(44)天使の召喚
さすがに相手が公爵ともなれば、お伺いの手紙を出してすぐにというわけにはいかなかったが、翌日には会えることになった。
カイトのような平民を相手にすると考えれば、十分に早い対応といえる。
それほど、公爵が今回の契約を重視していることが伺える。
その理由の一つに、神が関わっているということがあることくらいは、カイトにも十分分かっている。
むしろそうでなければ、ここまで前のめりの対応などしてくれていないだろう。
カイトとしては、こちらから提示した条件で話を進めてくれているというだけでも充分である。
とにかく、カイトは前回の時と同じように用意してくれた馬車に乗って、公爵の屋敷へと向かった。
ちなみに、ガイルは今回も同行している。
今回は前回の時のように船に関することは関わっていないのだが、既にガイルはカイトの保護者(?)のような立場になりつつある。
ガイルとしては、カイトにそんな存在は必要ないと分かっているのだが、対外的にはどうしても大人が必要になることもあるのだ。
そんな理由から、カイトがお願いをしてガイルにもついて来てもらったというわけだ。
前回の時と同じ部屋に通されたカイトは、既に公爵が部屋に待っているのを見て、慌てて頭を下げた。
「――ふむ。よく来てくれたな。よろしく頼むぞ」
「はい。こちらこそ」
カイトはそう答えながら、公爵の左右に立っている女性たちを見た。
今回も、クリステル、アリアンヌ、オレリアと、前回と同じメンバーが揃っていた。
前回の時には公爵はカイトのコンが神の一柱であるとはアリアンヌとオレリアには言っていなかった
だが、今回も揃っているということは、きちんと話をしたのだろうかとカイトが疑問に思うと、それが表情に出てしまったのを読んだ公爵が頷きながら言った。
「今回の契約は、神の契約であるからな。ある程度のことは話してある。――といっても、私もそなたのコンのことは詳しく知らないのだが」
「そうですか。そういうことでしたら、構いません」
クリステルはともかく、アリアンヌとオレリアが多少硬い表情になっている理由が分かって、カイトは納得の表情で頷いた。
ちなみに、自分のコンのことについて探るような視線を向けてきた公爵のことは、華麗にスルーしている。
本来であればスルーしたカイトのことを怒ってもいい立場である公爵は、特に気にした様子もなく話を続けた。
「それで? 契約はどのように行うのだ? まさか、この場で行うわけではあるまい?」
通常、神の契約を行うとなれば、神殿に行って行うか、位の高い神官に頼んで行うことになる。
その常識から考えて、公爵としては当たり前の質問をしたつもりだったのだが、カイトは一瞬キョトンとしてから、すぐに理解した顔になってから首を左右に振った。
「いいえ。公爵がよろしければ、この場で行うつもりでしたが?」
「こ、この場でか……!? 一体、どうやって……?」
公爵が驚いた表情になりながらそう言ってきたが、他の面々も似たり寄ったりの表情になっている。
ガイルも同じように驚いているのを見て内心で面白く思いながら、カイトはごく当たり前のような表情で返した。
「私が契約を行う神の天使を呼び出しますので、それで」
「…………て、天使を、か……」
余りにも当然だという顔をしながら言ったカイトを見て、公爵は疲れたような表情になってそう言った。
公爵ともあろうものが、この短時間で自らの感情をあらわにしてしまっているが、それを責める者はこの場にはいなかった。
普通神官としての修行をしたわけでもない者が、神に属する者――この場合は天使――を呼び出すことなど不可能だ。
それを、平然とした表情で言っているカイトが、普通ではないのである。
カイトが普通の常識ではありえないことを言っているのは、これから契約を行う対象となっている神がフアだからだ。
それに加えて、以前より研鑽を積んできた魔法の修行の成果が出てきたともいえる。
カイトが得意な魔法の分野に契約系があるが、その中には神との契約も含まれているのだ。
ただ、普通に考えれば、これだけの短期間で直接神を呼び出して契約を行うことなどできない。
そこで役に立つのが、フアがカイトのコンであるということだ。
その条件を利用すれば、フアの天使を呼び出して契約を行うことができるというわけである。
そこまで詳しい説明をするつもりがないカイトは、驚いたままの公爵に向かってただ頷いた。
「天使を通せば通常の神の契約ができますから、今回はそうするつもりでした。――問題があれば、神殿へ行って行いますが……?」
「…………いや、この場で出来るのであれば、必要はないであろう」
「そうですか。それでは、少しだけ準備をさせていただきます」
「ああ。好きにするといい」
公爵から了解を得たカイトは、分かりましたと返答をしてから準備を始めた。
カイトは、公爵を含めたこの場にいる全員が驚いている理由をきちんと理解しているが、敢えてそこは気付かないふりをしている。
天使の召喚は、アイリスやクーアを教師にして魔法の訓練をしていたらいつの間にかできるようになっていたので、自分の中では既に驚くようなことではなくなっているのだ。
だが、一般的に見ればどれほど非常識なことかは理解できているので、下手に突っ込まれないためにも無視をすることしかできないのだ。
それに、どうやって天使を呼び出せるようになったのかと聞かれても、魔法の訓練でできるようになったとしか答えようがない。
そんな答えで、公爵たちが納得できるわけがないということも理解できるので、それも無視をする理由のひとつである。
天使を召び出すといっても、神殿のように大きな祭壇などが必要というわけではない。
今回カイトが用意――といよりも呼び出したのは、二頭の蚕――デキスとシニスであった。
突然現れた蛾のような昆虫に、女性陣は少し怯えたような表情になった。
その反応を予想していたカイトは、特に気にした様子もなく、天使召喚の準備を淡々と進める。
といっても、デキスとシニスを召んだ後は、カイトがすることはほとんどない。
二頭に向かってカイトが「頼んだ」と声をかけると、デキスとシニスが空を飛び始めた。
それと同時に光り始めたデキスとシニスは、カイトの間に合ったちょっとした空間でフワフワと移動を始めた。
デキスとシニスが移動をすると、その動きに合わせて残光が形を作っている。
見る者が見れば、それが魔法陣の一種だということはすぐにわかる。
現に、公爵たちはそれが魔法陣だということは理解していた。
そして、デキスとシニスが光の魔法陣を作る様子を見ていたクリステルが、最初に見せたおびえた様子など全く無くした様子で、
「綺麗――」
と呟いていた。
他の女性陣もそれに反論することなく、二頭の蚕が作る光の魔法陣をうっとりとした様子で見つめていた。
公爵たちは、魔法使いが魔力の光を使って魔法陣を作りだすところを何度も見たことはあるのだが、それでもデキスとシニスが作り出していた光景には目を奪われる何かがあったのだ。
カイトがデキスとシニスを呼び出してから一分程が経った。
その頃になると、既に魔法陣もほぼ完成をして、仕事を終えた二頭は真っ直ぐにカイトの所へと戻った。
満足げな様子で自分の腕に止まったデキスとシニスを見て、カイトは笑みを見せながら頷いた。
さらに、カイトはそのまま二頭が止まっている腕を魔法陣に向かって伸ばした。
伸ばしたカイトの手が魔法陣に触れるギリギリのところまで来ると、もともと光っていた魔法陣がさらに強い光を発した。
そして、その光が収まると、あったはずの魔法陣は消え去っていて、そこには一人の美しい女性が立っていたのであった。




