(1)船の設計と精霊機関
神の契約を行ったカイトは、その後何度か公爵家を訪ねては細かい内容の打ち合わせを行った。
その間、セプテン号はセイルポートの港に停泊したまま……ではなく、セイルポート―メイリカ間の往復を行っていた。
カイトは、笛さえ使えばセプテン号がどこにいても好きな時に自由に移動できる。
その特技(?)を生かして、好きなように船と陸地を行き来しているのだ。
ちなみに、笛に登録できる陸地の場所は現在のところ一カ所のみで、最初に登録されている孤児院傍の崖になっている。
出現地点の変更はいつでも可能なのだが、公爵とのやり取りがあるので、今のところはそのままにしている。
そして現在、セイルポートに戻る途中のセプテン号の船長室で、カイトはパソコンの操作をしていた。
今はまだ時期尚早だと考えているが、そろそろ船そのものを広めることも考えなくてはならない。
そのために、第一号となる船の設計を行っているのだ。
「――うーん。いきなり世代を飛ばして改良するかどうかが、悩みどころだよなあ……」
「これまでのことを考えると、新型船が出たらそのまま何も変わらずに行きそうですからね」
カイトの呟きに反応するように、アイリスがそう返してきた。
アイリスは常に船長室にいるというわけではないが、今回は相談に乗ってほしいというカイトの要望に応えて部屋にいる。
「それに、いきなりガレオンとかでもいいんだけれど、そうすると実現するまでかなりかかりそうだしな」
「そうですね」
元ある船の改良を重ねて発展していく場合は、技術革新があるとしても職人たちが何とかついていける範囲内になる。
それが、いきなり世代を飛ばして改良を行った場合は、それは既に改良ではなくいきなり新しいものを作るという感覚になってしまう可能性がある。
そうすると、船を造るための職人にとっては技術革新どころではなく、まったく新しい技を身につけなければならないということもあり得る。
それそれで構わないという考え方もあるが、それを実行してしまうと改良型を作るよりもより多くの時間がかかってしまうのは間違いない。
ただ、恐らく創造神は、改良を進めて行って大型帆船が作れるようになるまで、気長に待っていてくれるだろう。
「それに、問題はもう一つあるんだよな……」
「魔法の存在ですか」
「そういうこと」
カイトの懸念を理解したアイリスが、すぐに答えを導き出した。
元々カイトが知っている船は、魔法が存在しない世界で発展したものである。
今カイトが乗っているセプテン号は、魔法があることを前提にした帆船の究極系といってもいいんだが、精霊機関一つとってもそんなものを作る技術はこの世界にはない。
はっきりいえば、オーバースペック過ぎて、参考にすることすらできないのだ。
精霊機関のことは置いておくとしても、魔法があるということは、それを利用して前世の世界よりもはるかに発達した帆船を造れる可能性がある。
それを無視して、いきなりガレオン級の船を造ってしまっていいのかというのが、目下のカイトの悩みの一つなのだ。
悩める表情をしているカイトに、アイリスが助け舟を出すように言った。
「いきなりどの型の船を造るかということではなく、目的にあった船を造ってみてはいかがでしょうか? 勿論、魔法の技術を利用した上で、です」
「うん? どういうことだ?」
「今、カイト様が船乗りたちに航海術を広められているのは、何のためですか?」
「それは勿論、沿岸航海ではなく遠洋航海ができるように…………って、そういうことか。なるほど」
アイリスが言いたいことを理解したカイトは、言葉の途中で区切って頷いた。
いきなりスペックの高い船を与えても、それを十分に使いこなせなければ意味がない。
それならば、船乗りたちの技術の進歩に合わせるように、船の改良も進めて行ってはどうかということだ。
もっとも、人が持てる技術は、道具が改良されるたびに勝手に更新されていくという見方もできるのだが、それは置いておく。
今は、遠洋航海のための航海術がようやく広まり始めたという段階なので、いきなり性能の高い船を与えてもあまり意味がないというわけだ。
勿論、中には知ったばかりの知識を駆使して、使いこなしてしまう者もいるだろうが、それはごく一部の人間だけになるはずだ。
「新しい船を与えて技術の浸透を図る……か。ありだな」
「はい。それに、もう一つの問題もそれである程度解決します」
「もう一つの問題?」
「技術が広まるまでの時間ができれば、カイト様が精霊機関を研究するための時間も捻出できるのではありませんか?」
「あ~。そうか。それもあったか」
アイリスの言葉に、カイトは難しい顔になって頷いた。
セプテン号に使われている精霊機関は、内燃機関とは全く違った技術で作られている動力だ。
精霊機関に関しては、こちらの世界でも全くの新技術ということになり、それを作り出せる技術者など全く存在していない。
それどころか、基礎の技術すら一から研究しなければならないという状況だった。
今後、カイトがこの世界に適応した船を造るためには、どうしても習得しなければならない知識なのだ。
「よし決めた。まずは、外洋に耐えうるだけの小さめの船を造ろう。その上で段々大型化していくことにする」
ここでカイトが言っている「小さめの船」というのは、あくまでもカイト基準であってこの世界基準ではない。
大きさだけで見れば、現在使われている帆船と大差がない大きさの船になるはずだ。
そのくらいの大きさの船であれば、職人たちもある程度の研鑽を積むだけで対応ができるはずだ。
「そうですか。カイト様が決断されたのでしたら、それでよろしいかと思います」
カイトの決断に、アイリスも微笑みながら頷いた。
「――それにしても、船の設計だけじゃなく、精霊機関の勉強もしなきゃならないな……。時間がいくらあっても足りないな」
「それだけではなく、身を守るための魔法の勉強もあります。もっとも、そちらは精霊機関にも通じるものがありますが」
「え? そうなのか?」
「あくまでも基礎は、ですが」
「そんなもんなんだ。…………って、あれ?」
アイリスと雑談程度に話をしながらパソコンをいじっていたカイトは、先ほどまで起こっていなかった変化に気が付いた。
その変化がなにかといえば、デスクトップ上にあるクエストのアイコンの色が変化していたのだ。
これまでの経験で、その色になれば新しいクエストが発生したということがわかった。
「新しいクエストか。次は一体何だろうな……?」
カイトはそう呟きながらクエストのアイコンをクリックした。
アイコンをクリックして確認できた新しいクエストは、二つあった。
そのうちの一つは『精霊機関の基礎を学ぼう』で、もう一つは『人獣たちの島を見つけよう』だ。
「うーん。こんなクエが出るということは、やっぱり精霊機関は勉強しておいたほうがいいということだろうな」
「そうなのでしょうね」
前者のクエは、どう見ても創造神が出したと思われる。
精霊機関をわざわざクエストにまで出して学ばせるということは、今後何かの役に立つということになる。
これで益々精霊機関の勉強から逃れられなくなったわけだが、もとからそのつもりになっていたカイトは、さらにやる気になるのであった。




