(3)不思議な海域
デキスとシニスの特殊絹糸を使った技をガイルに見せたカイトは、開口一番に「また変な技を身につけたな」といわれていた。
カイトはこれまでも、部分的な身体強化の魔法を使ったり、簡単な小動物の召喚をして見せたりと、ガイルの前で一般的ではない技能を見せている。
そうした前科があるために、今回のその反応も頷けるというものだ。
カイトもガイルがそういった類のことを言ってくるだろうという予想はついていたので、開き直って笑った。
身体強化はともかく、自分が身につけている技能が普通ではないということは理解しているのだ。
それに、魔法に関しては教えてくれている教師がいいのか、日々成長していることを実感している。
自分の力が上がっていることが分かっているので、変といわれようが何も気にする必要はないと考えているのだ。
そんな自身の特殊(?)能力はともかくとして、カイトはセプテン号で食事の最中にガイルを含めた船の乗組員に人獣の島についての質問をしてみた。
だが、残念ながら帰ってきた答えは「そんな特徴的な島は知らない」というものだった。
そもそも、人獣たちが暮らしている島が見つかれば、それだけで船乗りたちの間で大騒ぎになることが確定している。
それが無いということは、少なくとも人獣たちが暮らす島は見つかっていないということだ。
それが分かっただけでも、こうして同僚たちに確認を取った意味がある。
「それにしても、人獣の島を探せ、ですか。船長のコンは、妙なクエストを出しますねえ」
乗組員の一人がそう言うと、他の面々も同じような顔をして頷いていた。
新しく入ったメンバーの中に魂使いはいないのだが、クエストの重要性は理解している。
「雲を掴むような内容だが、場合によってはそういったクエストは結構出て来るぞ?」
「そうなんですかい!?」
魂使いとしてはカイトよりも実績のあるガイルの言葉に、他の者たちは驚いたような表情になった。
コンが出すクエストは人によって様々だが、何でこんなことをといわれるようなクエストが出ることがあるというのは、魂使いの間では割と知られた話だったりする。
その実態をよく知っているガイルは、深々と頷いてから返した。
「ああ。人によっては、一生かけてもクリアできないんじゃないかってものも出るらしいぞ?」
「なんでまたそんなことを……?」
乗組員の一人が首をひねりながらそう言ったが、それに答える者は一人もいなかった。
コンが魂使いに与えるクエストに何の意味があるのかという命題に、明確な答えは出ていないのだ。
コンや魂使いについて研究している研究者ですら答えられないのだから、ごく普通の船乗りたちに答えられるはずもない。
「さてな。お偉い学者様ですら分からないことを、俺が分かるはずもない。それに、重要なのはどうやってクエストをクリアするかで、何故そんなクエストが出されるかじゃないからな」
「それもそうだ」
ガイルに続いてカイトがそう言って頷くと、残りも面々もそんなものかと納得していた。
彼らにとってはあくまでも食事の最中の話のタネの一つであって、明確な答えは求めていないのであった。
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セプテン号がセイルポートに戻ってきたその日に、カイトは一人で公爵家へと向かった。
元から公爵家に行くと約束していた日と、セプテン号が戻って来る日が重なっただけで、訪問日に合わせて帰ってきたというわけではない。
公爵はカイトが自由にセプテン号へと転移できることを知っているので、あくまでも公爵の都合に合わせた日になっている。
そんな忙しいはずの公爵は、カイトと養蚕についての話をするときには、必ず自身が出席するようにしていた。
それは、養蚕が領地にとって重要な産業になり得ると考えているからということもあるが、カイト自身が重要な人物だと認識しているためだ。
そのことをカイトは公爵本人から聞いて知っているが、あまり期待しないようにと一応謙遜しておいた。
養蚕業がきちんと領地に定着できれば、ここまで重視されることはなくなるだろうと考えているのだ。
そんな微妙な関係の下、カイトと公爵の打ち合わせ兼話し合いが毎回行われている。
「――ということで、一応初めて絹糸が取れたわけだが……」
「何か問題でもございましたか?」
何やら渋い表情になって言った公爵に、カイトは首を傾げながら問いかけた。
「うむ。まあ、そなたの場合は、見てもらったほうが早いだろう」
公爵は一度だけ頷いてそう答えながら、傍に控えていた家令の一人を見た。
公爵から視線を向けられた家令は、自身の傍に置いてあった台の上にあった箱を開けてその中から糸の束を取り出して、カイトが座る席の傍まで持ってきた。
そして家令は、カイトに向かってその糸を差し出した。
「こちらをご確認ください」
その糸が絹糸であることが分かったカイトは、すぐにそれを受け取って見始めた。
といっても、カイトが糸を見ていたのは、時間にして一分も経っていなかった。
「……なるほど。確かに、公爵が懸念するのは当然です」
「さすがに少し見ただけで気が付いたか」
「はい。まあ、色褪せているとまでは言いませんが、見る者が見れば品質が落ちていると言われるのは仕方ないでしょう」
「やはりそうなるか」
カイトの言葉に、公爵は最初から予想していたと言わんばかりの表情で頷いた。
公爵領で作った絹糸第一号は、当然のように事前に女性陣に確認をしてもらっており、その際にはあまりいい評価を得られなかったのである。
蚕は生物であり、餌や環境などによって育成に大きく作用する。
そのため、今回のような結果が出たとしてもカイトにとっては特に不思議なことではなかった。
「まずはきっちりと環境を整えていくことが重要でしょうね。その辺は回数をこなせば作業員も慣れていくでしょう」
「ふむ」
「あとは、しっかりと餌の安定確保できるようにすることでしょうか。餌の品質が悪ければ、糸にも影響が出ますから」
「餌と環境か。家畜にとっては重要な要素だな」
「そうですね」
品質向上には時間がかかると言いたかった自分の想いが伝わったと分かったカイトは、内心で安堵しつつ頷き返した。
安定して質がいい糸を生み出すためには、作業者の経験値というのが大きく関わって来る。
生き物を相手にしている以上は、それはどうしようもないことだ。
蚕の育成について細かいことをカイトに聞いていた公爵だったが、ふと思い出したような表情になった。
「そういえばそなたは、ここから東に行った場所にある不思議な諸島の話を聞いたことはあるか?」
「不思議な諸島……? いいえ。ありませんが、どういった不思議なのでしょう?」
「何でも島があるのは分かっているのに、一定以上の距離からは近づこうとしても近づけないらしいな。以前、国で大々的に調査に赴いた際に、聖域認定されているはずだ」
聖域というのは、ある特定の区域が神の保護する場所とされていて、地上にある神域という扱いになっている。
なぜいきなりそんな場所のことを言い出したのか分からずに首を傾げるカイトに、公爵は少しだけ笑いながら言った。
「何。そなたのあの船であれば、もしかしたら越えられるかもしれないと思ってな。聞けば、船もここに戻ってきているようだから、ちょうどいいかも知れないと思っただけだ」
「そういうことですか」
勿論公爵は、セプテン号が不思議な海域を乗り越えた際の利益のことを考えて話をしている。
もし、他の者が未到達の土地に行くことができれば、未知の産物を得られるかもしれないことを期待しているのだ。
カイトとしては、このタイミングでこんな話が出てきたことに、神々の介入を疑っていた。
聖域として守られている諸島だとすれば、もしかしたら人獣たちが住んでいてもおかしくはないと考えたのだ。
だが、答えをくれそうなフアは、知らぬ顔をしてテーブルの上に丸まっている。
その様子を見て後で聞いても答えはないだろうなと予想したカイトは、内心でため息をつくのであった。




