(6)不思議諸島へ
公爵とギルドの両方から情報を聞いた五日後には、セプテン号はセイルポートの港を出発した。
それだけの時間が経ったのは、これまでと違って既存の航路を進むわけではないので、色々な準備が必要になったためだ。
一応、調査船が何度か訪れている海域で、おおよそのかかる日数もわかっているとはいえ、侵入不可領域に入った後にどうなるかは分かっていない。
五日の間に集めた噂では、同じ場所から突入しようとしても全然違った場所に出て来ることもあるという話があった。
そのため、不測の事態に備えて、余裕をもって準備を進めたのだ。
初めての海域に向かうということで、海図の作成も含めていたためあまり速度は出さずに進んで行った。
そして、セイルポートを出発してから十日目の朝に、見張り番をしていた者が声を張り上げた。
「およそ十時の方向に島らしき影発見!」
その声が甲板に響くと、他に作業をしていた者たちも我も我もとそちらの方角を見始めた。
その中にはガイルの姿もあり、近づいてくる島を見ながら腕を組みながら言った。
「大体予想通りといったところか。多少のずれはあるが、誤差だろうな」
「副船長。そんなことを船長の前で言ったらどやされるぞ」
こちらの世界での測量は、カイトが知っているものとは違ってかなりいい加減なところがある。
そのためカイトは、こちらではありえないような精度で海図を作るようにしている。
勿論その方法は、カイトが初めにガイルが教えた航海術の中にも含まれていて、セプテン号に乗っている船員たちは全員叩きこまれているのだ。
笑いながら言ってきたその船員に、ガイルは肩を竦めながら答えた。
「わかっているさ。今回は、新しく作った海図で来たわけじゃないからな。これでだいぶ精度も上がるだろう」
「そりゃそうだが……また来ることはあるのか?」
「さてな。それは、今回の結果次第じゃないか? ――まあ、それはいいとして、俺は船長を呼んでくる」
「了解でさ」
島が見えた以上は、聖域とされている範囲内に近付いてきている。
このまま進んでどうなるか分からない以上、きちんとした判断ができるように船長にいてもらわなければ困ったことになる。
そのためにも、現在船長室にいるはずのカイトには、きちんと外に出てきてもらって指示を出してもらう必要があるのだ。
右手を上げながら船長室へと向かい始めたガイルに、その船員は軽く返しながらも視線は見え始めている島から離さないのであった。
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ガイルが船長室に来た時には、カイトは船の設計を行っていた。
ただ、実は船員が目標の島が見つけたときには、既にカイトはそのことを知っていた。
先んじて見つけていたアイリスが、カイトに報告に来ていたのだ。
ただ、島を発見した時の喜びを邪魔する必要もないかと考えて、誰かが呼びに来るまで待っていたのである。
そんなこととは知らないガイルは、少し真面目な表情になって言った。
「それで、どうするんだ? このまま何もせずに突っ込むだけか?」
これまで何隻もの船が無計画のまま突っ込んで、不思議海域に阻まれている。
セプテン号もただ突っ込むだけでは同じようなことになるのではないか、というのがガイルの問いの真意だ。
「まあね。まずは何もしないで進んでみようか。とはいえ、『まず』といっても、次の具体的な策があるわけじゃないけれど」
「結局思い浮かばなかったのか」
ガイルは、カイトがセイルポートを出航してからの間、不思議海域を超えるための策を練っていたことを知っているのだ。
少しだけ残念そうな顔で言ったガイルに、カイトは前を見て歩きながらさらに続けた。
「そもそも、話に聞くだけで具体的にどういうことが起こるかもわからないから。それでどうにかしろといわれても困る」
「そうだろうなあ」
「それに、もし向かっている海域がクエストの場所であれば、特に何もしなくても入れる……と思う」
「……なるほど。確かに、それもそうだな」
チラリと足元を歩いて着いて来ていたフアを見ながら言ったカイトに、ガイルも納得顔で頷いた。
とはいえ、コンは敢えて契約者に対して試練のようなことを行うことがある。
それを考えれば、クエストに関係するからといって、簡単にクリアできるようなものではない可能性もある。
その辺りのことは、コンと契約者との関係やクエストの内容によって代わって来るのである。
ガイルと揃って甲板へと出てきたカイトは、ほぼ正面に島があることが確認できた。
さらに、見えている島は正面に見えている大き目のものだけではなく、小さなものも含めて複数あることがわかる。
「これだけ見えているということは、そろそろかな?」
「そうだろうな。それで? どうするんだ? 一旦停止するか?」
ガイルがそう問いかけると、甲板に集まっていた他の船員たちの視線が集まった。
船員たちは、カイトが甲板に出てきたのを知って、どう判断するかと注目していたのだ。
それらの視線を一身に集めながら、カイトは気にした様子もなく首を左右に振った。
「いや。このまま進もうか。まずは、本当に別の場所に出るのかを知りたい――――っ!?」
カイトが言い終えるのとほぼ同時くらいに、船から見えている風景が一瞬にして変わった。
先ほどまで見えていた大きな島は見えなくなり、それとはまた違った大き目の島が見えている。
セイルポートで集めた噂では、不思議海域に突っ込んで出る先は突拍子もない場所ではなく、その周辺にまとまっているということになっていた。
それらのことから考えて、今見えている島々も諸島の一部だと判断できる。
当たり前だが前世の記憶があるカイトも、船がこれだけ奇妙な動きをする場面に遭遇したことはない。
そのため、一度船を止めて状況を確認しようとしたカイトだったが、それをする前にフアが動いた。
足元にいたフアは、ひょいとカイトの腰元にしがみついてきたのだ。
割と自由に動き回っているフアだが、流石にそんなことをしてきたことは今まで一度もない。
普通の狐であれば反動でよろけたりしていたのだろうが、そこはコン(神様?)ということで特に重さや勢いを感じることもなく、ただびっくりして「うわっ」と声を上げるだけで済んだ。
「突然、どうしたんだ?」
カイトは、しがみついたままのフアにそう問い返したが、勿論言葉での返しはなかった。
ただ、何かを訴えるような視線をフアから感じたカイトは、彼女がしがみついているあたりにあるポケットの中に入っているあるもののことを思い出した。
「……ああ、なるほど。そういうことか」
カイトが頷きながらそう言うと、フアはあっさりとしがみつくのを止めて地面に降りた。
フア降りるのを確認したカイトは、ポケットの中に入っていた笛を取り出した。
そして、笛を口にくわえたカイトは、敢えて船に乗降する時とは別の音を出した。
もし同じ音を出せば、登録してある場所に出ることは分かっている。
今回必要なのはその音ではないだろうと判断したので、違う音を鳴らすことにしたのだ。
カイトが笛から一定の高さの音を鳴らすと、その音が船だけではなく周辺にも広がっていった。
「お、おい!」
カイトが笛を鳴らすことをいぶかしげに見ていた船員の一人が、その変化に気が付いて別の船員たちに呼び掛けた。
その声に気が付いた船員たちは、視線をカイトから船の前方へと向ける。
さらに、その視線の先では、今までなかった光景が広がっていたのであった。




