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魂(コン)からのお願い  作者: 早秋
第1章
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閑話 予想外の通信

 クリステルが無事に港に着いたという報告を受けたヨーク公爵であるモーガンは、思わず安堵の溜息をついてしまった。

 海賊に襲われた実の娘が助かって無事だっただからそういう態度が表に出ても仕方ないのだが、公爵家の当代としてはあまりよろしいことではない。

 特にこういう感情は周囲に隙を見せることになるのだ。

 とはいえ、同じ場に今いるのはモーガンが信頼している報告者である部下一人のみだ。

 だからこそモーガンは、感情をあらわにしたのだが。

 

「娘が何事もなく助かったのは何よりだ。それよりも、助けてくれた巨大帆船の関係者はどうなった?」

「お嬢様の恩人ということで、既に会談の予定を入れております。まずは、こちらの関係者から話をまとめることからですが」

「そうだな。それがいいだろう」

 モーガンは、内心では流石に手際がいいと感心しつつ、それが当然だという表情で頷いた。

 ここで単純に褒めたりしないのは、公爵家に仕える面々がそれくらいのことができて当然だという意識を植え付けるためだ。

 この場にいる部下はそんなことをしなくても十分に理解しているだろうが、立場上簡単に態度を崩すわけにはいかないのである。

 

「だが、通信の魔道具である程度の状況は把握しているのだろう?」

「勿論です。ですが、立場によって見るべきところは違いますから」

「それもそうだな」

 魔道具や魔法で報告を受け取っていたとしても、それぞれの見方によっていろいろと受ける印象は変わって来る。

 そのため、通信での報告はあくまでも事実のみがベースになっていて、各々の印象や感情といったものは排除される傾向にある。

 また、そうでなければ、報告としては成り立たないだろう。

 

 今まさに上がってきているはずの報告をまとめると言って出て行った部下を見送ったモーガンは、これからどうするべきかを考え始めた。

 特に、あの巨大帆船に関しては、クリステルが帰ってくる前からモーガンにとっては懸案になっていた事項である。

 その関係者と直接会話ができるのだから、このチャンスを利用しない手はない。

 名目上はあくまでも娘の恩人に対して感謝の意を示すためだが、それだけで終わってしまうようでは公爵として無能だと思われてしまう。

 一番いいのはあの巨大帆船を自由にできるようにすることだが、そのためにどうやって話を持って行くべきか、思考を巡らせるのであった。

 

 

 部下が部屋を出て行き、そろそろ別の仕事を始めようかと思考を切り替えたまさにその時、モーガンにとっては予想外の変化が起こった。

 その変化は、モーガンが普段使いしている――というよりも、代々の公爵が使ってきた執務机の一角で起こっていた。

 机の片隅に何気なく置かれていた魔道具が、赤く点滅し始めたのである。

 それに気付いたモーガンは、少し急ぎながらその魔道具に手を伸ばした。

 そこまでモーガンが慌てているのは、その魔道具が特定の相手と通信をするためのものであり、その相手がロイス王国の国王だからである。

 国王と直接通信できる魔道具は、ロイス王国の五公爵家すべてに渡されていて、何かあったときための連絡用として代々使われているのだ。

 

 そもそもモーガンは、現国王と親交がある――というよりも、学園時代の学友だったため一定以上に国王と仲がいい。

 だからといって、今使われている通信は、気楽な会話が行われる場合に使われるものではないため、ある程度の覚悟を持ってから魔道具を手に取った。

「もしもし」

「ああ、ヨーク公爵。すぐに出てくれてよかったよ」

 その声の持ち主が国王であるファビオであるとすぐにわかったモーガンは、さらに警戒度を上げた。

 今の言い回しと声色で、ある程度重要度と緊急性が高い事柄だということが分かったのだ。

 そもそも、ファビオが私的な用事でモーガンに話しかけてくるときは、ヨーク公爵なんて呼び方はせず、普通に名前で呼んでくる。

 

 モーガンは、最初の一言で完全に公爵モードになって話しかけた。

「王。いかがなさいましたか?」

「ふむ。相手がヨーク公爵であるから単刀直入に言うが、これから例の帆船の持ち主と会うという情報を得たが間違いないか?」

 当事者である自分がつい先ほど得たばかりの情報を既にファビオが得ていることに驚きつつ、モーガンは特に否定することなくすぐに認めた。

「我が娘を助けてくれた恩人でありますから、会わないわけにはいかないでしょう」

 モーガンの娘であるクリステルが海賊に襲われて助けられたという情報は、きちんと国王の元に届いている。

 確りとした情報を伝えたのがモーガンなので、そこは隠す意味がない。

 

「確かにそこは必要だな。だが、必要以上のことはするなよ。勿論、相手が望むのであれば別だが」

 釘を差すように言ってきたファビオに、モーガンは一瞬驚いて反応が遅れてしまった。

「……それは、どういう意味でしょうか? 王家が公爵のすることに口を挟んでくると?」

「場合によっては、そうなっても仕方ないだろうな」

 ファビオの返答を聞いたモーガンは、声には出さなかったが本気で驚いていた。

 

 ロイス王国は、他の周辺国と同じように、ある程度領地持ちの貴族の権限が強くなっている。

 そのため、領地内で起こっていることには、ほとんど王家が口を挟んで来ることはない。

 ただ、あくまでもほとんど(・・・・)であって、国の存続に関わるような場合は別である。

 つまり、あの巨大帆船の持ち主への対応は、場合によっては国の存続に関わるような大事になる可能性があるというわけだ。

 ファビオの言葉は、そこまで大げさではないにしろ、そのくらいの覚悟を持てと言っているに等しい。

 

 場合によっては公爵が相手になっても仕方ないと言い切ったファビオに、モーガンは焦りを隠さずに聞いた。

「な、何故、そこまで?」

「何故、と私に問いたい気持ちも分からないではないが……すまんな。こればかりは私も口にはできない。いや、むしろ、私だからこそ、といえるかもしれないな」

 そんな回りくどい言い方をしてきたファビオに、モーガンはピンと閃くものがあった。

 一国の王であるファビオが、公爵であるモーガンに隠さなければならないことがたくさんあるということは理解できる。

 ただ、それにしても、後半の言い回しをしてくるような場面はほとんどない。

 

 モーガンは、ファビオが敢えてそういう言い方をしていると気が付いたのだ。

「――そういうことですか」

「はて。何のことか分からないが、私が言えることはここまでだ」

 敢えてとぼけた風を装って言ってきたファビオに、モーガンは内心の動揺を隠そうとせずに言った。

「……確かに、娘の恩人を相手に無茶を言っては失礼に当たるでしょうな。王の忠告は確りと承りました」

「そうか。これから話し合いだと言うのに、時間を取らせてすまなかったな」

「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます」

 モーガンがそう返答すると、ファビオの側から通信が切れた。

 この魔道具は、通信を掛けた側から切らないと、ずっと繋がったままになってしまうのである。

 

 通信が切れた魔道具をしばらく呆然としたまま見つめていたモーガンだったが、やがてため息交じりに独り言を言った。

「……やれやれ。『あの方』を直接動かすとは、一体どんな相手に助けられたんだ。わが娘は……」

 そう呟いたモーガンの言葉は、誰にも聞かれることもなく消えて言った。

 この時のモーガンは、その相手が今以上の驚きの光景を見せてくれるなんてことは、欠片も考えていなかったのである。

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