(33)巨大船の不思議
セプテン号の周囲にある不可視の壁は、どうあっても海賊たちは通ることができない。
連絡橋以外からの侵入を試みていた海賊たちだったが、そのことを理解してからはセプテン号に構わず元の目標だった船を荒らすことに切り替えていた。
その様子を見ていたガイルが、感心した様子で呟いた。
「――海賊のわりに、判断が早いな」
「私の船が沈み始めていることは海賊も分かっているので、稼ぐほうに切り替えたのでしょう」
ガイルの言葉にそう答えたのは、船長だった。
乗組員たちも怪我などはしているが命は無事だったのでホッとしているといったところだろうが、沈んでいく船を見て表情は晴れない。
その気持ちがわかるだけに、周囲の者たちはそこには触れないようにしている。
「さて。全員揃ったところで、こんなところからはさっさとおさらばしたいんだが、何かやり残したことがあるなら言ってくれ」
敢えて明るい調子でそう言ったガイルに、護衛隊長が不機嫌そうな表情になって応えた。
「海賊たちを倒すのには協力してくれないのだろう?」
「何度も言わせるな。この船には戦闘員は乗っていない。やるんだったらそっちの戦力だけで頑張ってくれ」
「貴様……」
ガイルの物言いに、護衛隊長が噛みつこうとしたところで、守られるように後ろに控えていたクリステルが止めた。
「隊長、お止めなさい。命が助かっただけでも儲けものだと、貴方もわかっているのでしょう?」
「しかし……」
「お土産やお姉さまからの贈り物が無くなったのは悲しいですが、こればかりは仕方ありません」
なおも言いつのろうとする護衛隊長に、クリステルは首を左右に振って見せた。
自分の言葉に護衛隊長が沈黙するのを見て、クリステルは視線をガイルへと向けた。
「色々あって疲れたわ。お部屋があれば、用意してもらいたいのですが?」
そう言ってきたクリステルを見ながら、ガイルは内心で感心していた。
ガイルの中の常識では、普通これくらいの年齢の貴族の子女は、もっとわがままを言うものなのだ。
「さて。こちらもお嬢様のような者が乗っているとは思っていなかったものでね。満足のいく部屋が用意できるかは、約束できないが……」
「そんなことは承知しております。それよりも、早く休みたいのですわ」
「了解した。それなら案内しよう」
そう言って自ら案内をしようとしたガイルに、クリステルは首を傾げた。
「貴方が? あの子が案内役ではなくて?」
「うん? ……ああ、そうか。勘違いしてもらっては困るが、この船の船長は、俺じゃなくあっちだ」
カイトを示しながらさらりと言ったガイルのその言葉に、セプテン号の新たな客人となった者たちの視線が集まったのは言うまでもないことであった。
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「――一体、どんな船なのでしょうね。この船は」
ガイルに案内された部屋を見回しながら、クリステルはため息交じりにそう言った。
満足がいくかどうかわからないと言われて案内されたその部屋は、先ほどまで乗っていた船で生活していた部屋よりも豪華だったのだ。
ちなみにこの部屋は、いつかは貴族が乗るかも知れないと、カイトが事前に用意させていたものだ。
「公爵様がお嬢様のために用意された船よりもはるかに豪華で、さらにとんでもない能力を持った船ですか……。確かに、不思議の塊ですね」
クリステルの言葉にそう答えたのは、これまでの旅でずっと世話をしてくれている侍女の一人だった。
「それだけではなく、この船の船長という者もおかしくはなくて?」
「どう見ても少年でしたからね」
そんな会話をしていた主従に、脇に控えていた護衛隊長が口を挟んできた。
「お嬢様が望むのであれば、お調べいたしますが?」
「お止めなさい。あなたは、命の恩人たちに無礼を働くおつもり? それに、部下を使って船の調査くらいはさせているのでしょう?」
まさしくクリステルの言う通りだったので、護衛隊長はその問いには答えず黙ったままだった。
それを見たクリステルは、わざとらしくため息をついてから続けて言った。
「やっぱり。それがあなたの仕事なのだから止めはしないけれど、ほどほどになさい。あの方たちに変なちょっかいをかけるのもね。それは、お父様の判断を待ってからのほうがいいですわ」
クリステルにも、この船の異常性は十分に理解できている。
この船を手に入れることができれば、相当なメリットを得られるということもだ。
それでも貴族という立場を使って強引な手段に出ないのは、カイトたちが命の恩人であるからだ。
それにクリステルは、船長だといわれたあの少年が、一筋縄ではいかないということを何となく感じ取っていた。
これまで多くの同年代の子女と話をしてきたからこその嗅覚だったが、十二歳という年齢でありながらそれが分かるクリステルは、十分に非凡であるといえる。
一方、護衛隊長は今の主であるクリステルの言葉に、内心で不満に思っていた。
それもそうだろう。
何しろ、セプテン号を自由にできるようになれば、海賊に襲われて失った品々よりもはるかに価値の高いものを手に入れたことになるのだ。
それほどの価値がこの船にはあると、この部屋にいる誰もが分かっているはずだ。
だが、それを理解していても、主の言葉に反発してことを起こすほど、護衛隊長は愚かではない。
護衛隊長は、自分自身が内心でどう考えているにせよ、騎士としての本分はしっかりとわきまえているのである。
それに、船の調査に出している部下たちの結果が出れば、クリステルも判断を変えるかも知れない。
そんなことを考えていた護衛隊長だったが、それが甘い考えだったと思い知らされるのは、さほど遠くない未来なのであった。
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「――――どういうことだ?」
部下からの報告に、護衛隊長眉をひそめながらそう聞いた。
「どうもこうもありませんですぜ、隊長。難物なんてものではないですぜ、この船は」
おどけながらそう言ってきた部下に、護衛隊長は不機嫌さを隠さずにぎろりと睨んだ。
護衛隊長がそうなるのも無理はないだろう。
何しろ、何かの成果を得られるだろうとして送り出した部下たちは、結果として一つの情報を得ることもなく帰ってきたのだから。
いや、正確にいえば、一つだけは得られている。
案内された際に自分たちが使用できるといわれた場所以外には入り込むことができない、という護衛隊長にとっては何の意味もない成果だが。
クリステルたちは、使っていいという部屋に案内される際に、ここまでだったら自由に移動しても構わないという説明を受けていた。
護衛隊長の船内調査は、当然それ以外の場所を調べて来るようにというものだったのだが、完全に空振りに終わったことになる。
「具体的にどう不可能なんだ。魔法的に守られているのか?」
「その通りです。恐らくですが、海賊の侵入を防いだのと同じようなものが使われているのかと思われます」
そう答えたのは、護衛隊に含まれている魔法使いだった。
「随分と曖昧な答えだが、破ることはできないのか?」
「はっきり言えば、不可能です。どんなに時間をかけても無理なものは無理です。あれほど強固な魔法は、少なくとも私はこれまでに見たことがありません」
公爵家お抱えだけあって腕もある魔法使いのその言葉に、護衛隊長の不機嫌はますます深まった。
とはいえ、この場で当たり散らすほど護衛隊長も不出来な人間ではない。
この先どうするべきかを考えつつ、部下たちに次の指示を出すのであった。




