緯で人獣がその服――巫女服を着ることになったのかを察したカイトは、思わず視線をフアへと向けた。
どう考えてもその服を作るきっかけを作ったのは、フアの姿を見てのことだろうと想像したのだ。
その二人目の人獣――メルテは、カイトとは違った意味で驚いていた。
メルテの視線は、完全にカイトの足元で寛いでいるフアへと向けられていた。
巫女として修行をしているメルテは、その子狐から神威に近いものを感じ取っていたのだ。
その視線に気づいたフアは、クイと頭を持ち上げてメルテを見る。
フアからの視線と身にまとっている神威の意味を完全に理解したメルテは、思わずその場で膝をついてしまうことになる。
「「み、巫女様!?」」
突然のメルテの行動に、一人目の人獣とすぐ後に上ってきていたダンが驚きの声を上げた。
勿論、その二人だけではなく、カイトを含めた船の乗組員たちも驚いているが、二人はその比ではなかった。
膝をついてしまったのが無意識の行動だったメルテは、すぐにハッと我に返って首を振った。
「驚かせて申し訳ございません。ですが、話は残りの二人が来てからいたします」
二人の人獣にそう言ったメルテは、カイトに視線を合わせながらもう一度「申し訳ございません」と言いながら頭を下げた。
メルテのその様子を見ていたカイトは、完全に彼女がフアの正体を見抜いていると理解した。
着ている服装から彼女が神職関係にあるのではと予想していたが、フアとのやり取りでそれは確信に至った。
人獣の巫女がどのような修行を行っているのかはわからないが、それくらいのことはできてもおかしくはないと考えたのだ。
彼女が何を考えているのかはわからないが、残りの仲間を待つという言葉にも意味があるのだろうと考えて、カイトは頷き返すのであった。
自分たちの後に続いていたデボラとガザルクが上り切ったことを確認してから、メルテは改めてカイトを見ながら言った。
「大変、お待たせいたしました。まずはお互いの自己紹介からでよろしいでしょうか?」
「そうですね。……いや、どうせだったら部屋で話をしましょうか。船の狭い空間に入るのが嫌だというのであれば、こちらでも構いませんが……」
カイトのその申し出に、ダンやガザルクが何かを言うよりも早くメルテが首を振ってから言った。
「その必要はございません。神の船で、おかしな真似ができるとは思っておりませんから」
メルテのその言葉に、セプテン号の乗組員だけではなく、人獣たちの視線も集まった。
それらの視線の中に、巫女服を着た別の人獣のものもあったが、カイトは敢えて甲板では何も聞かなかった。
船の中の一室に入ってお互いの自己紹介を終えたカイトたちは、それぞれ用意された席についている。
フゥーシウ諸島の面々が五人だったので、カイトの側も五人になっている。
敢えて同じ人数にする必要はないのだが、この先の関係のことを考えて人数で威圧するような真似はしないことにしたのだ。
「――それで、先ほど仰っていた『神の船』とはどういうことでしょうか?」
何よりもまずそのことを確認したかったカイトは、敢えてその質問を先にした。
そのカイトの問いに、メルテは少しだけ首を傾げながら聞いた。
「私どもは、コンから与えられたモノのことを神の何々と称しているのですが、そちらでは違っているのでしょうか?」
「それは同じなのですが……いえ、そのことではなく、何故この船――セプテン号がコンからの贈り物だと?」
「そうしたことを見抜く目を鍛えることも、私たちの修行の一環ですから」
きっぱりとそう言い切ったメルテを見て、カイトは「そうですか」としか返すことができなかった。
その言葉の真偽はわからないが、メルテの隣に座っているデボラが頷いていたころから、巫女であればそういうこともあり得るのだろうと考えたのだ。
ストックがやばいので、明日の更新はお休みさせていただきます。
次回は2/19からになります。




