(39)後ろ盾と製造方法
そもそも国神というのは、過去に神のコンを得た魂使いが国を興して、そのコンを国の神として祀ることからそう呼ばれている。
そのため、国神がいるのはロイス王国だけではなく、他国にも存在している。
ロイス王国も含めたそれらの国にいる神々は、格の低い神から高い神までさまざまである。
ただ、国が存在し続けていればそれだけ信仰する者も増えるということもあって、最初は神としては最低の位だったのが長い間国神としていたために位が上がったという神もいる。
とはいえ、現在存在している国神の中で、創造神や五大神に並ぶほどの格がある神はいない。
ロイス王国の国神は、もともと中級神くらいの格があった神がコンとして契約を行い、初代国王はその神の力を見事に使いこなして国を興すことができた。
ロイス王国は、国が興ってから大陸の中でも十本の指に入るほどの歴史があるために、国神は上級神になれるくらいに格が上がっている。
それもこれも、ロイス王国の王家と国神がお互いにそれぞれの約束を忘れずに、ずっと守り続けてきたからこその国の歴史であると国を治める王を始めとして貴族たちは皆が理解しているのだ。
国神がカイトとセプテン号について口を出してきたという事実は、ヨーク公爵にとっては軽々しく無視できることではない。
勿論、ヨーク公爵が直接国神と話をしたわけではなく王家も匂わせてきただけだ。
だが公爵は、王家の動きの裏には国神がいると確信していた。
だからこそ、普段は立場を利用して無理を言ってもいいような相手に、わざわざ立場を尊重するような言動をしているのである。
「――――ただ、私が王家から話を聞けたのは、公爵という立場があったためだ。他の全ての貴族が同じであるとは思わないことだ」
「勿論です」
わざわざ忠告をしてくれた公爵に、カイトは丁寧に頭を下げながら礼を言った。
「うむ。それから、他の公爵家もだな。国神が関わっているとはいえ、直接政治に口出しをしないこともわかっている。そのギリギリの線を狙ってくる家もあるだろうから、気を付けることだ」
「はい。ご忠告、感謝いたします」
「その上で今一度問うが、我が家の後ろ盾は必要であるか?」
目元を鋭くしながら改めてそう聞いてきた公爵を見ながら、カイトは考えるようなそぶりを見せた。
もはやこの場での話し合いは、完全に公爵とカイトのものとなっていて、クリステルとガイルが口を挟む余地はなくなっている。
それもそのはずで、公爵は大貴族の立場として神のコンを持つ魂使いと話をしているのだ。
いくらその魂使いが子供であったとしても、その話に第三者が意見を言えるような場面ではなくなっている。
それに、公爵を相手に話をしている子供であるはずのカイトは、貴族の威圧に飲み込まれるなく、ごく自然に会話をしているように見えた。
そんなカイトであるからこそ、ガイルは半ば安心して二人の話を聞いているのだ。
そんなガイルに対して、クリステルは微妙に複雑な表情で話を聞いている。
自分と同じ年齢であるはずのカイトが、尊敬する父親とまともに会話をしているのだから、そうなるのも当然である。
そんなクリステルとガイルに見られながら、カイトはやがて首を左右に振った。
「いえ。ありがたいお話ではありますが、今回は見送らせていただきます」
「ふむ。理由は聞いても?」
「それは、勿論です。といっても、勿体つけるような話ではありません。私の船で、そちらの船乗りたちにした話はお聞きになりましたか?」
「ああ。惜しげもなく新しい知識を教えてくれたとか」
「はい。私のコンとの契約は、自分が持っている知識を分け隔てなく世界に広めるということです」
「……なるほど」
カイトの言葉に、公爵はわずかに間を空けてからそう応じた。
カイトが何を言いたいのか、今言った言葉だけで理解できたのだ。
その辺りは、さすがに公爵家をまとめている人物だけのことはあるといえる。
「確かに、私の立場であれば、全ての国に国としての利益も求めずに知識を与えるのは不可能であるな。では、複数の国の貴族が関わった場合はどうなる?」
「それは、その時にまた話をしましょう」
そう言ってさらりと躱したカイトに、公爵は笑みを向けた。
「なるほど。さすがに神のコンを得るだけのことはあるということか。一筋縄ではいかないようだ」
あからさまに試していたという雰囲気を漂わせる公爵に、カイトはただにこりと微笑んでみせた。
聞きようによってはカイトのことを格下に見て話をしていたともとれる言葉だったが、この程度のことで怒りを見せるようであれば、この先ほかの貴族と渡り合っていくことなどできない。
もっとも、そんな考えをカイトが持てるのは、海人としての記憶があるからなのだが。
笑みを見せたカイトを見て、公爵は今までしていた厳しい表情を緩ませて、一度だけ息をついた。
「やれやれ。ここまで思い通りにならなかった会話は、久しぶりのことだな。だが、相手によっては問答無用で怒り出すものもいるから気を付けることだ」
「はい。重々承知しています」
言外に公爵が相手だからこそだと告げるカイトに、公爵は楽しそうな笑みを浮かべた。
「全く……そなたが神に選ばれたのは、当然だとも思えてきたぞ。やはりコンは、行くべきところに行くということか」
感慨深げにそう言った公爵だったが、カイトはそれに対する答えは返さなかった。
カイトは、自分が創造神や大地神に選ばれた理由を知っているが、他のコンや魂使いに関してはほとんど無学で答えを持っていないためだ。
公爵もカイトからの答えを求めていなかったのか、一拍分の呼吸を置いてから続けて話し始めた。
「それで、話は変わるが、そなたの船にあった羅針盤とやらに、私も興味があるのだがな」
「そのことでしたら、こちらからご提案できることがございます」
わざわざ公爵から話を振ってきてくれたので、カイトはそれに乗っかる形でそう答えた。
「聞こうか」
「はい。まず、私から出せるのは羅針盤の製造方法になります。詳しい使い方に関しては、それこそ船長や乗組員たちに聞いていただければよろしいかと思います」
そう切り出したカイトは、続いて海運ギルドで話したことと同じ内容を繰り返して言った。
さらに、既に海運ギルドでは同じ条件で飲んでもらっているということも付け加えている。
「――あと付け加えるとすれば、私自身も製造方法に関して交渉権を持っていることを認めてください」
「むっ。……なるほど、確かにそれは決めておかなければなるまいな」
羅針盤の製造方法は海運ギルドに渡しているので、世界的に広まることになるのは間違いない。
ただし、相手が国となって来るとまた話は変わって来る。
カイトが他国で羅針盤の製造方法を広めることをロイス王国の貴族に邪魔をされるようなことがあっては、そもそもの目的が果たせなくなってしまう。
カイトの言葉に公爵は腕を組みながら考えていたが、やがて頷きながら言った。
「確かに、そなたの目的を考えれば、認めるのが一番だろうな。普通は、他国に飲み込まれることを心配するところだが、そなたなら問題あるまい。きちんと相手を見て交渉しているようだからな」
「ありがとうございます」
一番の懸念事項だったことが認められて、カイトは内心で胸を撫で下ろしながら礼を言った。
「一番心配なところは年齢だが……そなたであれば、それを逆手に取ることもできるのであろう?」
笑ながらそう言ってきた公爵に、カイトは苦笑を返すことしかできないのであった。
そろそろ第一章の終わりが見えてきました。




