(43)色々な準備
神域にある養蚕小屋に転移したカイトは、早速聞きたかったことをフアに聞いた。
「あれでよかったのか?」
「十分であろ。下手に踏み込むと、余計な厄介まで付いてくるからの」
「よかった。それで? 国神まで関わっているとは思わなかったけれど、あれはなに?」
「あれは、大したことではないの。そなたが恐れているように、人の世界では貴族が関わるとろくなことにならないからの。それであれば国神を通しておけば話が早いと、創造神と話し合って決めたのじゃ」
そんなにあっさりといわれても、という表情になったカイトに、フアは何やら不満そうな雰囲気を漂わせた。
「一応言っておくが、神としての格は吾らの方が上なんだがの。それよりも国神のほうを気にするとはどういうことじゃ?」
国神との扱いに差があるのではと不満を言ってきたフアに、カイトは気まずそうな表情になった。
カイトにとっては、創造神やフアは海人としても直接会ったことがある身近な存在である。
だが、ロイス王国の国神については、カイトと生まれてから周囲の者たちから聞いた話でしか知らない。
それらの話では、ロイス王国にとってはとてもえらい神様という扱いになっている。
そのため、創造神やフアとは違って、親しみよりも畏敬の念が先に来てしまうのだ。
これが、もし創造神やフアと同じように実際に対面すれば、また違った印象になるはずである。
そんなことをカイトが一生懸命に説明すると、フアは一応納得した様子で頷いた。
「――ふむ。なるほどの。ここはやはり、一度会えるように計らってみるかの」
何やらそんな不穏なことを言い出したフアに、カイトは慌てて右手を振り始めた。
「いや、それは止めて。ようやく実績を積み始めたばかりの船長が、いきなり国神なんかに会ったら、どんな目を向けられるか……」
「何を言っておる。人前で堂々と会わせるはずがなかろう? 誰かが一緒だとしても、王かそれに近しい者が数人いるくらいだの」
「いや、それはそれで騒ぎになるだろ?」
公爵とあっさり対面できたのは、あくまでもクリステルを助けたという偶然の産物があったためだ。
そういったこともなしに、いきなり王族と会うとなれば、確実にカイト自身が注目されることになるだろう。
先に王族と会ってしまったというい事実を作って周囲を黙らせるという方法もあるが、今はまだそこまでの注目を集めるのは控えておきたいというのが、今のカイトの考えである。
カイトがそう伝えると、フアは不満そうに鼻を鳴らした。
「フン……まあ、カイトがそう言うのであれば、やめておくかの。変に介入して、歪を産んでしまっては元も子もないからの」
フアはともかく、創造神は過去に何度か別世界の住人を使って異文化を広めようとしたことがあるらしい。
ただし、そのほとんどが様々な理由が重なって、失敗に終わっているそうだ。
だからこそ、今回の場合は、ほとんどカイトの任せっぱなしに近い状態になっているのだ。
だったらなぜ今回は介入してきたのかとカイトは思ったが、それを口にすることはなかった。
少なくとも公爵に神との関係が伝わったのは、大きくプラスに働いていた。
そのお陰で、船や絹のことに関しての話が進んだのは事実である。
また、そうなるように最低限の情報を伝えるだけで収まっていた。
そのことが公爵との交渉に有利に導いてくれたので、文句など言えるはずがない。
「そうしてくれると助かるよ。といっても、そっちが介入しようと思っても止める気はないけれどね」
「そうなのか?」
「だって、今回だって十分助けになったし。介入しすぎるのは問題だろうけれど、助けてもらったことを否定するつもりはないよ」
「そう言ってもらえると、介入した甲斐があったの。とにかく、介入しすぎないように気を付けるとしよう」
「そうだね。そうしてもらえると助かるよ」
本来であれば事前に確認してもらえると助かるのだが、すべての状況で時間的な余裕があるわけではない
それに、神々には神々の都合があるということも、カイトはよく分かっている。
今回はたまたま連絡がうまく通ったという可能性だってあるのだ。
とにかく、創造神やフアが他の神々に介入するときは、余計な騒動に発展しないように気を付ける。
そのことをフアと確認しあったカイトは、安心した様子で蚕たちの様子を見に行くのであった。
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その後翌日には、カイトとガイルは予定通りに隣国の港へと向かった。
そこでの用事を済ませて再びセイルポートに戻ってくるまで、わずかに四日後のことだった。
現状それだけの日数で往復ができる船など存在しないため、戻ってきたセプテン号を見たギルドマスターは、呆れた表情になっていた。
「何というか、お前たち――というか、セプテン号に常識を当てはめて考えるのは止めることにするからな」
「ああ、その方がいいだろうな。俺もそうすることで楽になれた」
ギルドマスターに続いてガイルがそう答えのを見て、カイトはジト目で二人を見た。
「何でいい性能の船なのに、責められ無ければならないんでしょうかね?」
「別に責めているわけじゃないぞ。呆れているだけで」
カイトの言葉に、ギルドマスターが言い訳になっていない言い訳もどきをしてきた。
相変わらずジト目のままのカイトに、ギルドマスターは気にした様子も見せずにさらに続けて言った。
「そういえば、そろそろお前自身の身の安全を考えたほうがいいんじゃないか? 例の救出の件もあって、そろそろ噂が出回り始めているぞ? それと、ガイルと一緒に行動していることも多いからな」
「ああ、やっぱりそうなりますか」
ある程度予想していたギルドマスターの言葉に、カイトはそれはそうだろうなと頷いた。
「ただ、俺一人であれば、不埒ものに関してはどうとでもなるんですよね。いざとなれば、船に逃げてしまえばいいだけですし」
狼藉ものに囲まれた場合には、笛を使って直接船に転移してしまえば、簡単に逃げることができる。
そう考えると、ガイルもむしろカイトと一緒に行動していたほうがいいのである。
「お前たちがそれでいいなら、それで構わん。もし、護衛が必要になったら言ってくれ。こっちで用意することも可能だからな」
「それで、用意された護衛は、体のいいギルドの監視というわけだ」
ガイルが茶々を入れるように突っ込むと、ギルドマスターは表情を変えるどころか、当然とばかりに頷いた。
「当たり前だ。それが目的だからな」
「なんだ。色々と吹っ切れたのか?」
「お前たち相手に、隠し事などできないと分かったしな。それなら、開き直った方がいい」
どうやら裏でこそこそすることを止めたらしいギルドマスターの言葉に、カイトとガイルは顔を見合わせてから苦笑をした。
ギルドマスターはギルドマスターで立場があり、色々と面倒なことがあるのだろうなと同情したのだ。
だからといって、ギルドマスターの言うとおりにするつもりはないのだが。
ギルドマスターも最初から色よい返答を気にしていなかったのか、二人を見ながら言った。
「ああ。それから、お前たちに言伝を預かっているぞ。相手は、ここの公爵様だ。準備ができたから、いつでも来るといい――だそうだ」
「何だ。意外と早かったな」
ガイルが本気でそう応じると、カイトも無言のまま頷いた。
公爵のあの様子では、もう少しかかると考えていたのだが、二人の予想以上に動きが早かった。
公爵が神との契約の決断をしてくれたのであれば、カイトとしては何の問題もない。
普段の業務で忙しいはずの公爵がいつでもいいと言ってくるということは、出来るだけ早くという意味もあるはずだ。
そんなことを考えたカイトは、一応お伺いの手紙でも出そうかと思案するのであった。




