(4)カイトとギルドの利害
公爵から聖域についての話を聞いたカイトは、そのすぐ後にガイルを伴って海運ギルドを訪ねていた。
セプテン号としての依頼は、今はガイルがほとんどを受けているのだが、ギルドカードの関係でカイトもいなければならない時がある。
今回はオーナーランクが上がったということもあって、その更新のために一緒に来ていたのだ。
そして、ガイルの用事とカイトの更新も無事に終わったところで、ギルドマスター――レグロがふと思い出した顔になって言ってきた。
「そういえば、お前さんは東にある不思議な諸島の話を聞いたことが……って、なんだ、その顔は?」
レグロが「東にある不思議な島」といったところで、カイトが微妙な表情になる。
「いや、もうね。ここまで同じタイミングで言われると、口裏を合わせているんじゃないかと疑いたくなりますよ」
敢えて名前を出さなかったカイトに、初めは不思議そうな顔をしていたレグロは、少ししてから何かを思いついたような顔になった。
「何だ。公爵様にも同じことを言われたのか?」
「まあ、そういうことですね」
カイトが公爵家を出入りしていることは、レグロにはしっかりと伝わっている。
そのため、隠す意味がないと分かっているカイトは、あっさりと頷いた。
渋い顔になって自分を見ているカイトに、レグロは笑いながら言った。
「言っておくが、別に口裏は合わせてないぞ? ただ、状況を考えれば、似たようなタイミングで話が出ることはあるだろうな」
「というと?」
「あの諸島は、あるのが分かっているのに手が出せないお宝のようなところだ。国もギルドも、入植できるならしたいと狙っていたからな。お前さんのような船が出てくれば、依頼をするのはむしろ当然だろう?」
カイトは東の不思議諸島のことは知らなかったが、船乗りたちの間では有名な話らしい。
ガイルや他の乗組員が話に出さなかったのは、単に他にも似たような噂の類がゴロゴロしているからである。
さらに、東の不思議諸島に関しては、聖域と認定されていることから船乗りの間では不可侵の領域として認識されている。
そうしたことが重なってあまりに有名すぎる諸島なので、カイトも当然知っていると勝手に思い込んでいたということもある。
船乗りたちのことはともかく、公爵やギルドの目的を知ったカイトは盛大にため息をついた。
「随分と露骨になっているなあ……」
「それは仕方ないだろ? それなりの付き合いになって来て、お前さんを相手にするときには、変に隠すよりも直接頼んだ方がいいと分かってきたからな」
「まあ、それは否定しないけれどなあ……」
公爵にも言われたが、聖域といわれるような不可侵の場所があると分かれば、カイトの場合は好奇心のほうが勝つ。
カイトの性格を段々と把握してきたレグロや公爵が、その点を突いてこないはずがないのだ。
乗せられていると分かっていても、やはり好奇心には勝てなかったカイトは、もう一度ため息をついた。
「行くのはいいんですが、依頼としては行きませんよ?」
「まあ、それはそうだろうな」
カイトの言い分に、ガイルは当然だという顔をして頷いた。
ギルドが調査依頼として出せば、そこで得た結果は完全にギルドのものとなる。
別にカイトは島――どころか諸島――を支配したいとは考えていないが、最初からギルドに手柄を取られると分かっていて行くのも面白くはない。
そういう意味を込めて言ってきたカイトに、レグロはさらに続けて言った。
「そもそもあの場所は、何があるかもわかっていないからな。もし入れたとして、植生に関して情報がもらえるだけでもありがたいさ」
「いや、そもそも、まだその海域に入れるかどうかも分かっていないのですがね?」
「それはそうだ。だから、あくまでも噂話の類だ」
「その上で、こっちが勝手に行って来て情報を持ち帰ってくれれば、ギルドとしては万々歳というわけですか」
「そうとも言うな」
ジト目になって言ったカイトに、レグロは真面目腐った表情で頷いた。
セプテン号の性能を利用して、ことあるごとにギルド側が何とか利益を得ようとするのは面倒といえるが、そもそもギルドや貴族に限らず誰が相手であっても損得勘定を抜きにした付き合いなどありえない。
普通の友人同士であるながらともかく、お互いに利益を得ている以上は、こうしたやり取りは必ず発生するものだ。
もしカイトがそうした行為を止めてくれとギルドに依頼すれば、それこそセプテン号という大きな力を持つ者としての押し付け(悪く言えば脅し)にしかならない。
そういう意味では最初の交渉も脅しの類にはなるのだが、後々やりやすくするために必要なことだったと割り切っているだけだ。
ギルドとはつかず離れずの付き合いをしていけばいいと考えているカイトは、ため息をついてから言った。
「確かにその島……というか諸島には興味があるけれど、ギルドにとっていい知らせになるかはわかりませんよ?」
なんとも微妙なカイトの言い回しに、レグロは怪訝な表情になった。
「どういうことだ?」
「簡単にいえば、今、私が受けているクエストに『人獣が住む島を探せ』というものがありまして――」
「あの諸島に住んでいる可能性があるというわけか」
事情をすぐに察したレグロは、カイトの言葉を最後まで言わさず食い込み気味にそう返した。
その時の顔は、言うまでもなく渋い顔になっている。
そもそも各ギルドは、国の権力とは一線を置いている立場にある。
そのため、人獣が住む島という政治的にとてつもなく重要な場所に関しては、あまり手を出したがらない性質がある。
もしギルドが手を出すとしても、政治的な介入を待ってからその後に支部を作るなりすることになる。
勿論、聖域として侵入不可になっている海域で、既に国家などがある場合はギルドの理念を理解してもらったうえでそこに乗り込むことになる。
既に国境などが引かれている場合は国や領主を相手に交渉すればいいのだが、未探索領域などは常にややこしい利害関係が発生するものだ。
自身が言った言葉に頷くカイトを見ながら、レグロは同じようにため息をつきながら続ける。
「まあ、今からそこを心配しても仕方ないだろう。そもそも、セプテン号が入れたとして、それ以外の船が中に入る手段があるかもわからんしな」
「そんなことを言ったら、そもそもギルドとして探索させる意味がないのでは?」
「そんなことはないさ。少なくとも一度は入って調査ができれば、内容次第では今よりもあの諸島に向かう船が増えるはずだ。あとは、持ち帰って来る資源が多くなれば言うことはないな」
ギルドとして支部を作れなくとも、不思議諸島に関わる仕事(依頼)が増えればそれだけでギルドの利益になる。
そのためにも、どんな資源があるのかを知るのは重要なことなのだ。
今は海域に入れないという前段階で止まっているので、中々そこまでの資金をかけて調査するということができていないのである。
どこまでも打算的なレグロの言い分だが、むしろその方がカイトにとっても分かり易い。
ただよりも高いものはないというわけではないが、ただの善意だけで有用な情報が得られるとはカイトも考えていない。
いくらギルドがカイトの後ろ盾になっていても、それとこれとは話が別なのだ。
カイトはカイトで自分にとっての利益を考えなくてはならない。
とはいえ、人獣の島のクエストが出ている以上は、あまり選択肢がないともいえる。
不可視の結界(?)に守られている聖域なんていう、あからさまに怪しい場所を放っておくわけにはいかないのである。




