(2)人獣と防御壁
新しい二つのクエストを見つけたカイトは、思う所があって船長室から養蚕小屋へと向かった。
この日は、一度小屋に訪れていて蚕の様子も見ていたのだが、フアに聞きたいことができたのである。
そして、養蚕小屋に着いたカイトは、早速フアへと確認を行うことにした。
「今出ているクエのうち、『人獣たちの島を見つけよう』ってフアのだよね?」
「そうだの」
あっさりと返ってきた答えに一瞬驚いたカイトだったが、そういえば本人から直接クエストについて聞くのは駄目という話は聞いたことが無かったと思い出した。
「それで、その島ってどこにあるのかは聞いてもいいのか?」
「流石にそれは言えないの。自分で探すか、噂話でも集めてみるといい」
「それはそうか。了解」
当たり前といえば当たり前の答えに、カイトは納得の表情で頷いた。
全てをフアから教えてもらえるのであれば、最初からクエストという形で依頼したりはしない。
神様――というよりは、この場合は魂――は神様の理屈で動いているので、面倒な手続きを取る理由があるということもカイトは知っている。
「それはそれとして、もう一つの方は、創造神の依頼?」
「うむ。吾は出しておらんの。ちなみに、どんな意味があるのかは、吾に聞いても分からないからの」
「答えられないではなくて、分からないなのか」
「あっちはあっちの理屈で動いているからの。それに、常に目的の共有をしているわけではないから、今回の創造神の目的は分からん」
「なるほどね」
一人の人間に複数のコンが付いているからといって、それが全て情報の共有をしているわけではない。
ましてや、創造神と大地神では違った情報を持っていて当然である。
「それで? 聞きたかったのは、それだけかの?」
「いや、どっちかといえば、こっちが本命かな?」
「ふむ?」
「人獣って、あの人獣だよね?」
「恐らく、カイトが考えている人獣であっていると思うが」
「……ってことは、人獣たちがたくさん住んでいる島があるってことなのか」
「そういうことだの」
フアが首を上下に振って頷くと、カイトはマジかと呟いた。
カイトが転生したこの世界では、獣人と人獣は明確な区別がされている。
獣人は『獣の形を残した人』であり、人獣は『人の形をした獣』という意味がある。
聞きようによっては差別的な表現にも聞こえそうだが、実際にはそんな意味はなく、単にどちらの姿形が多く残っているかで区別されているだけだ。
海人としての感覚で言えば、獣人は尻尾があったりや耳などが獣の形をしているひとであり、人獣は二足歩行で歩いている獣ということになる。
どれくらいまでが獣人でどこからが人獣かという明確な区別はされていないが、基本的には顔の形が人間のものになっていれば、獣人と呼ばれている。
カイトがフアの答えを聞いて驚いているのは、人獣そのものが珍しい種族とされているためである。
過去には大陸中で見ることができたらしい人獣たちは、徐々にその数を減らしていった。
それは別に人獣狩りなどが行われたというわけではなく、単に種族として集団の維持をしていくのが難しかったと言われている。
人獣たちは、他の人族と交わって子をなすことができるが、その特徴である獣の形質が失われてしまう。
そうすると人獣ではなく獣人と呼ばれるようになってしまうので、必然的に数を減らしていったというわけだ。
ちなみに、獣人は他の人族に比べて身体能力が高く、さらに獣の血が濃いとされている人獣は獣人よりも高いと言われている。
勿論、個人差はあるのだが、能力のふり幅の底が他の種と比べて高くなっていることは紛れもない事実である。
その人獣たちの住んでいる島があるとなれば、騒ぎになることは間違いない。
だからこそ、カイトは敢えてこの時点で、フアに確認を取ったのである。
「ちなみに、その島はどれくらいの大きさ?」
「さて。それは自分の目で見て確認してみるがよいだろうの」
「あ、やっぱりここは答えが返ってこないのか」
「吾の口から聞いてしまうよりも、自分で見つけた方がいいじゃろ? カイトの好きな大航海時代っぽくての」
フアがそう言うと、カイトはニヤリと笑ってから「それもそうだ」と頷いた。
海人として知っている地球の歴史でも、大航海時代には帆船で多くの冒険と発見があった。
そのときの船乗りたちと同じようなことができると分かって、カイトは思わずワクワクしてしまったのだ。
折角セプテン号という素晴らしい船を貰えたのだから、世界を旅してみたいという欲求は当然カイトにもあった。
だからこそ、わざわざクエストとしてその経験ができるということに、カイトはフアに対して感謝しかない。
そのため、フアが情報を隠していることには、何の不満もないカイトであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
フアへの質問を終えたカイトは、すぐに船長室には戻らずにデキスとシニスを呼んでちょっとした実験を行った。
その実験が何とか思い通りになりそうだという実感を得たカイトは、絹糸を紡いでいたクーアに言った。
「ちょっとごめん。それが終わってからでいいから、少し実験に付き合ってもらえないかな?」
「実験ですか~? 勿論、いいですよ」
この時点で、クーアはカイトが何をしているのか分かっていなかったので、興味深そうな顔になってそう返した。
ちなみに、カイトは今日の分の糸紡ぎは終わっている。
海人としての記憶があるカイトは、すぐに昔(?)の勘を取り戻して、誰よりも早く紡げるようになっているのだ。
糸紡ぎを終えてカイトの言う『実験』に付き合ったクーアは、少しだけ呆れたような顔になっていた。
「――魔法を使ってくれと言ってきた時から予想はできていましたが、ここまで見事に消されますか~」
「うん。俺も驚いているよ。これなら十分実戦でも使えるかな?」
「タイミングさえ間違えなければ、大丈夫でしょうね」
カイトの確認に、クーアは頷きながらそう応じた。
カイトが行ったデキスとシニスを使った実験というのは、二頭が吐き出す糸を使って魔法の攻撃を防げないかということだった。
今のデキスとシニスは、瞬時にカイトを守れるくらいの大きさの網を作れるようになっている。
そのことが分かったカイトが、もしかしたら防御壁として使えるのではないかと思いついたのだ。
そして、その思い付きは、見事に成功したといえた。
勿論、今回使った魔法はあくまでも実験レベルだったが、それはクーアという天使を基準にしたものだ。
では実際にカイトを守る防御壁として使えるかどうかは、先ほどクーアが言った通りに十分に実戦に耐えうるものだということがわかった。
クーアが出した結論に、カイトは満足げな表情になっていた。
「ちょっとした思い付きだったけれど、何とかなりそうでよかった」
「そうですね~。あとは糸を不可視にして常時展開できるようになれば、不意打ちなかも防げそうですね」
「確かに。それに、物理的な攻撃も試してみるかな?」
今はシニスの魔絹糸を中心に網を作っていたが、デキスの硬絹糸を多めにすれば物理攻撃も防げるだろう。
そう思いついたカイトは、早速クーアに手伝ってもらって確認を行った。
その結果、デキスとシニスが作った糸の網は物理的な攻撃も防げることが分かり、カイトを守るための手段として活躍が期待されることとなるのであった。




