(32)巨大船の能力
追われる船に、追いかける船、そして間に合おうとする船が入り乱れて、その海域はちょっとしたカオスな状態になっていた。
海賊にとってのそもそもの誤算は、セプテン号の速さがきちんと把握できていなかったことだろう。
自分たちの乗っている船の二倍以上もある大きさの船が、まさか自分たちよりも早く移動できるとは欠片も考えていなかったのだ。
巨大帆船が追いつく前に事を終わらせようとした結果、目標の船には全力で逃げられて、さらに巨大帆船を近づけさせる結果になっていた。
それでもなお海賊船が諦めなかったのは、巨大帆船のその速さから大した荷物(人含む)を積んでいないと計算したからだ。
荷物が少ないからこそ速度が出せているのだと、自分たちの持つ常識の範囲内で単純に考えてしまったのである。
そして、その予想はいろんな意味で正しくもあり、間違ってもいた。
助けられる方も襲う方も、まさか巨大帆船には船外で戦力になる者がほとんど乗っていないなんてことは、全く想像もしていなかったのである。
船同士の追っかけっこは、まず最初に海賊船に軍配が上がった。
三隻のうちの一隻がついにクリステルが乗る船に追いついたのだ。
追いついた海賊船はすぐに船同士をロープで結んで、簡単には逃げられないようにしてきた。
それを見た船長は、巨大帆船の動向を確認しつつ、応戦するように指示を出した。
残る二隻の海賊船もそれを見て近づいて来ようとしていたが、この時には既に巨大帆船もそれらの船と同じような距離にまで近づいていた。
ただし、巨大帆船は、他の四隻とはほぼ逆の方向に向かって速度を落とすことなく進んでいる。
風の力を使って進む船は、当たり前だが急に止まることはできない。
巨大帆船の動きを見ていた海賊たちが、このまま通り過ぎるのではないかと疑念を抱いたところで、状況に変化が訪れた。
スピードを落とすことなく近づいてきた巨大帆船は、そのスピードを利用して急反転したのだ。
そして、そのまま繋がっている二隻の船と同じような速度で進み始めていた。
その神業のような操船に、敵味方関係なくその場の空気が一瞬凍り付いていた。
その隙を縫うように、巨大帆船からクリステルが乗る船に向かって声が聞こえてきた。
「何をしている! さっさとこっちに移って来い!」
クリステルが乗る船と巨大帆船は、いつの間にかロープで結ばれていて連絡橋もしっかりと渡されていた。
その声で、慌てて船員たちが連絡橋をしっかりと固定し始めるのであった。
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自分たちが乗る船と巨大船が連絡橋でつながったのを見て真っ先に動いたのは、やはり護衛隊長だった。
「お嬢様、失礼いたします」
「キャッ……!?」
護衛隊長が近づいてきたと思った次の瞬間には、クリステルは隊長の両腕に抱えられていた。
普段であれば侍女なりの叱責が飛んで来るような行為だが、さすがにこの状況で怒り出すような者はいなかった。
護衛隊長が何のためにクリステルを抱えているのか、きちんと理解できているのだ。
クリステルを抱えた護衛隊長は、人ひとりを抱えているとは思えないような速さで連絡橋(という名のただの板)を渡り始めた。
そして、連絡橋を渡り切った護衛隊長は、恭しくクリステルを下ろしてから辺りを見回した。
「助太刀感謝する。それで、増援はどれくらい出してもらえるのだろうか?」
この時甲板にいたのはガイルで、カイトは操舵室で指示を出していた。
そのため、護衛隊長の問いに答えたのは、必然的にガイルだった。
「さて。そんなものは私も見たことがありませんな」
普段は海の男らしい口調のガイルだが、きちんとした態度も取ることはできる。
そのため、見るからに貴族とそのおつきの護衛という相手に、それなりの態度で接した。
ただ、護衛隊長はガイルの態度よりも、その内容に衝撃を受けたような表情になった。
「なっ!? これだけの大きさの船で、戦闘要員がいないと? か、彼女たちは!?」
甲板で動き回っていた女性(=天使)を示しながら言った護衛隊長に、ガイルは首を左右に振ってみせた。
「彼女たちがいなくなると、この船自体が動かせなくなりますな。あなたは、動けない船の中で他の船が来るのを何日も待つのですかな?」
「くっ……。だ、だが……」
ガイルの返答に、護衛隊長は焦ったような表情を浮かべた。
そんな護衛隊長に、ガイルはあくまでも冷静に言った。
「この船に乗れさえすれば、命だけは助かります。それ以外に必要なものがあれば、自分たちで取りに行けばよろしいかと」
「し、しかし……!」
「護衛隊長、止めなさい」
なおもどうにかしようと言葉を続けようとした護衛隊長を、クリステルが止めた。
その表情は、とても十二歳のものとは思えずに、何かを決断したようなものになっている。
ガイルとクリステルたちがそんな会話をしている間も、乗組員たちが続々とセプテン号に乗ってきていた。
そして、ついに海賊のひとりが連絡橋に乗ってこちら側に来ようとしたところで、突然「ギャッ!」と悲鳴を上げて反対側へと転がり落ちた。
その際、海に落ちずにきちんと船の上に転がったのは、流石だといえるだろう。
海賊とはいえ、海の男なのだと思わせる行動だった。
船をしっかりと固定して操舵室から甲板へ出てきたカイトは、のんびりとそんなことを考えながらガイルのところへと近づいていた。
だが、新しくセプテン号に乗ってきた者たちは、唖然とした表情で海賊の様子を見守っている。
セプテン号に乗れなかったのは、最初の海賊だけではなく、後続の海賊たちも同じだったのだ。
「い、今のは……?」
皆の気持ちを代表したようなクリステルの問いかけに、ちょうど傍まで近づいていたカイトが答えた。
「この船が持つ防御能力と思ってくれればいいかと。攻撃力がほとんどない代わりに、防御に特化しているのですよ、この船は」
「そ、そう」
突然現れた自分と同じような年齢の少年の答えに、クリステルはそう答えつつプイと横を向いた。
その拍子に、こめかみ辺りから伸びている特徴的な細めのツインドリルがゆらゆらと揺れていた。
クリステルの様子を見ながら内心で苦笑していたカイトは、戸惑ったような表情を浮かべている護衛隊長を見ながら言った。
「そういうわけですから、必要なものがあれば、今のうちに取りに行ったほうがよろしいかと。このままだと海賊たちに荒らされますよ。ただし、その場合は命のやり取りが必要になるでしょうが」
「いや、その必要はないでしょう」
カイトの言葉にそう答えたのは、腕の中に大事そうに一冊の本(?)を抱えていた船長だった。
船長のその言葉に、辺りにいたほぼ全員の視線が集まった。
「今回の私の船の目的は、こちらのお嬢様をお運びすることが目的で、他に重要なものは積んでいませんから」
正確にいえば、航海をするための食糧やクリステルやそのおつきの者たちが着るためのドレスなどが積まれてはいるが、命に代えられるようなものではない。
あとは、若干の交易品なども積んではいるのだが、その辺りは海賊に見つかった時点で諦めていた商品である。
その言葉に、護衛隊長が何かを言おうとしたが、それよりよりも早く船長が続けて言った。
「それに、後続の海賊どもに体当たりをされた際に、船体に穴が開いたようでしてな。あの船は、いずれこの辺りに沈むことになるでしょう」
多少沈んだ様子でそう言った船長に、周りにいた者たちはそれぞれの想いで今まで乗っていた船を見つめるのであった。
タイトル、「セプテン号の能力」のほうがいいでしょうか?




